密告相成度候

「品触綴込」で82万1千4百おまけ


 いわゆる「紙モノ」の面白さは、こんなモノがあったのか! と云う驚きと、記された・描かれたモノを通じて、それが作られた当時の社会を偲べるトコロにある。金にならぬ「兵器生活」のネタに使ったあとは、部屋の片隅に埋もれ、主筆亡き後は文字通り「紙屑」になるだけだけど、店頭で見つけた戦慄、手に取った時の感激は、買った後の事を考えさせぬ力を持っているのだ。

 しばらく前、古書市で「品触」がひと綴り袋詰めになったのを買う。「品触」とは、「その筋」から質屋・古物商に出される、盗品・遺失物の通知である。犯罪者人相書きの品物版(拐かされた被害者の方だけど)と捉えておけば良いでしょう。


綴じ込みの表紙


 厚紙の表紙の中には、こんな文字が記されている。

 大正五年二月二十七日
 森町警察署(印)

 どこの「森町」なのか? 綴りの中にあった、「周智郡古物営業商組合取締所」の規約(大正6年4月)に、「本組合ハ森町警察署管内ノ古物営業免許者ヲ以テ組織ス」とある。周智郡森町と云うことで検索すると、「遠州の小京都」と称する、静岡県周智郡森町のウェヴサイトに行き着く。「遠州森の石松」の「森」であったのだ!
 挟み込まれていたものは、大正の前半から昭和初めのモノである。群馬高崎、埼玉浦和、兵庫明石、三重四日市、京都下鴨など本州各方面の警察署から発行され、静岡県周智郡森町に配布されたものだ。そこに記載されているのは、時計貴金属・衣料・書画・債券といった、「金目の物」に他ならない。

 数が多く、一度に紹介したトコロで読む方は大変、作る方は面倒なので、こんな体裁だったことを紹介する意味で、今回は二つだけ載せる。


大正7年1月
 品触
 一、ゴルツ製 製版用四ツ切レンズ
   胴真鍮タガネキヅあり



 二、ゴルツ製プリズム
   周囲アルミニューム黒塗り但シ大部分剥落せり



 三、カール、ツァイス製 水入スクリン
   周囲真鍮黒塗


 四、ゴルツ製アンシュツカメラ用 カビネ形レンズ



 右本月廿五日以降該当又ハ似寄品入質売却等為サントスルモノ有之候ヘハ速ニ最寄警察署又ハ巡査派出所ヘ密告相成度候也
 大正七年一月 周智郡古物営業商組合取締所

 先に「『金目の物』に他ならない」、と大見得を切ってしまったが、こけらは写真製版に使う器材である。賊は、製版所に忍び込み、レンズ・プリズム・スクリーンを取り外して持ち去ったわけだ。タガネ傷がある、黒塗りがはげ落ちているとあるから、古い機械に取り付けられていたのだろう。忍び込んだら金目のモノが見つからず、やむなくカネになりそうなモノを盗ったのか、レンズが無ければ仕事になるまいと、商売敵が嫌がらせを企てたのか、想像すると面白い。
 この品触は、警察ではなく、古物営業商組合取締所名義で発行されている。「ゴルツ」は「ゲルツ」が正しい読み方の由。

