論争はまだまだ続く 

「軍艦対飛行機」論争 その3


 さて、論争はまだ続くのでありますよ。読者諸賢にあらせられては「どうせ結論なんか無い論争なんぞ読みたくもないわい」てな御意見もおありかもしれませんが、なにしろ総督府に「ヤメロ」と云う投書もなければ、その筋から「かかる非常時にかようなフザケタ真似をするとはケシカラン!」と云うお叱りも無い以上、「乗りかかった泥舟」と思って、しばしおつきあいいただきたいのであります。

 マア論争の趣旨と云うのは前回までに一通り出尽くしているようにも思えるのですが、ここであらためて整理してみれば、

 1.軍艦(特に戦艦)は、航空機攻撃を防ぎ得るか?

 2.航空機の海戦における位置づけはどうか?

 の2点に集約されてしまうのであります。我々読む側としては、55年前の論者=我々の祖父あるいは父、或いは先輩、後輩、ひょっとすると御本人(!)が、どう云う根拠でそれらをトツトツと述べるのかを楽しむのがスジであり、そしてその裏にある当時の軍事知識体系を追体験して、彼等と我等の共通点と相違点を探るのが、「兵器生活」の目的なのであります。


 と前置きはこのくらいにして、論を紹介していきましょう。
 引用元は、「空」誌の「読者の隣組」、例によって適時改行、句点を施してあることは云うまでもありません。

「戦艦対爆撃機」の所感

 軍艦(主として戦艦)対爆撃機について種々論ぜられているが、愚生も新年号にて急降下爆撃より雷撃の方が有効だと云ったが少々、軍艦を甘く観察して取ったので赤面しています。
 高仲氏・ユ(ママ)ア・ポケット氏の言の如く一小海の北海の出来事を渺茫一億七千万粁の太平洋に於ける将来戦に適合し難いし、一爆撃機が一戦艦を撃沈したといって、空軍万能論もどうかと思う。太平洋は空軍と、軍艦と、潜水艦の三位一体が戦勝を得るのではないか?

 上村氏の言の如く8000トン〜10,000トンの巡洋艦は20〜30機のヘルダイバーの500瓩爆弾に全く危険であるが、大型戦艦には効果が疑われる。

 二月号の高仲氏の所論は成程と感心致しましたが空爆効果について、もう少し詳しく述べられたい。高仲氏の軍艦通は氏の航空母艦論以来よく、存じています。

 急降下爆撃では気象状態にも左右され、艦にとっても、非常な脅威であるが、最期段階の急降下照準時にあっては対空火器の好目標となり、命中すれば上甲板も混乱せしめるが爆弾の貫通力も疑われ、エア・ポケット氏や上村氏の所謂櫓を吹っ飛ばすには余程大型爆弾でないと出来ぬ。又上甲板の一部が破壊された位で近代戦艦は航行に何等支障は来たさぬと思う。
 而してラヂオ方向探知器、偵察機其の他通信機関の活動により、数百マイル先の敵機の存在は知れるだろうし、我艦上へ襲来する迄に友軍駆逐機の妨害あるものだ。

 水平公算爆撃に於ては戦艦は大てい単独行動せぬものであり、動く所、護衛あり、大編体隊形で我が艦上に表れても、数隻の戦艦戦隊の副砲・高角砲・数連装機関砲の速射砲火を浴びねばならぬ。
 又附従する巡洋艦の20サンチ・15サンチ砲の垂直砲火も考慮を要するだろう。斯くして爆撃機の3,000米以下では危険だと思う。(いや5,000米でも危ないかなァ)要するに5,000米台の水平公算爆撃の命中は、マグレ当りとしか思われぬ。

 雷撃は高仲氏・エア・ポケット氏もある程度まで有効とされているが、事実そうだと思う。
 被害のみならず雷撃により、敵艦隊が航進コースを変更せねばならぬ如くになると戦術上、味方艦隊は有利である。
 雷撃機も戦艦に近づくには相当苦労する。(愚生新年号で大部簡単に熱を上げたが…)
 先ず敵駆逐戦闘機にはばまれ、此の時胴体内に1乃至2本魚雷を運載しているので行動は不利だ。次いで高角砲火、援護駆逐艦の煙幕(これは幸かも知れぬ)と砲火障壁を突破して、海面数米に降下、攻撃目標の副砲、高角砲、機関砲の援護弾幕射撃にあっても物ともせず命中確実の自信がついて、魚雷を発射せねばならぬ。これまでなると、目的だけは達せられよう。加之に後続機があれば一層よいと思う。夜間は双方共一層行動が思わしくないであろう。

