昭和6(1931)年6月21日付「朝日新聞」の広告欄に、こんな広告が出た。枠線が曲がっているのは、縮刷版をコピーしているため。
夏が来た
アラモード
労農浴衣(プロユカタ)を
着て歩け
一反只の二円
と書き出すと、主筆が寝食惜しんで図書館に通い、縮刷版を睨み続けて見つけ出したようであるが、そんなことはなく、
「前衛時代」7月号(表紙には『天国崩壊号』とある)にある記事から、元ネタは昭和6年の5月か6月までの新聞広告にあるとアタリをつけ、国会図書館に4時間詰めて見つけ出しただけに過ぎない。
掲載されている記事は、「横目で睨む」と題されたコラムの一部である。
労農浴衣
それと思い合いされるのが(註:前項『赤色スポーツ』を受けている)、近頃の新聞に出ている小さな広告。全文を転載すると「夏が来た。アラモード。労農浴衣(特にプロユカタと振仮名がつけてある)を着て歩け。一反、只の、二円」というのだが、どうです。
今時一反二円のプロユカタは、多分労農紳士淑女令嬢がたが、晩餐後の御散歩用でしょうな。我々裏店のブルジョアたちは、一反四十五銭の資本家浴衣(ブルユカタ)を着ています。
噂に依るとプロユカタ販売元は、社会民衆党の幹部だそうな。ナンセンスも茲まで徹底して来ると、嗚呼われ又何をか言わんやだ。
コラムではプロレタリアを冠した浴衣が、商業資本が販売している『ブルユカタ』(もちろん、一般向けの浴衣の事である)より高額なところを皮肉り、ナンセンスの極みとこき下ろしている。
左翼映画作家の集まりが、日本プロレタリア映画同盟、略称「プロキノ」なんだから、プロレタリアの浴衣が「プロユカタ」になっても何の不思議でもなく、主筆本人は、「ウマイ名前をつけたもんだ」と、単純に面白がっているのだが、「横目で睨む」人は、社会民衆党※が、資金集めに「プロレタリア」を使っているのが、お気に召さないらしい。
「明治/大正/昭和/平成 物価の文化史事典」(展望社)によれば、婦人用浴衣の値段は、昭和5年で『1円前後』とあるから、「只の」とついても2円は高い。1円まるまるカンパと思うと、「裏店のブルジョア」が毒づくのも一理ある。
※社会民衆党は、主要無産政党の一つ。ライバルに労農党、全国大衆党があるが、昭和7年7月に「社会大衆党」として合一する。
「近頃の新聞に出ている小さな広告」の通り、プロユカタ広告の大きさは、ちっぽけなモノであり、一緒に掲載されている広告も、「最も優秀なる独逸種カスターレツキス其他輸入及分譲」の『種兎』、「支那ソバ機械は軽便、廉価」な『ウドン、ソバ機械』、「高利負債の有利なる解決方法生る」の『財務相談所』など、ビミョーなものが多い。しかし、広告欄の一番上と云う、目立つ場所を占めている。
この面には、広告料金表も掲載されている。
「プロユカタ」広告にある、販売所住所上の黒マルを数えると10個=十行で、10円の広告料である。「一行一円」と覚えておこう(三行は割安、15行は割高になっているが)。
「近頃の新聞」と雑誌記事は書いてあるが、冒頭掲げた6月21日の翌週、28日までが確認出来ただけである。7月以降は、図書館の閉館時間になって7月以降の縮刷版を見ておらず、永遠のナゾにする。
下に、28日版の広告をあげる。 書いてある内容は、まったく同じであるが、「アラモード」「プロユカタ」の書体が違(。改めて活字を拾いなおしている)。ゴシック体の方が良い。
発売元の「世民社」については、まったくわからない。何枚か取ったコピーに、 と云うものを見つけただけである(5月23日広告)。
住所、電話番号が「プロユカタ」広告と同じ。察するに本業は、広告代理店のようだ。広告欄にキレイに代理店の広告が並んでいるのは、「紙面が埋まらなかった」と見て良い。他二社は十行だが、「世民社」は十五行も使っているから、それなりの実力を持った会社なのだと思う。
広告屋であれば、「労農浴衣」に、「プロユカタ」とルビするのはたやすかろう。
「プロユカタ」、何だそれ? と縮刷版を読みに行く時、写真なり図なりがあるんじゃあないか、と期待もしたが、現物を見ると、とてもそんなものが入れられるわけがなく、色、柄などをご紹介することが出来ない。
いったい、どのへんが「プロ」だったのか?
