あのころ貴方はアカかった 左翼雑誌という 「前衛」


「戦前=暗黒時代」 という図式は、敗戦後日の目を見た (一時ではあるが) 左翼陣営が作り上げた 「幻想」 である、という発言を耳にしたり、読んだりする機会が増えている。私の嫌いな 「自由主義史観」 などはその最先端と云うべきものである。

 彼らが忌み嫌う左翼が 「先端」 であった時代があった。明治末期の大逆事件以来弾圧を受け続けてきた左翼が、民族自決とロシア革命で活気づいたのである。大正中期〜昭和初期は左翼の一番輝いていた時代でもあった。

 ソヴィエトロシアの芸術運動は世界を席巻し、日本国内においてもプロレタリア文芸が提唱されたことは国語の教科書にも載っていることである。しかし教科書や岩波文庫では当時の空気を伝えることは出来ない。ここで戦前の雑誌の出番となる。

 教科書的記述をとれば 「戦旗」あたりが記述の中心になるのだろうが、ここは 「兵器生活」 なので、もっと俗なネタを取り上げることになる。というか、手持ちのネタで勝負! ということに他ならない(笑)。


 今回登場願うのは 「プロレタリア 音楽と詩」 (プロレタリア音楽と詩社) 昭和5年6月号の裏表紙全面広告である。

ダラ幹

 「ダラ幹罪悪史」 北村 巌/滋野 鉄夫 紅玉堂書店

 多くは語らない。この壮絶なセンスが全てを物語る。 「資本主義地主の手先 ダラ幹の正体暴露」 そのままである。雑誌の中の広告には 「本書は、野田大争議に於ける五万円取引事件、帝国主義列強の手先蒋介石訪問事件と旅費の出所問題、野党連盟と料亭草津の離室に於ける民政・社民の野合、日本大衆党と一万一千円問題の真相、市電自治会今次の争議に於けるニセ司令の出所暴露等々、無産団体に絡まる最近の疑獄事件の摘抉と、ダラ幹の非階級的行動の一切を収む。これによって醜悪極まる解放戦線途上に巣食う一連の労働プローカーを白日の下に暴露駁撃せよ。」 とある。

 「野田大争議」は昭和2年の野田醤油 (現キッコーマン) での労働争議の事。労働運動史は守備範囲外なので、これ以上の情報は無い。例によってフォローする予定は無いので、興味のある向きは個別に調査されんことを希望する。文面から推察するに労働運動における、内部抗争暴露本というものであるようだ。

 今のは冗談ではあるが、この 「プロレタリア 音楽と詩」 はソヴィエト社会主義共和国連邦無き今読むとなかなか面白い雑誌である。内容はプロレタリア文芸運動の一環を伝える貴重なものであるが、巻頭の 「新曲三篇」 が 「憎しみのるつぼ」 「挽歌」 「鎌・槌・赤い星」 と無産大衆力全開である。当HPを応援していただいている相田くひを氏のHPでも取り上げていたのであるが、私が提供したネタであるので、再度 「鎌・槌・赤い星」 を再録する。

     鎌・槌・赤い星
     ロシアは大好き
     指された者と
     レーニンの国へ
     ゴットンゴットンゴットン
     いそいで行こうよ

     鎌・槌・赤い星
     ロシアは大好き
     子供はみんな
     赤い国の
     ソヴィエツトロシアの子供と
     仲間になろうよ


 「遊戯の順序」 と云う解説も付いているが、略す。


 続いて 久保田 経 の詩 「ち」 (原文は傍点附き) のさわりを…

     1 労働者

      労働者は    ×を!
      顔から 頸から 手から 足から
      吹き上げる×

      ×は ヴェルトについた
      ―― プロレタリア
      ―― プルジョア×××!
      ―― ×××××××!
      (以下略)

 無産階級指導者の恨み節である。

 続いて童謡 パピプペポの歌 (織田 顔 作)

     バッとかくれろ    父ちゃんよ
     あいつ××だ     パピプペポ

     ピンとしている    おいらの同士
     いつも元気だ     パピプペポ

     プカリプカリの    のらくら者は
     ガンとやッつけろ   パピプペポ

     ペコリペコペコ    下げるな頭
     そんなどころか    パピプペポ

     ポカンポカリと    なぐらばなぐれ
     今においらは     パピプペポ


 これはもう笑うしかないでしょう、という内容です。

 さらに有名どころとして 「各地の闘争歌」 から 女工小唄 (デカンショの節)

     寄宿流れて
     工場焼けて
     門番コレラで
     死ねばよい

     工場は地獄よ
     主任が鬼よ
     廻る運転
     火の車

 この雑誌に掲載されていたとは知りませんでした。「コレラ」 というのが時代を出してます。

 この雑誌は 「プロレタリア」 をタイトルに付けているだけあって、「日本流行歌概史」 という連載記事もあり、「ズンベラ節」 (権兵衛が種子蒔きゃ烏がほじくる…) や「書生節」 (書生々々と軽蔑するな 大臣参議はみな書生) などという歴史参考書のコラムに登場しそうな事項の解説が書かれている。

 再び広告をお目に掛ける。 
無産者広告

  「無産者歌人叢書」 の広告

 無産大衆の支持を待つ! まづ予約者となれ!

 急告! 無産者歌人叢書を支持援助せよ
 急告! 無産者歌人叢書入手権を獲得せよ

 無産者歌人叢書は発禁又発禁、実に八十パーセントの発売禁止だ。
 正にプロレタリア短歌の受難時代だ。本屋の店頭にて求める前にまづ、五十銭を投じてこの叢書の予約者となり絶対入手権を獲得せよ。

 ★申込所は東京・本郷・森川町 紅玉堂だ!


 「80%の発売禁止」という所に当局の弾圧の凄さを感じる。また、この広告を読むと、左翼出版物でも、予約をしていれば購入は可能であることがわかるのである。ただし購入者は当局のブラックリストに載るというわけだ。

 

 同号にある 「戦旗」 出版元である戦旗社は、”「戦旗」 防衛三千円基金募集” として

  われわれの 「戦旗」 は、発禁に次ぐ発禁の暴圧のため、今や財政的危機にある。五銭でも十銭でもいい。どしどし基金の雨を降らせろ!

 という広告を出している。


 「無産大衆の為」と云う大義を持っている側からの一方的な寄付の強要と取られても仕方のない文章である。このような文章を平気で印刷してしまう姿勢を見るに、無産階級運動が解体していったのも納得がいくような気がする。インテリはこう云う強圧的な物言いにしびれてしまうものなのだろうか…。


 今回史料として使用した 「プロレタリア 音楽と詩」 は川越市の古本屋の店頭で100円で売られていたものである。

 >蛇足 考えてみれば、裏表紙だけ掲載するのも変なので、おまけとして載せる。

プロレタリア音楽と詩

 手持ちの左翼雑誌はこれ以外に「短歌前衛」一冊があるのみである。おまけついでにこれも載せる。

短歌前衛

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