「最高級有機質肥料」の使いみち

白菜種子の袋で82万2千5百おまけ


 人の屎尿は農作物の肥料―下肥―として重宝されていた。農村には肥溜め(野壺)が設けられ、都市住人の排泄物は近郊農家が金品で引き取り、街道・水路は肥桶を積んだ荷車や舟が行き来していたと云う。
 開国そして近代化の過程で日本人の食生活に洋食が入り込み始めるが、喰えば出る自然の摂理は変わらない。滋養に富んだ食事が供給される軍隊、美食を摂る富裕層が住まう地域は、高品質な下肥の供給元として羨望されたとも聞く。
 ところが、都市の人口が増加し、排泄物の量もまた増加して行くと、近隣農村からの人手は良質な糞尿を取りやすい運びやすい所からと選り好みを始め、引き取りきれない人糞が溢れ出す事態さえ起きてくる。人の糞尿はカネを払ってでも始末してもらう廃棄物に転落し、汲み取りも地域の衛生政策・公営事業に転換されて行く。
 しかし、糞尿の組成が変わらぬ以上、安価な肥料としての価値は健在である。都市の余剰な屎尿は海洋に投棄される一方、鉄道でも近郊農村へ送られてもいたのだ。今の西武鉄道が戦時中に運行した「汚穢列車」は鉄道史の珍エピソードとして知られている。

 東京23区内に残る古い住宅に、便所の汲み取り口を塞いだ跡を見たり、かつて江戸近郊の農村だった地域の歴史資料館で、農村風景の写真や農具の中に肥桶の姿を見ると、なるほど本当に家庭から農村へ糞尿が運ばれていたのだなあと思う。
 例によって「兵器生活」のネタに困り、高円寺の古書会館に行く。
 「今夜間に合う金玉料理」ではないが、文字数が少なくインパクトがあり、願わくば安価なモノはないかと紙モノを漁る。家庭から出た「紙屑」に値段が付きホームページのネタになる、まるで人の糞尿と同じではありませんか(笑)。
 と思って物色していたワケではないが、こんなモノを見つける。

品質保証精選種子 京都白菜三号

 「京都白菜三号」の種(の袋)だ。中身は入っていない。画像右側の文字を見て欲しい。「薄い人糞尿を時々施します」と書かれている!

 裏側は「京都白菜三号」の説明と栽培法が記されている。

裏面

 折りの工程で表になった部分も含め、例によってタテ書きを横書きに改め、仮名遣いも現代式にしてお目にかける。

 京都白菜三号
 晩成種で巨大な、結球率の高い優良種です。栽培も容易で病虫害に極めて強く、一個の重量二貫匁以上にもなり、肉質も柔軟美味の白菜です。
 畑地は深耕し畔巾二尺五寸、株間一尺五寸位が適当です。
 肥料は原肥として人糞尿、油粕、堆肥、過燐酸石灰、藁灰等を充分に施し、補肥として薄い人糞尿を時々施します。

 「肥料は原肥として人糞尿」、肥料の筆頭が人間様の産み出す糞尿だ。時々補う肥料も「うんち」に「おしっこ」である。冒頭記した通り、人の屎尿が肥料として用いられた事は知っているが、野菜種の袋の記述の中に、人糞・人尿が使われていた証拠が存在していていたのだ。

 『婦女界』昭和7年12月号附録『家庭百科重宝辞典』(3)に「下肥」が載っているので引く。ちなみに「肥料」の項は無い。

 しもごえ(下肥)
 [雑]人糞尿をいう。農村に於いてはいうまでもなく、都会の多量の人肥は、付近町村の農業或は蔬菜栽培家に利用されている。下肥は水分、有機物、窒素、燐酸、加里、曹達、石灰、苦土、硫酸等のよい肥料分を含んでいるが、コレラ、チフス等の流行病の原因となり、又十二指腸虫など寄生虫の媒介ともなるので、衛生上の危険を伴い易い。下肥に対して人工肥料を金肥という。アンモニア、硫安等がそれである。

 「衛生上の危険を伴い易い」とは記してあるが、その使用をやめるべきとは主張していない。当たり前のように使われていたのだ。少なからぬ日本人が寄生虫に苦しめられていた理由はこれで、来日した西欧人は日本の生野菜を敬遠したとされる。主筆が小学生の頃は、学校の健康診断に「検便」が行われていたし、学習まんがには「どうして寄生虫はお腹の中で消化されずに生きているのか?」な解説記事があったものである。
 なお、糞尿を肥料として使うには熟成が必要で、畑や山野に排便・排尿したら植物がスクスク育つワケではない。

 人糞尿の話はこのくらいにして、種の袋を改めて眺める。
 表面左側に「マル公」の印がある(折れ目で半分見える)。「価格等統制令」(昭和14年10月施行)による公定価格適用を示すものである。つまり、この袋が印刷されたのは、それ以降と云うことだけは分かる。色刷りになっているから昭和20年の敗戦よりは前だろう。もう少し年代を絞り込みたいトコロだが、材料が無い。

(おまけのおまけ)
 「京都白菜三号」を検索して見つけた野口種苗研究所オンラインショップの記述によれば、満州帰りの兵士が持ち帰ったタネを元に、石川県の松下仁右衛門が他品種と交配させて生みだした、「加賀白菜(金沢大玉白菜)」が、タキイ種苗会社により「京都三号」と名を変えて広まったと云う。ネタ元になる金沢の松下種苗店の沿革には大正9(1920)年販売開始と記されている。
 二貫は7キログラム。ネットショッピングの商品紹介では重さ3キロから8キロと売り手によって表記に違いがある。実は人糞尿をたんとやらないと大きくならない、なんて話があれば楽しいのだが。
(おまけの興味深い読み物)
 『公衆トイレと糞尿処理の歴史 京都を中心に、近世から現代まで』(山崎達雄、彩流館)は、京都の公衆便所と屎尿処理について、当時の文書を紹介しながら解説した本である。第U部「糞尿処理編」は、糞尿の汲み取りをめぐる京都近郊の農村間の争い、明治に入って市中で糞尿の汲み取り・運搬可能な時間帯が規制されていた話など、興味深い話が載っている。
 公衆便所の話が読みたくて買い、糞尿処理のトコロはふうん、と読み流していたのだが、糞尿の有価物から廃棄物への価値反転の指摘や、汲取人が来なくて困る京都市民の様子を描いた記事など、気付かされる事が多々あり、本記事の参考となっている。

(おまけのドーでもいいギモン)
 ある世界では、人間の大便・小便を「黄金・黄金水」と称し珍重していると聞く。現物が世の中に立ち現れる様子も熱心に観察するのだと云う。そこでは小便を「聖水」とも呼ぶのであるが、小が「聖水」なら大は何と呼ぶモノなのか? 浅学にして主筆はそれを知らぬ。
(おまけの表題の元ネタ)
 筒井康隆の小説『最高級有機質肥料』から。
 図書館で再読、コピー取って喫茶店で熟読する。読んで後悔した。絶対読んではいけない。とネットで検索すると、そんな読者の声が見つかり楽しくなる。本文には、「汚い話を聞くと気分の悪くなる人は、どうかここから先を読まないでいただきたい。」と明言されているのに。
 本作を特徴づける「汚い」―「食べたものの旨さを文学的に表現しようと」する―描写は、視覚と触覚に大きく傾いており(さすがに引用は出来ない)、味覚については穏やかなもの、そうとしか書きようがないモノに別れている。