戦争するのが馬鹿らしくなる世界
古本市で、舶来の航空雑誌がまとまって出ていたので、何冊か買ってきたことがある。その1冊がこれ。
「AIR TRAILS」と云う、アメリカの雑誌である。
模型のページが多く、あまり有難味は感じなかったものなのだが、のち堀越二郎・奥宮正武『零戦』で、この雑誌の記事に言及しているのを知り、あのとき根こそぎ買っていれば良かった、と「今では後悔している」。
有難味がないのに、今回ネタにしているのは、別なところに面白さがあったからで、そこのところを、読者諸氏にも味わっていただこうと云う趣向である。
それがこの広告。
広告タイトルが「FAME INSTEAD OF SHAME」(恥辱転じて名声)で、マンガ最後のコマが「HERO OF THE BEACH」(浜辺のヒーロー)、横にムキムキな人がニッコリ立っている写真を見れば、これがどう云う類の広告なのかは、なんとなく解っていただけると思う。
この手の広告は、あの「ブルワーカー」を筆頭に、同類をいくらでも見つけることが出来、「それがなんで『兵器生活』のネタになるのよ?」といぶかしる方も多かろう。
しかし、この広告が、1944年8月号(昭和19年8月号)に掲載されていた、と云ったら?
同じ時期の、わが帝国日本の航空雑誌では、
仁丹
わかもと
このように、人の健康を「増産」(過労死に結びつく長時間労働)、「勝利」の前提(病気の兵隊は戦力にならない)と云う、所属集団への貢献、を前面に押し出しているのだ。
日米の価値観の違いが非常に際立っていることがよくわかる。
受けた恥辱を返す、ついでに浜辺の人気者にもなる。郷里も国家も亜細亜の民衆も、そこにはない。
ルバング島の小野田少尉は、上官の命ではじめて矛を収めたが、「ランボー」は、自分が納得しないと戦いをやめないのである(裏返せば、本人は嫌でも命令が有効である限り、小野田少尉は身体が動かなくなるまで『ゲリラ戦』を続け、ランボーは『終わった』と思えば、何処へか立ち去って行くだろう)。
総力戦のさなかに、こんな広告を堂々と載せているのを、今の目で見れば「コイツらには勝てない」と思うしかないが、昔の目なら、「こんな連中屁でもない」と、なめてかかっても仕方が無いと云える。
一応、広告の中身を紹介する。英語屋さんではないので、うまく日本語に出来ないところは飛ばす、誤訳も多分にある、と逃げを打っておく。
マンガのタイトルは、
HOW JOE'S BODY BROUGHT HIM
FAME INSTEAD OF SHAME
どのように、ジョーの『肉体』は、彼を連れてきたか
恥辱、転じて名声
とでもしておこう。以下はマンガのセリフである。
1)ジョー「おい!砂が顔にかかるじゃあないか!」
女「この人、サイテー」
2)乱暴者「聞け…、オレはオマエのツラをすっ飛ばせるんだぜ、へらず口がきけないくらいにな。この貧弱野郎」
3)ジョー「デカブツめ!いつか借りを返してやる」
女「気にしないで…」
4)ジョー「畜生! もう『案山子』みたいな自分にはうんざりだ!
『チャールズアトラス』は、僕に本当の体を与えることができると云ってる。
切手を賭けて、無料進呈本を得ようじゃあないか!」
5)その後
ジョー「すごいや! こうなるまで長くはかからなかった! この筋肉! もう弱い者いじめは、二度と僕をこずき廻したりできないぞ!」
6)ジョー「何!またか、だって?