 もう一枚は活字印刷のモノ。



 盗難品触書
 一、黒縮緬紋付着物 但シ松竹梅裾模様(丸ニ酸漿草三ツ紋付) 一枚 代金貳拾八円位
 二、花色お召着物 但シ刺繍ニテ山水ノ裾模様上衣ニハ刺繍ニテ仝右三ツ紋 一襲 代金参拾円位
 三、小浜縮緬単衣 但シ仝右三ツ紋付 撫子裾模様 一枚 代金拾貳円位
 四、縞お召 袷着物 但シ臙脂色 一枚 代金拾参円位
 五、銘仙竪縞袷着物 一枚 代金六円位
 六、お召茶色竪縞袷着物 一枚 代金拾円位
 七、明石銀鼠色格子絣単衣 一枚 代金六円位
 八、明石紺地ニ水色筋入単衣 一枚 代金五円位
 九、お召竪縞単衣 一枚 代金五円位
 一〇、錦紗雲形模様袷羽織 一枚 代金拾貳円位
 一一、臙脂色シャルムーズ錦紗袷羽織 一枚 代金拾貳円位
 一二、臙脂色毛斯(モスリン)羽織 但シ裏友染(『友禅』の当て字か?)毛斯 一枚 代金六円位
 一三、壁お召黒地白縞絣単衣 一枚 代金五円位
 一四、吉野織下着 但シ胴紅絹 一枚 代金五円位
 一五、紫色紋縮緬友染袷長襦袢 但シ裏赤毛斯桃色縮緬ノハッカケ 一枚 代金拾七円位
 一六、友染花模様縮緬単衣長襦袢 一枚 代金拾五円位
 一七、黒朱子ト更紗型白羽二重腹合セ帯 一筋 代金拾円位
 一八、黒朱子ト草色黄色煉瓦色雲模様羽二重腹合セ帯 一筋 代金拾円位
 一九、黒色厚板腹合セ帯 但シ茶色菊及元禄模様 一筋 代金七円位
 二〇、藤色友染絽羽二重ト白縞絽腹合セ帯 一筋 代金六円位
 二一、白地ニ松模様厚板丸帯 一筋 代金拾貳円位
 二二、絽白地舟ニ柳模様丸帯 一筋 代金拾円位
 二三、水イロニ藤イロノ筋三本入博多夏帯 一筋 代金六円位
 以上全部女物

 二四、銘仙絣男物袷着物 一枚 代金五円位
 二五、婦人用十型片硝子 但シ細二重金鎖付金側懐中時計 一個 代金六拾五円位
 二六、紫イロ宝石入金指輪 一個 代金拾五円位
 二七、ダイヤマガイ(紛い)宝石入金指輪 一個 代金拾壱円位
 二八、翡翠帯〆 一個 代金五円位
 二九、二番柳行李 一個 代金壱円位
 一、セル女単衣 但シ茶縞 一枚 代金五円
 一、セル女羽織 但シ竪縞ニ桐葉模様 一枚 代金五円
 一、絽女単衣 但シ白イロニテ蔦葉模様 一枚 代金九円
 一、絽女長襦袢 但シ鳶イロニシテ黄襟付ケ 一枚 仝 七円
 一、大島絣女羽織裏羽二重絞リ 一枚 仝 八円
 一、銘仙竪縞女着物 但シ絹毛斯ハッカケ赤金巾 一枚 仝 八円

 昭和二年十二月四日以降右ニ該当又ハ似寄ノ物品ノ質受、買受、交換等ナシタル時ハ直ニ最寄警察署又ハ巡査派出所ニ密告相成度
 昭和三年一月二十六日
 三重県 宇治山田警察署

 被害総額(推定)は、35点の365円である。カフエーの女給に、チップ1円くれてやるのが1年間出来る(銀座の女給はケチ臭いと思うが)。「円本」365冊分となればチョツトしたモノではある。例の戦前の1円=今の2千円なら73万円で、3千円なら195万円となる。
 三重県の宇治山田は現在の伊勢市、つまり伊勢神宮のお膝元である。参拝者が泊まる宿屋から持ち去られたものか? 12月4日以降に質入れ等されたモノに注意する通知が、ひと月以上を経た、1月の26日になって出ている。地元では見つからぬため、他の市町村に品触が出たと見るトコロだろう。点数の多さは、一ヶ月分まとめて出したからと思えるものの、盗品に「柳行李」―昭和7年に出た本では「今では軽便な旅行鞄、スート(ツ)ケースがこれに代わり、昔風の行李は精々地方から出て来る女中さんの荷物と下落した」なんて書いてある―があるから、中身ごと持って行かれたからかも知れない。
 着物の種類、値段が知れて楽しい。新品か中古価格なのかは、今の主筆の手に余る。キモノの知識は無いので、どんな色・デザインなのか調べて行けば、しばらく退屈しないが、今回はやらない(笑)。
 二つの「品触」の文章は、同じスタイルを持っていることが解る。品物が羅列され、何時以降(盗まれたあと)これらの品を目にしたら、「最寄警察署又ハ巡査派出所」に