 大戦艦が我等のエンゼル”航空機”を恐れて、かく迄重装甲に、完全な防空陣を張らねばならぬのだ。まあコレで”空”ファンよ、溜飲をさげておこう。併し性能優秀な急降下爆撃機雷撃機群の大編隊空襲こそ戦艦の脅威であろう。そして高角砲も十数年前はパイロットから侮られていたが改良された現今は恐るべき兵器だ。

(大阪 内山外川 S16.3)

 まずは内山氏の「自己批判」であります。1月号では雷撃機の集中攻撃で気勢を上げた氏でありますが、高仲氏の「軽快性と操縦性の欠如により、それ自体の受ける損害が大であり、攻撃の確率が少ないのである。」と云う防御砲火によって、一気にトーンダウン。
 基本的にこの論争では、軍艦の喫水以下の防護については殆ど論じられていないのであるから、あくまで雷撃一本槍で押し通す事が出来た筈なのに惜しい。いかなる大艦巨砲主義者といえども、魚雷の効力だけは否定出来ないのである。なぜなら、我が帝国海軍の水雷戦隊の存在そのものを否定してしまうからである(笑)。溜飲を下げている場合ではありませんぞ。

 では次、

 軍艦と飛行機

 同じ事を再三書く様ですが、軍艦と飛行機は、飛行機が如何に発達するとしても、軍艦の防御も又正比例して進歩するのではないでしょうか。艦型もここ暫くは無制限に大きくなるものと思われ、1万トン重巡洋艦はもう日米共に建造されぬだろう。某誌によれば「米国は日本で建造中の重巡洋艦に対抗する目的で22,000トン12吋砲搭載を4〜5隻起工されるだろう」とあり、今後飛行機に備え、艦型は大いに変わるでしょう。例えば煙突の位置とか砲塔、甲板艦側等の形態を根本的に改装し丸味を与える様になると思われ、又高射砲の発達、或は艦の上空に多数の気球を曳航し急降下爆撃及び一定高度以下の爆撃を不可能ならしめるという事も予想出来ます。結論として飛行機の発達に伴ない艦艇は如何に型を変えるとも決して無くならないと確信致します。ロケットでも実用化されれば、又色々面白い予想も出来ますが。(略)

(神戸 エア・ポケット S16.5)

 エア・ポケット氏の意見は前回おおよそ出尽くしたようで、飛行機が進歩するなら軍艦も強くなる、と云う意見です。艦艇の形態が根本的に変わる、と云う「読み」はあまり当たっていないようです。いわゆるステルス艦の類は、爆撃に耐えると云う以前に、見つかれば終わりだから見つからないようなにしよう!と云う発想なので、氏の意見は歴史の闇に消えていくのであります…。

 「ロケットでも実用化されれば」のロケットが、艦艇の推進力としてのロケットなのか、航空兵器としてのロケットなのかが明確になっていないのでコメントを入れられないのが惜しいです。

 続、軍艦対飛行機(2)

 話は旧聞だが、独急降下爆撃隊は、地中海に於て英航空母艦イラストリヤス号を完全に破壊、巡洋艦サザンプトン号を撃沈した。
 某軍事専門家は「サザンプトン号の撃沈は海軍戦史に特筆すべき日付となろう、もしより以上の攻撃が加えられれば戦艦も又空中から撃沈される恐れがある」と云った。
 海上にのろのろ動く軍艦は前世紀の遺物と云うべきである。20浬や,30浬の速度をもって戦闘をするのはよい。いくら装甲が厚くても500瓩爆弾1個で甲板に大穴があく事完全。1口に500瓩と云うけど、どれ位大きな破壊力があるか… これを考えれば戦艦なんて云うものはバカバカしくなってくる。
 戦艦一隻とJu−87b型急降下爆500台と戦わしてごらんなさい。
 エア・ポケット氏の云われる通りして何のトクがあるんです。広い太平洋を10日も20日もかかって渡るのと長距離機で一飛びブーンと渡るのとどっちが良いと思いますか? 数年後には必ず実用的な長距離爆撃機が出来て万一日米戦闘開始となるや、直に出動、太平洋を横断して、敵軍を猛爆してから落下傘部隊が着陸するというも可能となるでしょう。そしたら軍艦なんてあまり価値のあるものではない。独も英本土上陸作戦にこの手を用いたらどうだろうと思って居る次第。

(魔法使いの弟子 S16.6)

 海系の資料が総督府には無いので、何も云えないのがつらいのですが(笑)、某軍事専門家の説に触発された「極論」の登場です。

 「戦艦なんて云うものはバカバカしくなってくる」
ここまで書いてしまって良いのでしょうか? 

 会報

 (略)魔法使い殿。あまりはねると落っこちるよ。餅は餅屋で制海権はやはり軍艦さ。それはあまりにもかけはなれているね。然し軍艦が物を言う。何故ならば。それはちと言いかねます。(略)

(仙台 一空 S16.7)

 読者投稿欄たるもの、こうこなくてはなりません(笑)。しかし「それはちと言いかねる」はないんじゃあないでしょうか?

