B29は『ビー公』で決定
モノには名前がある。
現代日本人の場合、戸籍上の名前に始まり、ハンドルネーム・ペンネームなど自分で付けるものがある。学籍番号・社員番号・会員番号のような、本人と一対一の関係にある番号もある。
これらの番号は、人をデータとして管理するために付けるものであるから、たいていは当人の意向に配慮しない数字・記号が与えられるわけで、当人に出来るのは、居酒屋のゲタ箱で「い一番」やら「21番」「52番」を探し廻ったあげく、他人に使われているのを見てがっかりするくらいなものである。
商品として流通するモノにも、名前だけでなく番号が付けられる。商品番号・型式番号・製造番号の類だ。
人間の場合、オギャアと生まれて−お母さんのお腹にある時かも知れぬが−名前が付けられるが、商品の場合は、こう云うモノを作ろう、と組織が動き出すところで名前なり番号なりを付けないと、具合が悪いこともある。それがモノになるかならないか解らない時点で、凝った名前−「印度総督お奨め!これは重宝文庫新書収納ケース」(ティッシュペーパー空箱の上面を切取ったモノ)−なんぞ考えて付けるのは効率的ではないから、とりあえず「箱1」あるいは「ハ1」とでもしておいて、市場に出す際に売れそうな名前をつけてやるのが通例だ。
第二次大戦中の帝国陸軍主力戦闘機に例を取る。
開発時からの番号「キ43」
兵器の名称「一式戦闘機」(『一式戦』)
国民向け愛称「隼」
帝国陸軍軍用機の記事に出てくる「キ」番号が、上で云う「箱」にあたる。
忘れてならないのが、本人に絶対知られないように使われる「あだ名」「呼び名」の類である。
組織の統制上、「部長」「課長」と七重の膝を八重に折ってヘイコラしていても、ウラでは「くそオヤジ」だ「○○」だ「○○」だと吐き捨てるのが、美しい日本の会社員の姿である。
また、名前が読めない−外国語である・名前が知られていない−場合に、適当な呼び名を使うことも良くあることで、先に述べた「キ43」も、敵側では「OSCOR」と呼んでいたし、ソ連(当時)の新鋭戦闘機などはMIG25「フォックスバット」のように、ライバルのNATOが付けた「コードネーム」が日本でも使われている(ロシアの文字自体、ちょっと読めませんよね)。外国の小説・戯曲・映画・歌謡曲などの表題は、日本語に翻訳されたものか、日本版の表題をつける事が多いようだ。
「UFO」(未確認飛行物体)に至っては、本来の意味を越え『宇宙人の乗り物』を示す一般名詞化して久しい。
帝国日本にあっては、諸外国の技術・思想などを取り入れていた経緯もあって、外国の兵器と云えども現地の表記・呼び方を使用することが専らで、外国語が排斥されるようになっても、それは見過ごされていたのだが、昭和も20年に入ってようやく見なおしの動きが出てきたのである。
懸賞募集 敵機に呼名をつけましょう
最近では日本本土にいても敵のいろいろな飛行機を見ることが多くなりました。例えばB29とかグラマン、カーチスなどの艦載機とかいろいろありますが、私どもにとってはこれを原名で覚えることが煩わしい場合もあります。敵側でも日本の飛行機を識別するためにそれぞ勝手な名前をつけて、たとえば新司偵には「空の通り魔」という名をつけているそうです。私どもも勝手な呼名で敵の飛行機を呼んでやりましょう。もしもグラマンF6Fヘルキャットがちょっと見て猪に似ていたならば「猪」でもよいではありませんか。ロッキードP38などはフィリピンでは「シラミ」と呼んでいました。また形ばかりでなく、その敵機の性能や用途などから特徴をつかんで命名するのも一方法でしょう。敵だからといって悪口に類した名をつけることはないと思いますが、この名前を聞くとたちまち戦意昂揚、必勝の意気に燃えるような、そして誰にも覚えやすい名前を少国民の皆さんで考えて下さい。さしあたり私どもがその必要を認める敵機は次の通りです。
