もはや手遅れの電波兵器礼賛
「電波な人」と云う言葉があるくらいだから、戦時中の電波兵器紹介記事を使った本稿が、いかにトンチンカンでいかがわしいモノになったとしても、総督府は、読者諸氏が受けた時間的その他の損失を補償するつもりは一切ない。
などと云う防衛陣地を、きっちり張っておかないと気持ちが落ち着かないくらい、私は電気・電波・電子など「電」の字に弱いのだ。
帝国陸海軍は、電波兵器の活用が遅れていた、敵米英に劣っていたと、ものの本に書かれている。しかし、軍令部や参謀本部から出る命令、現地からの報告の多くは無電で行われ、零戦には「ク式無線帰投方位測定機」と云う、帰り道を探る機械を載せていたのであるから、その言は、レーダー(電波探知機)と近接信管(俗に云うVT信管)の二つについて述べられているにすぎない。
戦時中、日本軍のレーダーは秘密にされていたが、レーダー/電波探知機については、科学雑誌・航空雑誌で紹介されており、大東亜戦の緒戦で鹵獲したレーダーアンテナの写真は、よく知られているところだ。
「機械化」昭和19年12月号掲載
「機械化」昭和19年12月号の表紙である。「特輯・電波兵器」の青文字がなんとも嬉しい。
どこかで見たようなカタチの四発爆撃機が描かれているが、爆弾を落とすでもなく、迎撃機を追い払う風でもない。表紙画の真ん中の、透明ドームに納められたモノはいったい何だろうか?
八木アンテナ(表紙解説)
かつての南方作戦において、鹵獲した米英軍の技術教科書の中に、八木アンテナの名が発見されて以来、俄然注目の的となったアンテナである。
(略)
表紙の絵は飛行機上に八木アンテナを搭載した場合の想像図である。
ただのアンテナじゃあないか!
絵描き(中尾 進)さんを現代日本に連れてきて、電器屋やそのへんの家の屋根を見せたら、憤死するかもしれない。「電波兵器」特集を飾る表紙がコレである。
空気抵抗を抑えるため、覆いをつける細やかさは認めねばならぬが、「これは敵の電波探知機を無効にする電波を出すアンテナである」くらいのことが書かれていない時点で、敗戦は近いと思う(この装備方法が、正しいものかどうかを判別する知識が無いので、そのへんは書かない)。
南方侵攻作戦が、「かつての」と回顧ムードで表記されているところも、ちょっと見逃せない(緒戦の興奮のかけらも無いところも)。
昭和19年末はレイテ島での「決戦」中、B29も、本土に来ている。
雑誌の中身は、B29に搭載されている「電波暗視器」の解説(『敵がやる程度のものは我が国でも既に解決済ずみである』と強がっているのがいじらしい)、「電波兵器に就いて」(陸軍大佐・佐竹 金次)、「超短波の発生」(東大教授理学博士・小谷 正雄)、「新鋭電波探知機」(紀平 信)と云う啓蒙記事を中心としている。
今回の本題は、「各国戦艦の電波探知機」と題されたグラフページの解説である。
「ドイツ戦艦」「アメリカ戦艦ノース・カロライナ型」「イギリス戦艦キング・ジョージ五世号」の写真(空飛ぶ円盤写真のように、レーダーアンテナに白丸が付けられている)とともに記載された記事にはこうある。
電波探知機の出現は海戦の性格を一変せしめた。今まで光学的測距儀によって敵艦の距離。速度・方向を測定した上、砲撃したのであるが、現在は電波探知機の登場で代行されるに至った。殊に暗夜・荒天・雲霧による視界不良の場合、その機能は驚くべき威力を発揮する。従来は探照燈の照射や照明弾の発射など、自らの位置と接近を暴露するような不利を忍びつつ行われたのであるが、今は暗夜も白昼同然となった。
夜間の肉薄奇襲戦を本領とする水雷艇隊の攻撃も探知機のために事前に察知され、的確なる命中弾を喰って、企図を挫折せしめられる。潜水艦も潜望鏡の露頂は探知機の感受するところとなり、得意の隠密裡の接近が困難である。これが大西洋で猛威を振るったドイツ潜水艦隊が逼塞状態に陥っている原因である。ドイツはこの対策を練りつつあるから、猛反撃に出る時期も近いであろう。
超短波研究の進展は探知機の鋭いビームによって敵艦型をも描き出し、ビームを振らせて敵艦隊の編成さえ確実に認知することが可能となって来た。
近代海戦は電波攻防戦と称しても過言でない状態なのである。
連合艦隊壊滅を知ってる人が書いたんじゃあないか? としか思えない、電波探知機礼賛記事である。
戦艦武蔵の基線長15メートルの「光学的測距儀」も、駆逐艦の夜間肉薄突撃も、決死・隠密潜行の潜水艦も、みんな返り討ちにあった。この号の目次に、「記事・写真・絵画は陸軍省検閲済」とだけ記載され、「海軍」の名が見えないだけの事はある。
ここまで記すと、「天をも覆い尽くす戦爆連合の大編隊も、目に見えず音も聞こえぬ目的地のはるか手前で、それ以上の迎撃機群に撃攘されて目的を達し得ない」、と書いてあるようなものだが、文字に書かぬが花・書いたが最後である。
「機械化」ネタで、図版が八木アンテナだけ、と云うのは、総督府としても心苦しい。そこで折込口絵「電波探知機の活躍」をご覧いただこう。描くのは小松崎 茂だっ!