こないだの借りは、こいつだっ!」
7)女「まあジョー! あなたは、本当のオトコだわ♪」
後ろの女「わあ!何でこうなったのかしら?」
後ろの男「彼はこれで有名人だ!」
『浜辺の英雄』
2コマ目で、乱暴者に胸倉掴まれるジョーを、冷ややかな目で見ていたガールフレンドが、6コマ目でうっとり彼が復讐する様を眺めているところと、7コマ目の後ろのカップル以外に、女の子がジョーに視線を送っているところに注目されたい。
どう云うターゲットに向けた広告なのかは、これが通俗航空雑誌(模型製作の記事、模型飛行機の広告が多数掲載されている)に掲載されている事実と、たくましくなる前のジョーから、一目瞭然なのだが、では、「チャールズアトラス」って何? と云う疑問は残る。
とにかく広告本文を読んでみるしかない…。
I CAN MAKE YOU A NEW MAN,TOO,IN ONLY 15 MINUTES A DAY!
私は、1日わずか15分で、あなたを新しく作りかえることができます
IF YOU,LIKE JOE,HAVE A BODY THAT OTHERS CAN "PUSH AROUND"-IF YOU'ER ASHAMED TO STRIP FOR SPORTS OR A SWIN-THEN GIVE ME JUST 15 MINUTES A DAY! I'LL PROVE YOU CAN HAVE A BODY YOU'LL BE PROUD OF,PACKED WITH RED-BLOODED VITALITY! "DYNAMIC TENSION."THAT'S THE SECRET! THAT'S HOW I CHANGED MYSELF FROM A SPINDLE-SHANKED, SERAWNY WEAKING TO WINNER OF THE TITLE,"WORLD'S MOST PERFECTLY DEVELOPED MAN."
もしもあなたが、ジョーのように誰かから『こづき廻されていたり』-スポーツまたは水泳のため裸になることをためらっているのなら、私に1日わずか15分をお与え下さい!
私は、証明するでしょう−あなたが旺盛な活力と、誇れる肉体が持てることを!
「ダイナミックテンション」それは、秘密です!私がひょろひょろだった自分から、『世界で最も完全に発達した男性』の受賞者に、私自身を変えた方法です。
"DYNAMIC TENSION" DOES IT!
「ダイナミックテンション」を!
USING "DYNAMIC TENSION" ONLY 15 MINUTES A DAY, IN THE PRIVACY OF YOUR OWN ROOM, YOU QUICKLY BEGIN TO PUT ON MUSCLE, INCREASE YOUR CHEST MEASUREMENTS, BROADEN YOUR BACK, FILL OUT YOUR ARMS AND LEGS. BEFORE YOU KNOW IT,THIS EASY, NATURAL METHOD WILL MAKE YOU A FINNER SPECIMEN OF REAL MANHOOD THAN YOU EVER DREAMED YOU COULD BE! YOU'LL BE A NEW MAN!
1日たったの15分。「ダイナミックテンション」を使って、あなたの部屋の中で、人に見られることなく、あなたは速く、筋肉をつけ、胸囲を増やし、背中を広げ、あなたの腕と脚を充実し始めます、あなたが気づく前に。
この簡単な、自然の方法は、あなたが夢見るすばらしい見本を作ります!
あなたは、新しく生まれ変わるのです。
『コンプレックス産業広告』の典型−わずかな時間・部屋でコッソリ・短期間で・驚くべき効果・異性にモテモテ−である。しかし、「貧弱な坊や」であった、チャールズ・アトラス氏を、写真のような『世界で最も完全に発達した男性』に仕立て上げた方法=『ダイナミックテンション』とは何なのか? 肝心のところがまだ語られていない。広告は続く。
FREE BOOK
無料進呈本
SEND NOW FOR MY FREE BOOK. IT TELLS ALL ABOUT "DYNAMIC TENSION," SHOWS YOU ACTUAL PHOTOS OF MEN I'VE TURNED FROM PUNY WEAKLINGS INTO ATLAS CHAMPIONS. IT TELLS HOW I CAN DO THE SAME FOR YOU. DON'T PUT IT OFF! ADDRESS ME PERSONALLY: CHARLES ATLAS, DEPT. 153H, 115 EAST 23RD ST.,NEW YORK 10,N.Y.