「週刊少国民」(朝日新聞社)昭和20年3月18日号に掲載された懸賞企画である。後援は陸軍航空本部。
敵機の跳梁を許している事態を、「日本本土にいても敵のいろいろな飛行機を見ることが多くなりました」と時候の挨拶のように表記しているのは、防空当局への皮肉だろう。「敵だからといって悪口に類した名をつけることはない」は、今更こんなことやってドースル<と云う本音が表れて面白いところだ。
「さしあたり」「必要を認め」られた栄えある? 敵機は以下の通り
一、ボーイングB29超重爆
二、コンソリデーデッドB24超重爆
三、グラマンF四Fワイルドキャット戦闘機
四、ヴォート・シコルスキーF四Uコルセア戦闘機
五、グラマンF六Fヘルキャット戦闘機
六、グラマンTBFアベンジャー雷撃機
七、カーチスSB二C急降下爆撃機
八、ロッキードP58(原文ママ・他の文からP38のこと)戦闘機
九、ダグラスSBDドーントレス急降下爆撃機
必要にして充分。あとは「P47サンダーボルト」「P51ムスタング」があれば、戦争後半の主要な敵機は網羅されると云える。
審査員は、陸軍航空本部から「陸軍中佐 森 正光」、文化人代表「作家 大佛 次郎」「漫画家 横山 隆一」、朝日新聞から「出版総局長 鈴木 文四郎」「出版総局 編輯局長 小倉 敬二」、絶対気が進まないと思われる「『航空朝日』編集長 斎藤 寅郎」、そして「週刊少国民」より「本誌編集長 長谷川 直美」の7人が名を連ねている。新聞社独自の企画と云うわけだ。
賞品も出る。
当選者 名付親になった当選者の方には敵の飛行機の写真一組(九枚)贈呈いたします。
何故敵機の写真なのか理解に苦しむ。昭和20年3月であれば、「陸軍最新鋭戦闘機」として「飛燕」(20年1月公表)、「四式戦」(『疾風』の愛称公表は20年4月だが、写真は19年11月に雑誌掲載済)、「屠龍」(19年11月公表)の三枚一組を贈呈した方が、応募者も嬉しいはずだ。
この懸賞、4月5日応募締切・4月中当選発表だったのだが、4月22日号に、以下の告知が出た。
追加 懸賞募集 敵機に呼名をつけましょう
ノース・アメリカンP51単座戦闘機
去る四月七日の空襲で、マリアナ基地から発進したB29の編隊は、ノース・アメリカンP51戦闘機を伴ってやって来ました。このP51は敵側では「野馬」と呼んでいる最新の単座戦闘機であって硫黄島の飛行場から飛び出したものと考えられます今後もたびたび硫黄島を基地にして戦爆連合でやって来るこどしょう。ところで私たちはこの間いろいろな敵機に日本式の呼名をつけてやりましたが、それにはこのP51が入っていませんでしたから、改めてこれにも名前をつけてやりたいと思います。応募の仕方は前回と同様です週刊少国民三月十八日号を参照して下さい。締切日は五月五日
お断り−前回の懸賞応募当選者名は、四月中発行の本誌上で発表する予定でしたが、新たにP51の命名を追加しますのでP51の締切後これといっしょに発表することにいたします。御承知下さい。(週刊少国民編輯部)
P51の追加募集である。P51自体は、昭和17年7月発行「世界の翼 昭和17年大東亜戦版」(朝日新聞社)中に、
ノース・アメリカンXP五一型ムスタング戦闘機(略)アリソン一、一五〇馬力発動機を装備し、主翼にはNACA層流翼を作ったという噂であるが、その後パッとした評判も聞かない。
と、早くも紹介されているから、最初の公募にこれを加えるかどうか、陸軍航空本部と航空朝日とで議論があったと思われる。
記事には「この間(略)日本式の呼名をつけてやりましたが」とあるが、「お断り」の通り、結果は公表されてない。これも何か理由があるのだろうか?