 感じたこと

 落下傘戦術でアッといわせた独空軍は亦、新戦術グライダー列車による兵員輸送を以てクレータ島に上陸させた。英軍は戦闘機の好目標なりと豪語していたが独空軍の新戦術成功は注目に値する。

 6月号の魔法使いの弟子氏よ「軍艦なんて余り価値のあるものでない」とは何たる事ぞ。魔法使いの主人によく聞いて、軍艦を研究する事ですね。海戦には軍艦と航空機の密接な協力があってこそ戦果が得られるのですね。イオニヤ海々戦で伊軍が大損害を蒙ったり、ビスマルク号が無念にも撃沈されたのは、皆英国が航空母艦を利用して航空機特に雷撃機を活躍させている為ではありませんか。(略)

(大阪・内山外川生 S16.7)

 ハイ、一人溜飲を下げていた内山氏、復帰しました。独戦艦ビスマルクが、英国複葉雷撃機の攻撃により損傷し、よってたかっていぢめられた話は有名ですね。雷撃機が撃沈までしていたら、文章のボルテージはもっと高かった筈です。自説を撤回した事を後悔しているのがよくわかる文章です。まして雷撃機がさして高速でもない複葉機ですから…。
しかし魔法使いの弟子氏の文章はさすがにマズいと思ったのでしょう、諫めています。

 軍艦対飛行機論に反対して

 小生今度が初の投書、以後よろしく。(略)
 
 所で「魔法使いの弟子」氏の軍艦対飛行機論には、小生少し反対なる所がある。氏のいわれる様な事は、地中海の様な小さな海に於ける所の事にはあてはまるかもしれないが、太平洋の如き広大なる水域に於ては其様に簡単に敵艦を発見出来るものではない、又発見出来たとしても500機という多数の飛行機が一時に活動出来るかというと、此は殆んど不能である、特に洋上に於ては航空母艦によるのであるから、殊に此事は不可能である。又現在の戦艦は非常に防空設備が発達し、上空より防空火器の攻撃の中を通り爆撃を行う事は非常に困難である。

 又500瓩爆弾では巡洋艦や駆逐艦には効力は絶大であるが戦艦に対しては其れ程大なる効果を挙げる事は出来ない。1000瓩爆弾では相当効力はあるが1000瓩の爆弾を搭載出来る機は航空母艦に
発着する事は困難である、又爆弾には甲板を打抜くだけの力がない。

 砲弾は発射する時非常に大なる初速度を与えられるが爆弾は最初の速度は零である。飛行機から軍艦を爆撃する為には敵戦闘機の襲撃を受け、又他の艦艇からも防空砲火をあびねばならない。此様に飛行機から軍艦を攻撃するには色々の困難がともなう、従って成果は予想している様な程大なる物ではない。

 氏の云われる様に軍艦は前世紀の遺物等と暴言をいわれるのは飛行機を買被っている物である。しかし此の様に言っても決して飛行機の無力をとなえるものではない。

(T.N S16.7)

 暴言に対しても、礼をもって物を云う。これが大人の態度です。
 爆弾が砲弾に対して貫徹力が劣るのは仕方の無いことなのでしょうが、何故魚雷攻撃の有効性に関しての記述が出ないのか、まったく理解に苦しむのであります。

 ここは素直に「500瓩爆弾では戦艦に対して効力は薄いって書いてあるけど、戦闘機に250瓩爆弾をつけて戦艦に体当たりさせるのって、ひょっとして間違いなの?」と思うくらいにしておきたいものです。

「1000瓩の爆弾を搭載出来る機は航空母艦に発着する事は困難である」と云う記述に関しては、T.N氏自らが自己批判することになっているので、ここでは何も云いません。

 さて、魔法使いの弟子氏の発言が物議を醸し出しているのは、今読んでいただいた通りなのですが、当時の読者は、氏の「軍艦は前世紀の遺物」発言に目がくらんで、もう一つの論を忘れているようです。

「万一日米戦闘開始となるや、直に出動、太平洋を横断して、敵軍を猛爆してから落下傘部隊が着陸するというも可能となるでしょう。」

 本当は、こちらの意見に対して同意なり反論があってしかるべきなのではないでしょうか? 落下傘部隊云々は別として、これは後の戦略空軍そのものの発想ですよ。日本の敗色が濃くなった時期に苦し紛れに発想した超重爆とは違います。「こう云う超重爆が実用化されれば、<制海権>なんて言葉は無意味になるぞ」と氏は云いたかったのではないでしょうか(現実は氏の思うようにはならなかったにせよ)。