私の無料進呈本のために、今すぐ手紙をお送り下さい。
「ダイナミックテンション」についてのすべてを語り、あなたに、私が貧弱な男性を「アトラスチャンピオン」に変えている、実際の写真を示します。私がどのようにあなたのために同じようにすることができるかについてを伝えます。
先送りにしてはいけません!私宛にお送り下さい:チャールズアトラス(住所略)。
もう「資料請求」するしかない気持ちにさせられる。実によくできた広告である。
しかし、「ダイナミックテンション」とは…?
文明の発達は、60年前にタイムスリップして、資料請求するしかない筈の「ダイナミックテンション」のナゾを、自宅でコッソリ調べることが出来るまでに至る(スゴイ)。
英語版ウィキペディアの記述によれば、彼の名を冠したチャールズアトラス社は、1929年設立で現在も「ダイナミックテンション」の販売を続けている(!)。
移民の子。貧弱な体格を変えようと努力を続け、ある日、動物園の虎が伸びをしているのを眺めている時、「虎がバーベルなんか使うかね?」と天啓を受け、器具を使わぬ身体鍛錬法を、自らの肉体を用いて開発。地球を背負うアトラス像(広告の下で切れかかっている写真)を見て、チャールズアトラスと改名する。
1921年『世界で最も完全に発達した男性』に認定され、コニーアイランドで「見世物」として有名にもなる。先述の通り1929年に肉体改造方法の販売を開始し、ティーンエイジャー向けに本稿で紹介したような広告を展開し、のちにカルト映画「ロッキーホラーショー」の劇中歌−"I Can Make You a Man"−のネタにされるまでに有名になる。
「ダイナミックテンション」は、12のレッスンと1つの最終的な「永久のレッスン」から構成されている。その内容は、と続いて欲しいのだが、それは営業妨害になってしまうので、結局ナゾのままなのである…。
「ダイナミックテンション」を本気で学びたい人はここをクリック(チャールズアトラス社のページに飛びます)
(おまけ)
日本で「貧弱からマッチョ」になる方法と云えば、『ブルワーカー』である。『FAME INSTEAD OF SHAME』式広告マンガと云えば、この商品の広告を思い出すのだ。これの元ネタが戦時中にあったのか、と云う感動が、今回の記事作成のモチベーションなのだが、『ブルワーカー』の発売は、1964年である事実に直面すると、「これ、チャールズアトラスのパクリやんけ」とツッコミを入れるのが、本当は正しかったのだ(アメリカ人は、多分そうしていると思う)。
と云うわけで、『ブルワーカー』の宣伝も入れておこう♪
タイトルは『去年の夏 僕はやせて弱々しかった』
「平凡」1971年8月号より
「平凡」掲載の広告を、図書館で調べてみたが、60年代末から70年代初めでは、カシアス・クレイ(モハメド・アリ)、王選手などの有名人も使っている式広告、デーブ・プローズ(『ダース・ヴェイダーの中の人』デイブ・プラウズ)の使用法紹介などの、マンガではない形式の方が多い。このタイプの広告は、「平凡」では1970年4月号に掲載されたものが一番古い。
マンガの外には「1日わずか5分で、たくましい筋肉をつくろう!」のキャッチコピーがあり、効能書きが記されている。「ダイナミックテンション」が一日15分、こちらは5分と、スピード時代にあわせた「殺し文句」になっている。
マンガのセリフは、
1)女「ごめんなさいネ、ビル、今晩はわたしいそがしいの」
2)友人「ぼくのように、ブルワーカーを使ってみたら。」
3)ビル「ブルワーカーの効果は、保証つき…。」
4)数日後
5)ビル「ホホッー! まるで自分のようじゃないネ。」
6)女「マー! なんてステキな男性(ひと)かしら!」
何か付け加えるほどの事はない。これの元ネタと思われるマンガが、やはり「チャールズアトラス」の広告にはある。