不穏文字が書かれていたのか、鎌と槌が染め抜かれていたのか、赤色なのか、単に流行遅れの生地を買い叩いたものに、1円上乗せしただけなのか、興味は尽きない
これでオシマイにしてしまうと石が飛んでくるので、一緒にコピーしてきた、同時期の浴衣関係の記事をいくつか。
5月1日付「朝日新聞」掲載のもの。
季節の先取りは1930年代初めも、今も変わらない。
「従来の猟奇的な尖端的な、奇抜な柄が行く所までゆき着いて、早あかれて来た」と前年を回顧、「おとなし向きな草花模様や有職模様(古代模様をならった類のもの)が主」と解説されている。
この記事には、今年は去年より二割安くなる、との観測も書かれており、これも二円の「プロユカタ」をこき下ろす一因と云える。
記事で目をひく「今年の新流行女学生浴衣」とは、
東京市内外を中心に六十余の高等女学校に各々一つの模様を定め、納戸、コン、藤の三種類の染色を試み同一模様で上級、中級、下級、全校の諸嬢に着ていただこうという目論見らしいのです
と云う、浴衣業者が、この学校はコレです、と仕掛けようとするもの(これから売り出すのに『新流行』とは!)。記事中に「昨年まで流行の中心であった六大学浴衣は下火になって」とあるから、ドーモ「六大学の次は女学校だッ」と柳下の泥鰌のご様子。昔流行った「UCLA」みたいなモノか。
なお、記事にある
尚緊縮ばやりの影響を受け、浴衣を外出着に流用する傾向が流行して来ているので、製造元でもこの点を大いに考慮して外出着に販路を見出そうとする傾向も今年特に目立った特徴の一つです
と云う記述を覚えておくと、ガール・フレンドが浴衣姿で登場した際、貴方の株を上げられるかもしれない。
こちらは、島屋提供の「島屋土曜ニュース」の記事、『世界的なゆかたの流行』と題されたもの。
青空がいよいよ夏の輝かしい色を加えて行くにつれて、新聞や雑誌の写真面が、メリー・ブライアン、クララ・ボウ、ダグラス・フェアバンクス等のゆかた姿で賑わされて参りました。日本趣味の豊かに横溢したスッキリした夏のキモノとしてゆかた姿が歓迎せられて、今や、ホリーウッドのスタヂオや、或いはパリーのシャンゼリゼーには、日本のゆかたが華やかに進出して参りました。
と書かれている。「ホリーウッド」、「パリー」の表記が時代を感じさせる。先の記事で「猟奇的」「尖端的」とされた柄は、「構成派とか表現派風の奇抜なもの」と表現されている。この頃の着物を紹介した本、あるいはアンティーク・キモノとして店先に陳列されているものに、目を見張る柄・色づかいを見ることがあるが、当時も、オーソドックスなものとして見られていなかったようだ。
ここでも、「従来ゆかたは夕方着るものとされて居りましたが近来昼着にもお召しになるようになって」とある。
記事に付けられた柄見本。
(8)21歳より27、8歳、(19)14、5歳より21、2歳、(16)40歳より50歳まで、とある。
こちらは
(3)21歳より32、3歳向、(2)22、3歳より32、3歳向、(7)24、5歳より37、8歳向、(21)22、3歳より31、2歳向
これら見本が推奨する年齢の幅を整理してみると、
A:14、5−21、2歳
B:21−27、8歳
C:21歳−32、3歳
D:22、3歳−31、2歳
E:22、3歳−32、3歳
F:24、5歳−37、8歳
G:40歳−50歳
と微妙な区切りになっている。年齢から、Aは未婚者向けなのは確実な所だが、BとCの違いを、「令嬢向け」と「若奥様向け」と見てよいのかはわからない。D、Eの一歳の違いが何を意味するものなのか、お手上げである。
つぎは、6月19日付に掲載された記事。
「プロユカタ」ならぬ「エロユカタ」が押収されたと云うもの。『裸体模様』はともかく、『ダンス模様』『舟遊び模様』のどのへんが「風俗壊乱」になるものか、これも気になるところだ。
「プロ」が「エロ」になったところで、幕である。