電波探知機の活躍
今日電波は国の内外を問わず、戦争のあらゆる部門で重要な任務を果たしている。
日露戦争は火薬の戦争であり、第一次欧州戦は内燃機関の戦争であったが、今次の欧州戦や大東亜戦は実に電波の戦争である。電波兵器こそは今次の戦争に初めて出現した新兵器中の白眉、科学兵器の華ということが言えよう。
現代戦を決定するものは航空戦であり その航空機に大きな眼を与えてその威力を増大せしめたものは 電波兵器である。又一面航空機や艦船も電波兵器により遠距離から探知することが出来、従ってその活動も或る程度掣肘されたとさえ言われる。
我々は敵米英を凌駕する独創的な電波兵器の創造によって飽迄敵撃滅を期さねばならない。
この戦争の最中で、「電波の戦争」と云い切ってしまうと、帝国陸海軍は何もやってないに等しいような気がする。
この解説は、さきに紹介した「各国戦艦の電波探知機」とは異なり、わが方の航空機・艦船の活動が敵側電探により「掣肘された」事を否定していない。
「活躍」とは題されているが、描かれている光景は、実に地味と云うか、負けいくさ場面に見えてならない。
そんな中、「独創的な電波兵器」と書かれると、どうしても「殺人光線」を期待してしまう。
図は、
左上:タイトル文字と、電波探知機(南方で鹵獲したものまんま)の外観
中上:「航空機に備えつけた探知機により暗夜でも敵を探知し之を攻撃する」、その下「警戒機により敵潜を探知し之を味方機に知らせて撃沈す」
右上:「海岸に備えつけたデテクター(警戒機)」 あまり知られてはいないが、日本軍も使っていた。
右中:電波暗視器、発信機/受信機を搭載した航空機
中中:「探知機で敵艦付近の水柱を標定し弾差を正確にする」(総督府註:『初弾必中』と云う事に思いもよらなかったのか?)
左中:「照空燈は雲上を照し得ないが探知機はこれを発見する」従来の防空啓蒙記事を全部否定しているに等しい。
下段:「敵機の来襲を警戒機でとらえ探知機でその位置を標定し高射砲は発射される」
図に描かれた光景すべてが、「やりたくても出来なかったこと」に見えるのは何故だろう?
爆撃機がやってくるのを探知する。迎撃機が飛び立つ。しかし迎撃機が爆撃機に追いすがることが出来なかったら? 高射砲の弾が、相手に届かなかったら? 高射砲の設置してないところを飛んできたら?
潜水艦を探知する。差し向ける駆逐艦、航空機が手許になかったら?
敵艦隊を探知する。攻撃機・爆撃機を差し向ける。敵の迎撃機の数の方が多かったら?
…電波探知機だけを、手放しで褒め称えていいものでもないだろう。
本編の記事は、さすがに先を見ている。
佐竹大佐「電波兵器に就いて」の末尾は、「夜間戦闘機の誘導を進展せしむれば弾丸の誘導が出来る。」と、今日のミサイルを示唆しているし、紀平氏「新鋭電波探知機」では、仮にお互い電波探知機を使用していても、「その国の科学技術の差」で、相手の探知機を妨害・封殺して目的を達成出来ることが記され、潜水艦用の「無反射塗料」の可能性が語られている。
このへんに関しては、今のミリタリ書籍の方が、詳しいところであるのは云うまでもないが、そこに至る道はちゃんと(見える人には)見えていた、くらいの事は書いても罰は当たらないものと思っている。