戦車視察練習具について
アーマーモテ゜リング第22号「解体戦車」で「戦車の視察装置」が取り上げられていたからでは無いのだが、「戦車視察練習具」である。
戦車内部にある乗員が、外部の状況を観察する事の困難さについては、ここではふれない。外部視察に求められるレベルは、とりあえず演習場を走るレベルから、実際の戦場で行動するレベルまで、多々あるはずだが、それを獲得るには「習うより慣れろ!」と云うしかない事は、我々素人にも判る話である。
とはいえ、潤沢な燃料と練習用車両が用意されているならともかく、要員の資質を上げるには、乗車訓練時以外の、いわば普段からの鍛錬が必要であると心ある人士は考えたようである。
そこで、今回紹介する「戦車視察練習具」の登場とあいなるのである。この種の器具は過去に於いて模型雑誌等にも紹介されているのだが、今回は「機甲」創刊号に掲載されたものを紹介する。
(以下は原文、ただし意味等不明瞭なる点は都度私註を付けた)
戦車視察練習具に就て 満洲第533部隊
戦車内よりする視察練習具に就て
緒言
本練習具は当部隊附沓形中尉、黒田曹長の考案製作に依るものにして未だ研究の余地ありと雖も取敢ず参考の為め寄稿することとせり。満洲第533部隊長 重見伊三雄
目次
1.考案の目的
2.構造及使用法
3.作業上着意せし点
4.用途
1.考案の目的
視察訓練の重要性と常に戦車内に在りて視察訓練を実施するの困難性とに鑑み某訓練期間中常時(日常、演習共に)車内よりする視察と同一状況下に於て視力を錬磨し以て視察訓練の徹底向上を期せんとするにあり
2.構造及使用法
1.構造材料
ファイバーを主体とす
馬糞紙を以て作製し得るも雨雪の為めに変形する慮あり「ベークライト」を以て作製するも一案なり
各部の構造左の如し
正面図 ×印(註:正面上部スリット中央にあり)は展視孔実際戦車(千八 註:チハの誤植と思われる)のものに同じ
(註:額部分に「星印」が浮き出されている事に注意されたい)
側面図 イは体 ロは砲塔
(註:イとロの用途を意図しているものと思われる、すなわち本練習具を図の表記に基づき、仮に本体「イ」とバイザー「ロ」とすると、ロのスリットから外部を見ると、丁度砲塔内部からの眺望と同様となり、バイザー下の開口部(ただし掲載図版からではバイザー下部が開放されているかは判別出来ないので、開放されている、と云う仮定による)より視察すると、操縦席の視界が得られるものと推測する)
内面図 上部の紐は頭の太さに応じ適時伸縮す
×印の部は呼気の為め展望孔のガラス曇ることあるを以て若干顔面より隔離せしめ之を防止す(註:なかなか凝った構造である。頭部は上面に湾曲した革製とおぼしきバンドと、横に張られた紐によって固定されるわけである。面体にガラスが取り付けられているあたりも本格的である)
2.使用法
概ね防毒面の着脱要領に準じ使用するものとす
装着せる場合の正面図(註:これでロケットを背負い込んだら「ロケッティア」まんま(笑))
側面図
×印は前方を視察する為め一時開放したる図
3.作製上着意せし事項
1.勉めて軽易ならしめたること
2.常時着用により気楽に而も不快を感ぜしめざること
3.展望孔付近は勉めて実況に近らしめたること
4.昼間使用するを以て勉めて明暗の度を考慮したること
5.防寒帽を着用せる場合使用せしめ得ること
6.勉めて経費の節減を顧慮せること
4.用途
本視察具の用途は頗る多く概ね左記の如き場合に於て之を利用し得るものとす
1.目標発見及捜索
2.距離目測
3.射弾の観測修正
4.地形判断及各種徴候の捕捉
5.方向の維持及判定
6.幹部実設演習
7.現地教育及現地戦術
8.兵棋及砂盤教育
(註:6〜8については)本視察具を使用するときは概ね実況に近らしめ得
5.経費
ベークライト製 一個 約17円
ファイバー製 同 約15円
馬糞紙製 同 約2円
6.其の他
部隊に於る使用の状況
部隊に於ては目下約100個を整備し日常の教育訓練に活用し視察力の錬磨を図りつつあり
距離測量目標捜索発見射弾の観測修正幹部実設演習及現地教育には相当効果あるものと認む
「馬糞紙」と云うのは、馬糞中の繊維質を抽出して作った紙では無く、「ボール紙」の事。わざわざ註を入れる程のものではないが、年少読者諸君の便宜を図り、記載した次第。「8.用途」にある「兵棋」はボードウォーゲームのご先祖様にあたる、戦争映画等で、エライ人が地図の上にあるコマを棒であちこち動かしているアレである。「砂盤」と云う言葉を私は不勉強にして知らないが、恐らくは地面に棒で絵を描く事を指しているのだろう。実際の地形での教育効果はあるものと思うが、兵棋や砂盤教育時にこの「馬糞仮面」を着けて、教育効果があったものなのかは正直なところ「悪ノリ」しすぎの観がある。
日本軍の視察練習具については、わりと存在が知られているものだが、主筆は不勉強にして、諸外国が同様の器具を用いていたかどうかを知らない。これが「日本精神の発露」なのか「只の貧乏根性」なのか、個人的には非常に興味を持っているのである。
せっかく視察具製作の費用が出ているので、当時の一般商品の国内価格と比較してみよう。もっとも、国内では価格統制令が施行されているので、実勢価格(すなわちヤミ値)とは異なることをあらかじめお断りしておく。あくまでも歴史お遊びとお考え下さい(笑)。価格については「値段の風俗史」シリーズ(朝日新聞社)によった。すべて戦時中の価格である(昭和17年を基準にしたが、史料により、多少の時期の前後はある)。
キャラメル:10銭(昭和15年、20粒入り)
案内広告:6円27銭(昭和17年、朝日新聞本社版3行広告)
ローソク:1円50銭(昭和15年、40本)
ゴルフ料金:15円(昭和18年、日曜祭日料金、兵庫県広野ゴルフ倶楽部ビジター)
学帽:10円(昭和17年、大学生用)
入院料金:2円50銭(昭和18年、都内総合病院の最低ランク、最高は個室で8円!)
カステラ:1円20銭(昭和18年、一箱一斤入り)
鉄道旅客料金:7円25銭(昭和15年普通料金、上野〜青森間)
残念ながら「馬糞紙」の価格は無かった。