昭和20年5月13日号に結果発表がなされる。
敵機に呼名をつけよう
懸賞当選者発表(第一回)
少国民諸君の智慧を拝借して敵機に日本式の呼名をつけようと、本誌三月十八日号誌上で懸賞募集をいたしましたところ、この企てに皆さんがたいへん賛同して下さったと見えて、締切日までに週刊少国民編輯部の机の上に積みあげられた応募の葉書や封書が二千七百十九通にも上りました。その後これに引きつづいて本誌四月二二日号誌上でさらにP51戦闘機の命名を追加募集することになりましたが、本誌では審査員の諸先生方と御相談の上、まずはじめにボーイングB29超重爆、グラマンF4Fワイルドキャット戦闘機、ロッキードP38戦闘機の三種を選び、ここに第一回の当選名を決定、別項の通り発表いたします。
これは去る四月二十七日各審査員をはじめ陸軍航空本部から奥田、亘理両航技大尉、同中尉ら専門家諸先生の御参集をいただき、慎重に協議の結果選び出されたものであります。二千七百十九通の応募案は皆さんが一生懸命に頭をしぼって考えられたものばかりで、いずれも選者を感心させる名答ぞろいでありました。その一部を御紹介しますと例えばB29を「阿呆鳥」、「ビー助」、「雲ひく入道」、「いるか」、F4Fを「あぶ」、「百舌」、P38を「やせかえる」、「洋服掛」、「はしご」…など、難をいえば一般に飛行機の形にとらわれすぎた名前が多かったようです。
第一回はこんな風にして三機種の呼名がきまりましたが、つづいて第二回、第三回…と次々に当選発表をいたします。皆さんはこれからこの名をもって敵機を呼んでやって下さい。そして敵機撃滅の戦意をいよいよ高めようではありませんか。
なお『熊蜂』、『めざし』の命名者は非常に多く、前者は十二名、後者は六十名にも上りましたので、これは抽選でそれぞれ五名ずつ当選と決定いたしました。抽選にもれた方は悪しからず御諒承願います。
新しい呼名(カッコ内はルビ)
『ビー公』(ビーこう)ボーイングB29超重爆
当選者(四名)(原文では氏名・住所が記載されているが、本稿では氏名と住所の一部のみ記載する。年齢・学校名の記述は無い)
星野 繁 前橋市
永田 勲 岡崎市
赤塚 久俊 福島県石城郡
岩田 仁 静岡県安部郡
『熊蜂』(くまんばち)グラマンF4Fワイルドキャット戦闘機
当選者(五名)
吉岡 剛 京都府竹野郡
葛井 修三 宇治山田市
廣森 保 大阪市
小林 一光 大阪府泉北郡
芦谷 泰雄 姫路市
『めざし』ロッキードP38
当選者(五名)
斎藤 禮三 長野県上伊那郡
伏見収一郎 静岡市
繁澤 春光 福岡市
藤田 隆章 宇治山田市
中本 忠雄 布施市
賞品 敵機写真一組(九枚)、近く郵送いたします。但し二種類以上に当選した方には最初の分に賞品を贈呈するだけです。
空襲のさなかに2719通の応募である。ちなみに産業戦士−工場労働者−に愛称公募された四式戦闘機の場合「2千数百通」(朝日新聞記事)が寄せられた。
映画「マイマイ新子と千年の魔法」(DVD好評発売中)の、上映存続嘆願WEB署名総数は「1653」である。
9+1=10機種の呼び名を募集していながら、実質決定したのがB29(今更F4FやP38でもなかろうに)と云うところに、主催者のやる気のなさを見てしまう。
気になる選評は以下の通り。
選評 近ごろ毎日のように来襲するB29は、もうすっかり皆さんともおなじみですね。ウンウンという独特の爆音をひびかせながら白く光る腹を見せてゆるやかに旋回するにくらしそうなあの姿は、海の悪者「さめ」か「いるか」ともいいたいところですが、B29という名で一般に知られたこの飛行機にはやっぱり「ビー公」という名をつけてやるのが一ばん適当だということになりました。「ビー公、来るなら来い」です。グラマンF4Fが「熊蜂」(これは必ずくまん蜂と呼んで下さい)と名づけられたのは、この艦載機の群が来襲する様は藪の中からワァンワァンと飛び出して来る毒々しい熊蜂を連想させるからです。P38の「めざし」は見た感じそのまま、いかにもめざしが飛んでいるようではありませんか。
「もうすっかり(略)おなじみですね」 敵愾心を煽りたてるべき局面−「主婦之友」では20年新年号のあちこちに「アメリカ兵をぶち殺せ!」、「アメリカ人を生かしておくな!」などスゴイ事が書かれている−と云うのに、この落ち着きようだ。
B29は最優先で付けねばならぬものであるのは明白であり、P38「めざし」は見た目まんまで文句のつけようがない。「熊蜂」はF6Fに使ってもよさそうなものなのだが、最初に「猪」と書いてしまったからか…。