 密告相成度

 と記してある。手許にある他の品触も、多くが「密告」と書かれていて、定型だったのだろう。規定の存在が想像出来る。

 近所の図書館に行き、辞書いくつか見る。「密告」を引く。
 『新版 大言海』は、「ヒソカニ告グルコト。又、ヒソカニ告発スルコト」と記される。『精選版 日本国語大辞典』は、「@こっそりと知らせること。内通してもらすこと。A特に、ひそかに関係当局などに告発すること。」とある。知らせる/告発の二通りの意味があるわけだが、そこに善悪好悪の評価は無い。『大きな活字の 新明解国語辞典』(8版)は、もう少し踏み込んでいて、「その人が知られて困る事を、本人に知られないようにして、関係当局に知らせること」、と書かれている。告げる当人が、主筆のような子悪党であれば、殆ど「仲間・身内を売る」ですね。
 「密告」と云う言葉からは、当事者の気付かないトコロで、誰かにコッソリ秘密を話す後ろめたさ、学校の教師・職場の上司・警察と云った「権力者(その手下)」を使い、罰を与えて溜飲を下げるヨーな卑屈さを覚えてしまう。「タレコミ」と振仮名を付けたり、「密告(チク)る」と記せば、なおさら良い言葉とは思えない。
 そんな言葉が、品触の定型文に使われている。つまり、この頃は「密告」に、さほどネガティヴな意味合いが強く無かったのではないか?
 「密告」のイメージが悪くなったのは、戦前に行われた左翼運動の弾圧を筆頭に、戦中の反軍・反戦言動取締により、そこいらの人が官憲にしょっぴかれるヨーになった(その蔭に『畏れながら』とやった人がいる)事、戦後に上級学校への進学者が増え、飲酒喫煙、喫茶店等への出入りなど「非行」―当事者間では称賛される―を咎められる者が増えた事、学生運動の隆盛が、学生と官憲の緊張関係を強めた事が、積み重なった結果だと想像出来る。その極地が、機動隊の一群を描いた画に、「正義の味方 警察バンザイ!/私達は言いなりになります!」と付けた、赤瀬川原平の作品だろう。そこには「ヒソヒソ市民ツゲグチ同好会、銀行貯金自慢会、暴力反対協力愛好会、話せばわかる会」の協賛団体(もちろん、そんなものはない)の名が列ねてあるのだ。その一方で、「告発」は、世の誤りを正すための行為として(通る・通らないしあるが)今日も健在であり、言葉のイメージも「密告」ほど悪くはない。
 しかし、「密告」が行われなくなったわけでは無い。密かに告げる行為は、何時でも、誰でも必要とあらばやっているからだ。人の不行状は、当事者・関係機関に知らせるよりも、ネットに堂々投稿されるようになったが、その書き込みは、「密かに」行われ、「密かに」読まれているのである。

 紙屑同然の古い紙切れから得られるモノは案外多い。
(おまけの余談)
 製版用レンズの現物が見られるのでは? と、TOPPANがやっている「印刷博物館」に行く。
 奈良時代の「百万塔陀羅尼」から、古代・中世の経典、近世の漢籍・読み物、近代の学校教科書から大衆雑誌・広告ポスターまで、さまざまなモノが陳列していて、こりゃ”印刷物博物館”ダネと思ってしまう。
 凸版・凹版・平版・孔版の印刷技法の解説や、三色分解によるカラー印刷のカラクリの紹介もあって、”歩いて読む印刷史”の趣もあり、目的を達する事は出来なかったのだけど、面白い施設でありました。
(おまけの痛恨)
 赤瀬川原平「警察バンザイ!」の画が載っている資料―文庫版『櫻画報大全』と、回顧展の図録―が埋没して出て来ないため、画像をここに載せる事が出来ない(血涙)。
 ネット検索で画像はナンボでも出て来るし、記された団体名はそれを見て書き取ったのだが、画像を載せるのは後ろめたいので、読者各位適宜見ていただきたい。
 パクったと「密告」されたくない(笑)。