「マネキン・レコード」現る!

「毎度おなじみの…」始まり


 土日になると不要品回収車が五月蝿い。
 クルマ一台ようやく通れる路地を、「ご不要になりましたテレビ、パソコン、ミニコンポ、スクーターなど…」と大音量でわめき立て、アクセル踏んでないんじゃあないか? と蹴飛ばしたくなる速さで動いている。業者の人が、リヤカーを曳き、肉声を発しているなら、「ご苦労様」「暑い中大変ですね」と茶の一つも出したくなるが、録音されたものを再生しているのだから、疲れを知らぬ分タチが悪い。

 「毎度おなじみ」と云えば、チリ紙交換車と相場は決まっていたものだが、軽トラックの中からマイクで語りかけていたオッサン達がいなくなるのと入れ替わりに、「さおだけ屋」やら「不要品回収」など録音音声を使った巡回が増え、「石焼いも屋」も、屋台・肉声からクルマ・録音に変わったように思う。
 「実演」による発声が、もはや選挙カーくらいしか思い浮かばないのも、何とも味気ない話だ。

 巡回商売だけでなく、店頭でも録音口上が幅を利かせている。『入会金無料、一時間八百円!』を連呼するテレクラの呼込み、コンビニの「おでん」」「唐揚げ」の宣伝も耳に慣れて久しい。昭和後半生まれの主筆は、「録音」と云えば絶対カセットテープで決まりなのだが、コンビニ店頭のラジカセを、ついと見ればCDだ。「さおだけ屋」も「不要品回収」もCDを使っているのだろう。

 商売の口上を「録音」したモノで済ます、なんて芸当が始まったのは、カセットテープが普及した、昭和の50年代あたりからなんだろう、と漠然と思っている読者諸氏が殆どだと思われるが、実は戦前からやっていた−少なくともそれを商売にしようと目論む人はいた−のである!


マネキン・レコード現る!

店頭客寄の新武器
マネキン、レコード現る!


 宣伝、売出、新発売品の説明等には
 是非 御利用下さい


 蓄音機一台あれば直ぐ役に立つマネキン口上役、音楽兼用の便利なレコードです

 声による宣伝の効果を巧みに利用した、このレコード一枚は両面使用出来ますから、時間にして五分位は充分聴かせることが出来ます。蓄音機を店頭において、かけてもよし、或は、店内の一隅に設備して、拡声器によって聞かせてもよいのです。このレコードの特長は、お店で売り出す商品の宣伝や、売出しの主旨などを御希望通り、所定の吹込所にて男女御好みのアナウンサーによって吹き込ませたものです。
 マネキンや、チンドン屋を一日や二日御使用になるよりもその半分にも達しない費用で、毎日毎日宣伝出来るのですから、こんな素晴らしい商略の武器は他にはないワケです。

 定価(吹込共)十吋両面盤 金三円也
 送料 内地二〇銭、領土五〇銭

 両面盤一枚の時間は五分間ですからその分量に相当する文句を書いてお送り下さい、男声、女声はお好みに応じす(ママ)す。
 吹込に際し、説明文句の前後にチンドン屋式の序曲を入れることも出来ます。
 但しそれ丈け説明の範囲はせばめられることを御承知下さい。

 「商店界」昭和8年8月号に掲載された広告である。提供は、雑誌発行元である誠文堂の代理部で、広告用ゴム風船や、あの『エジソンバンド』の広告も掲載されている。

 「マネキン」と云うと、百貨店の洋服売り場に突っ立っている人形、であるが、ここでの意味は「マネキン人形」−主筆が子供の頃は、そうも呼んでいた−では無く、バブル期にもてはやされ、流行歌で揶揄までされた『ハウスマヌカン』に近い。まあモダン・ハイカラ店員と捉えておけば良いだろう。もっとも、声だけだが。
 原稿をアナウンサーが読んで吹き込む、と云うのだから、まさに現代の「さおだけ屋」や「廃品回収屋」の祖と云って良い。とは云うものの、レコードの「両面」をフルに使って5分、自動で再生してくれる蓄音機−その実、蓄えた音を出す機械−なんて便利なモノは、あっても高価−舶来の12枚連続演奏可能な機械が一台3500円(『時事新報』昭和8年9月11日記事より)ーであるから、運用にあたっては、2分30秒ごとにレコードを反転させねばならぬ。つまり省力化−人件費の抑制−には貢献しない。下手をすると専任の「レコード反転係兼見張」を置く破目にもなりかねず、「毎度おなじみの」宣伝手法の鼻祖ではあるが、「珍奇な宣伝手段」を越えるものではなかったものと思われる。

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 「チンドン屋式の序曲」とは、大仰な書き方だ。平田弘史のマンガじゃあないが、門外不出・うかつに演奏出来ない「序曲」でもあるのだろうか?
 「新兵器」とすべきところを「新武器」とあえてするセンスも面白い。…にしても、月刊誌1ページ丸々使った広告で、「お好みに応じすす」の誤植はちょっとヒドイ。自社の広告ではありますが(笑)。
(おまけ)
 レコード(あえて云う、CDに駆逐された、音楽・音声を録音した溝のある黒い円盤のこと)つながりの新商売として、同じ「商店界」には、こんな記事もある。