記事はまだ続く。
さらに三機 呼名を募集
みなさんの人気を集めている敵機の呼名懸賞に。また新しく三機が登場しました。沖縄戦を中心に本土侵攻をめざす敵は次から次と毛色の変った飛行機をくり出してくることでしょうが、みんなわが制空部隊のためにあえなく撃墜されていくのです。こんどの三機も、どかんと一発くらわして落してやりたいような飛行機ばかりです。すばらしい名前を考え出して下さい。
ノースロップP61ブラックウィドウ夜間戦闘機
ノースアメリカンB25重爆
コンソリデーテッドPB4Y
いつのまに「人気」懸賞になっている。
今更感の強いB25−東京初空襲をやった爆撃機−が追加されているのも興味深い。勇ましい言葉が戻って来ているが、ちょっとした「こども大本営発表」だ。
当初の9機、追加の4機あわせて13機種の呼び名が募集され、うち3機種はめでたく「ビー公」「熊蜂」「めざし」と命名されたわけだが、今日これを使う人はまれである。
模型屋の店頭で
ボーイングP38 めざし
と箱に書いてあったら、アメリカから担当者が駆け付け「お願いだから止めてくれ」と泣いて許しを乞うところだ。飛行機雑誌のグラビアで
今もアメリカの空を飛ぶ 目刺
なんて云うのも、この戦闘機に愛着なんぞありはしないが、あまりにも気の毒である。世の中、忘れてしまった方が良いこともあるのだ。
残りの呼名がどうなったかは、残念ながらわからない。
(おまけ)
「週刊少国民」昭和20年6月10日号では、「BやPとは−?」と云う、米国軍用機の「記号」解説記事(航空朝日 小森 郁雄)が掲載されている。
(略)陸軍機の方はこれらの記号(註・P 戦闘機、B 爆撃機 など)に番号をつけて、P38やP51、B29などと呼びますが、これは陸軍機としてできた順番を示すもので、(略)この記号番号は一機について必ず一つなので、P38はロッキード会社で作ったものですが、一一ロッキードPB(ママ)と呼ばなくても、P38といえばロッキードの「ライトニング」戦闘機であることがわかるようになっているのです。
どこにも「めざし」と書かれていない。
記事は続けて「敵機の名前のわけ」として、主要な機種の敵側での名前と、その意味を紹介している。
P38「ライトニング」は「電光」、P47の「サンダーボルト」は「雷電」という意味です。P51の「ムスタング」は「野馬」P61の「ブラックウィドー」は「毒蜘蛛」で、海軍戦闘機のF4U「コルセーア」は「海賊」、グラマンF4F「ワイルドキャット」は「山猫」、F6F「ヘルキャット」は「地獄猫」で、いずれも下品な呼び名ではありませんか。
あえて日本語の呼び名など付けずとも、たいていのアメリカ飛行機の名前は、ロクなものじゃあない、と云わんばかりの解説である。続いて、
憎むべきB29は「超空の要塞」と威張っていますが、至ってもろい、名ばかりの要塞です。B24の「リベレーター」は「解放者」という意味ですが、敵アメリカが解放どころか、世界民族を支配しようと大それた考えをもっていることは、近い中に現れるといわれるコンソリテーデッドB32重爆に「ドミネーター」(支配者)という呼び名をつけていることからもよくわかるでしょう。
その他急降下爆撃機のカーチスSB2C「ヘルダイバー」は「地獄へ跳び下りる者」という意味で、敵はこの飛行機の急降下する下は地獄だというつもりでしょうが、われわれから見ると、「自分から地獄へ急降下する馬鹿者」でしょう。雷撃機のグラマンTBF「アベンジャー」は「復讐者」という意味で、自分の方から侵略しておきながら復讐もおかしい話です。
とあり、「ノースアメリカンB25」「コンソリデーテッドPB4Y」を除くすべての募集対象のアメリカ名に、日本語訳が付けられ、ケチが付けられているのだ。となりのページあるコラムに「敵の物量攻撃に われは特攻兵器」の表題がつけられる戦局であるから、激烈なことばになるのもやむを得ない。
今ではマイナー爆撃機のB32−B29の「保険」として用意された機体−の名称が「大それた考え」と批判されているが、現在では誰もが認めざるを得ない。「自分の方から侵略」云々については、教育っておっかねぇなあ…としておこう。
色々と米軍機名を批判したこの記事の最後は、
双発哨戒爆撃飛行艇のマーチンPBMの「マリーナー」は「船乗り」という意味で、平凡な名です。
冷静な筆勢に戻っている。飛行機の名前にケチをつけたところで、敵機が落ちるわけでも味方が倍になるわけでもないのだ。飛行機ファンは戦時下にあっても、平静であるものだ。