印度総督の算術
「兵器」+「生活」=大赤字

貯め抜く道は いくらでもある?


 「それにつけても金の欲しさよ」とは、あまりにも有名な文句である。タイトル通り、我が総督府は、世間からの失笑と顰蹙を文字通り「買っている」のである。

 さて、金がかかると云えば、戦争また然りである。資本主義であっても、社会主義であっても貨幣ある以上、総て「お金がすべて」である。
 しかし「兵器生活」ごときが国家戦争の収支決算をしたところで面白くもなんとも無い。戦争中の貯蓄推進宣伝活動を肴に、皆様に笑っていただこう、と云うのが今回のオハナシである。

 元ネタは、皆さんおなじみの「写真週報」(昭和18年5月5日号)である。2001年のゴールデンウィークに合わせるかのような、素晴らしい言葉である。「鋼鉄の艦」、「銀翼」を「古本」、「新本」に置き換えると、まんま自分自身への戒めとなってしまう名文句である。30年の住宅ローンを抱える方も、結婚を考えられているあなたも、「撃ちてしやまむ」の精神で貯蓄にはげもうではありませんか。

 昭和13年度調べの出産数は1920万人で、勿論、最近はぐんと増加しています。赤ちゃんも米英相手の兵器が欲しい。そこで出産の喜びを記念貯金にかえて20円宛奮発すれば

 赤ちゃんが兵器を欲しがったら日本はオシマイだ…。

 前向きな貯蓄の話を出しても、正直面白くない。ラジオ体操で医療費を倹約したり、床屋に行かずに自宅で散髪などと云うしみったれた話をするよりも、やはり無駄を追放する話の方が、書いていてオモシロイので、そちらを紹介する。

 われわれが鬼畜のような米英人を相手に果合いをするとして、一ふりの日本刀もないと知りながら、なおかつ武装を忘れて酒食に、贅沢な衣装に金を貸す者があるだろうか。食べ物をつめても、まず日本刀を求め、なお更に近代兵器の購入にあたるだろう。貯蓄は国民の一人々々ががその命を託す兵器をまかなう費用なのだ。

 「まず日本刀を求め」と来ましたよ!こう云う事を臆面も無く書くから、「日本軍は精神主義だ」などと後世馬鹿にされるのである。日本軍では無く、「日本の戦争指導者の手先」が精神主義なのだ。いや、精神主義で国民を戦争に引っ張るのが<総力戦>なのである。

 昨年課税の対象になった国民の遊興飲食費は驚くなかれ12億円に上っています。それも悲しいことに年々鰻上りの勢いです。言わずもがな、断じてこれを貯蓄へ!戦地の苦労を偲べ

 時局と云えば、こう云う不届き者が居ないと始まりません。遊興飲食費を遣っている連中が、実は「星に錨に闇に顔」である事は、戦後教育を受けた我々の良く知るところである。これを書いている連中も、当然おこぼれに預かっていることは云うまでも無い。

 この時局下、重要物資輸送の邪魔をして、温泉等にのうのうと遊びに出かける連中がまだ絶えません。熱海、湯河原、伊東だけでも、昨年中に7千5百万円もの金が使われています

 「邪魔」「のうのう」なんと云う厭な言葉であろう。私もしばしばこのような暴言を吐くが、あんまり調子に乗らない方が良さそうである。

 日本古来のゆかしい行事だといって、華美な飾物を並べなければならない必要があるでしょうか。精神の美しさを生かし伝えてゆきましょう。こんな人形が年に3千万円も売れています

 国家がこんなお小言を云わなければならないとは、悲しい限りである…。

 東京だけですが、昨年の映画観客は延人数1億9千万人です。一人料金50銭として9千5百万円。東京だけですヨ。少なくとも映画館を二重三重にとりまいての醜態だけ止めて下さい

 呑んでも駄目、旅行も駄目、飾り物も駄目、そうしたら映画くらいしか楽しみは無いじゃあありませんか!古本が駄目じゃなくて本当に良かった(と云うのは多分ウソ)。

 日本婦人の美しさは、ごてごて塗りたてた脂粉のうちにはない筈です。まして昨年中に使われた紅、白粉代が1億7千万にもなると知ったら−さあ国内戦線から脂粉を追放しましょう

 化粧品に金がかかるのは、昔も今も変わらないようである。

 この悪い例、と云うのが良くできているのは、云うまでも無いことだが、贅沢を各個撃破している点にある。
 下戸は遊興飲食費の多さを怒り、工場労働者は温泉旅行に憤り、年長者は節句人形にケシカラヌと云い、工場経営者は映画の隆盛を嘆き、一家のあるじは主婦が白粉代を浪費するのに呆れ果て、子供は大人を責め立てる。結局国民全員が、それぞれのささやかな人間性の発露をつぶし合う、と云う最悪の図式がここに完成するのである。

 それでも浜の真砂の如く、抜け道をゆく者は後を絶たない事は、わざわざ書くまでもないのであった…。


 では、こうまでして金を作ると、どれだけの兵器が買えるのか?「小銃・拳銃 機関銃入門」(佐山 二郎 光人社NF文庫)に紹介されている、昭和16年12月の臨時兵器価格表によると

 九七式中戦車(除く武装)で16万5400円、十四年式拳銃が86円、鉄帽が9.6円である。ヒマな方は、映画(50銭)を何回がまんすれば、戦車本体が買えるのか考えてみよう。


 戦争をすれば(軍備を増強すれば、と云い変えても良い)、金がかかるのは理解出来る。しかし戦争もなく60年が経過してなお,国家の借金が何百兆円ある現状と云うのはいったい何なのか、納税者の一人として一度納得のいく説明を聞いてみたいものである。

貯金しよ、貯金