 最も、当の魔法使いの弟子氏も、この事はあまり意識していないようですが…。

 艦隊と空軍

 又二三の人々から文句を云われたので…。文句を云う人は僕の論をもう一度読んでからにして下さい。
 今の空軍では艦隊を制圧する事は不可能でしょうか? 僕はそうは思って居ません。下らない事を述べるよりクレタ島攻撃が一番はっきりしています。
 而して艦隊を完全に撃滅する事は三四年後になるかもしれません、その頃になればAT26やF18等より一層強力な急降下爆撃機も出現するでしょうから、爆弾も1頓2頓…5頓10頓と云う様なのも搭載出来るでしょうから一発必中撃沈可能となるでしょうし、又強力火薬も出現するでしょうから。

 今でも空軍の行動範囲内では艦隊は行動不能です。
 TN氏の云われる様に一平面の海に於て艦隊発見困難なら立体的として地球(ママ)の何…倍たる大空に於て敵機発見はより一層困難じゃないですか?(之は艦隊より敵機を発見する場合でなく、機上にて敵機発見する事です) 又500機や600機は出動可能です、何も航空母艦から出動しなくても良い、航続距離1万粁(5000粁でも良い)の超長距離艦隊襲撃機が陸上各所の空軍基地から出動する。1艦には20機もあれば撃沈出来る。

 又仙台一空氏の云う事はなんです。飛行機の長所をよく考えてから云う事、航続時間が長いとどうなります? 軍艦と飛行機の航続距離はどう違います? 今でも敵艦が太平洋を渡って日本へ来ると帰るだけの燃料がないんですよ。そして空軍の行動範囲へ入るやクレタ島の戦の如きものが展開されるんですよ。
 又氏の云うスピットファイア云々も気に入らない。いくら英国がキライでも汝の敵を愛せと云う事があります。悪い点を改良して行くのを呆れたなんて云ってる様じゃ、…氏などは悪いと思ってもそのままにして置くらしい、この様な考えじゃイカン。

 明治天皇の御製に

  よきをとり 悪しきを捨てて 外つ国に

    劣らぬ国となるよしもかな

 と云うのがあったかと思います。餅は餅屋なんて云ってる様じゃ …氏などは進取の気象なき人物と拝察致す。(略)

(魔法使いの弟子 S16.7)  

 そして魔法使いの弟子氏からの反論。

 見よ強固なる軍艦を一瞬にして屠る脅威の新式爆弾を!

 と云いたくなりますなあ…。ビキニ環礁における原爆実験を氏が見ていたら、さぞや溜飲を下げたことでありましょう。最も長門は一発目では沈まなかったようですが(笑)。
 ここで氏が述べている陸上基地から出撃した爆撃機にて戦艦を葬る、と云う話は、わずか半年後に帝国海軍が本当に実行してしまったことは皆さんご承知の通りであります。

 正論なんだけど、当人の問題で相手にされない、と云う事が実社会において、ままありますが、まさにこの事を云うのでしょう。

 色々と「他人の褌で相撲を取ってきた」わけですが、これらの論争の中で、まったく触れられていない事があります。サア何でしょう?

 それは「何の為に軍艦が存在しているか」と云う根本的な定義です。なまじ軍艦の歴史が長いものなので、誰も気にしていないようですが、軍艦とは「戦闘用の船」の事ですね(笑)、その相手は何か?「軍艦を含む交戦国のすべての船」であります。
 極論をすれば、軍艦は軍艦と戦う必要は無いのです。食料や資源や人を運ぶ船だけを相手にしていれば、戦争を有利にする事が出来るのです。

 自国の船を脅かす物がなければ、敵国を占領する兵力と必要な物資を運ぶ船だけあれば、実は戦争は継続できてしまうんですね。軍艦と云うのは、それじゃああんまりだから、と云うわけで相手の船を沈めたり、脅かして動けないようにするための兵器なんであります。
 「相手が軍艦でウチの船をいぢめるんです」「じゃあこっちも軍艦作って対抗しようじゃないか」で、軍艦が登場して、「非武装船は戦の邪魔だから引っ込んでろ」「じゃあ軍艦さん、一つお願いネ」で軍艦は戦闘用船舶として独自の発展を繰り返していく…。

 その前提を無視して「飛行機は強い」「戦艦は負けない」と云うある意味「楽しいけれど不毛な議論」に走ってしまっているのが、この「軍艦対飛行機論争」の姿なのでありました。おじさんは当時の兵器ファンに対してちょっとだけ悲しく思います。


 「空」と云う雑誌が、航空機中心(と云うか、航空機専門)である以上、これは仕方の無い事なのかもしれませんが、どうもその後の大日本帝国の行く先を見ると、こう云う思考は、航空機ファンだけのものではなかったように思えてならないのであります。

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