巡回レコード配給会
 これは或蓄音器屋が手をうって、名案だと正札をつけた話である。今、仮に彼をA君としておこう。彼はいうまでもなく、蓄音器、音楽器を商うところの楽器小売商である。
 彼の住んでいる街は、どちらかといえば、商業地というよりは、サラリーマン都市といったところで、官公衙、学校等の中心地である。好景気時代はレコード類も、非常な勢いをもって売れたものであるが、不況にかてて加えて、ラヂオの一般化は、可なりの脅威をレコード界に与えたのである。
 そこで、彼氏は、特殊グループに属する音楽器の方はあきらめて、レコードの売り抜きに努力することを決心して、次のような妙案を考えついたのである。

 レコードは各社とも、値段が協定されており、それを破る時には、即刻、特約店を解消せられることになっていることは、世の楽器商諸君子でなくとも、一般の常識になっているのである。そこで、彼が考えついたのが、博読会という雑誌の回覧機関のあることにヒントを得て、レコード愛好会…というものを組織して、これにかかったのである。

 レコード愛好会…というのは、どういうのかといえば、先ず、会員は、サラリーマンを主体とするA部、商工業者を主体とするB部、カフェー等を主体とするC部の三部にわけて、更にその上、その各部から十五名を一組とする会員をつのったのである。

 かくて、レコードの巡回試聴会規として、
一、会費 一ヶ月二円(現金払)
一、配給 一ヶ月十回 二十枚、即ち一回に二枚づつ
一、期間 二日間を一回とす

 大体、右を主要規則として、各部からの会員を希望レコード種類別に、分類して、同種の希望者十五名を以って、一組とする。
 会員の希望選択は、三四種とし、各々順次に、店員をして、配給をさせるのである。
 そこで、これでバランスがとれるかということであるが、黒十吋(インチ)判、レコードの会費を二円として、赤判以上の特種のものは、特別料金をとることにする。
 音楽ファンにとっては、巡回試聴はもの足りないためか、成功しないという危険があるが、それも程度問題である。
 A君のいる土地がサラリーマン中心の都街である関係上、カフェーや喫茶店が多数あり。こうしたカフェー等では、毎月何枚か出る流行歌等を、多数購入してストックにするよりは、こうした一ヶ月二十枚配給される会の方が、彼等の経営上、非常に有利であるために、欣然参加するもの続出し、その他、サラリーマンの家庭、商店等の部門を加えて十組程、会員が出来上がったのである。

 一組十五軒へまわす、レコードを二十枚一定して、順々に、廻すのであるが、それには二日間をお互いが厳守し、もしレコードの破損の場合には、実費弁償の規定を設けたのである。
 それで、その会員中、交付したレコード購入希望者は、そのレコードが、会員全員へ回付済(即ち一ヶ月終了後)のとき、定価の半額で、売却することにしたのである。
 これで、古レコードを全然、廃棄する難を逃れることが、多少でも出来れば一石二鳥である。

 一組、十五人の会費総額が三十円で、一組に回付するレコードの市価と、殆ど同額となるが、所謂、卸値に、会の事務費を加えて、この費用が二十五円位になるというから、一組からあがるプロフィットが、約五円とみて、十組で、五十円になることになる。
 そこで、一般的に、売るときは、此頃は一日三枚平均しか売れないというから、月に換算して利益を比較すると、その開きが大きいことが諒解できる。
 この企ては、好評を得て、こんどは趣味による会員(謡曲、浪曲等の会員)の組が増加して、ますます繁栄しているというのである。

 窮すれば通ず…で、ヤハリやり方一つでは、何とかなるものである。彼のこのレコード愛好会は、発展して、宣伝パンフレットや、試聴会無料公開に迄進出して、街の人気を博しているのである。

 『一九三三年型新商売・珍商売』(池田 さぶろ)と云う記事にあった、「貸しレコード屋」の元祖のお話。
 15人一組に対し、ひと月あたりレコード20枚を巡回させると云うもの。お店のセンスで仕入れたレコードを、来た人に随時貸し出すのではなく、聴くジャンルの近い会員を一まとめにして、リクエストにも応えつつ商品を回覧させる。店員が会員宅を巡回するから、借りる際も次に渡す時にも出かける必要がない。人件費の安い当時ならではの運営方法だ(不在時はどうしていたのだろう?)。
 当時はレコードの音楽を別な媒体に移し替える−録音する−手段に乏しいわけだから、今日のように、音楽がタダでバラ撒かれる心配はないわけで、まったく巧い商売を考えたものである。

 「商店界」は、文字通り、商店主・店員のための雑誌であるから、商売としてペイするかどうかも検討してくれている。
 売上30円・原価25円の荒利5円、利益率20%は悪くはない。
 昭和7年当時の価格一枚1円20銭(『値段史年表』)で算出すれば、普通の商いだけなら、一日平均3枚×25日(75枚)=80円の売上。こちらの利益率を35%と仮定−レコード業界の人じゃあないんで、実際の率なんざあ判らぬ−して28円。一方愛好会会員5組・利益25円では、ちと少ないが、「事務費」の半分は固定費と見なせるだろうから、実際の利益率は、ほぼ店頭販売と同じとしてしまおう。記事ではその倍の10組あると云うのだから、要するに普通の店頭販売の倍の売上と同じ結果が出て、A君は事業を三倍にしたことになる。
 レコード会社から見ても、今までの実売75枚+20枚×10=200枚で毎月275枚(予備も含めて280枚はカタい)も仕入れてくれると来れば、3倍以上の売上だ! まさに「正札つき」の名案である。

 複製技術が個人レベルにまで普及しなければ、現代でも有効なビジネスモデルであったと云えるだろう。文明の進歩も良し悪しであります。