総て真実なりと査定されると心苦しい
「ロケット推進」と云うと、スペースシャトルやH−2などの「ロケット」、大陸間弾道弾などの「ミサイル」が思い浮かぶものですが、第二次大戦末期当時の日本では、ジェットエンジンとロケットエンジンは仲良く、燃焼ガス噴出の反動で進むものとして、単純に「ロケット」、「ロケット式」と呼ばれておりました。
国防科学雑誌「機械化」で、小松崎茂が描いた「ロケット爆撃機」(昭和19年9月号掲載)には、「発動機の排気による混合ガスを爆発室に導き、ここにおいて圧縮された空気と燃料噴射孔により噴出せる霧状燃料に点火爆発せしめロケット作用を起す装置である」と発動機の原理が説明されていますが(これで一本ネタになるので、図は省略です)、圧縮空気に燃料を混ぜ点火噴射するからくりは、空気の圧縮に別な「発動機」を使っているところを除けば(イタリアの実験機がやった手として当時から知られたもの)、立派なジェットエンジンであります。
「ロケット爆撃機」には、ロケット推進を使えば、時速1千キロも夢でなく、しかも時速千キロだからいかなる敵機も追撃できない、と云う素朴な感激に満ちあふれている(敵が時速1千5百キロの戦闘機を持ち出したらどうすのでしょう)のですが、今回のテーマは、同じ号に掲載された、例によって誰が喜んで読むのか知れたものではない、「ロケット式爆雷飛行機」のお話です。
これを書いたのは、三鷹航空工業株式会社研究部長 谷本 弘さん。いつものように仮名遣い、文の分割などを施し、多少読みやすくなるよう細工をしてあります。
ロケット式爆雷飛行機の話
新鋭なる飛行機を作れ
現代の戦争は科学戦である。戦争の勝敗は諸々の要素によって左右されるが、中でも兵器の優劣はその決定的なものの一つであるといえよう。前大戦で英国は戦車を発明して勝利の原因を作り、今次大戦に独逸は、仏国の空へ急降下爆撃機を満たしてあっけなく仏軍を降伏させてしまった。そして今次大戦の様相が刻一刻と凄愴苛烈となり、深刻化して行くと共にこの科学戦もまた一層熾烈となって行きつつある。特に物だけを命の綱と頼む敵米英は、勝利の鍵を科学に求め、多くの侮れない新兵器を創って、北に南に反攻を続け、科学の精粋を駆使する皇軍との間に日夜激闘を繰返している。
今次大東亜戦こそ正に科学と科学が正面から取組んだ戦争で、特に航空機の優劣多寡こそ現代戦の勝敗を決定づけるといってもあながち過言ではなく、そのため世界の列強は優秀な航空機発明に最大の力を注ぎ今やロケット飛行さえ実現されてヤンキー共はさわぎ立っている始末である。
青少年科学者諸君! 今や航空熱は最高潮に到達せんとしている。この時に当り一日も早く新鋭なる航空機の発明、並びに大量生産に全力をつくすことこそ、科学者として国家に対する最大の奉公であり、敵米英を一日も早く打倒する最も良き近道である。
一年後に敗戦を迎えたことを知った上で、この文を読みますと、何とも悲愴なものがあります。「新鋭なる航空機の発明」と「大量生産」が並記されているところに、戦時日本の苦悩をとても強く感じます。
航空機の進歩はロケット実現へ
最近の欧米各国は、前述の如く行きづまった航空機の飛躍的進歩の開拓は 一つにロケット飛行を実現するにあることに着眼し、盛に実用されているような記事が誌上を騒がしている点、我々としても一歩先んじた之等の出現を等閑に附すことは出来ない。併し之が出現して戦場を殴打するに到る迄には相当の時日を要するとしても、筆者の今から解説せんとするロケット式の爆雷飛行機は徒なる筆者のみの空想論にあらずして、航空機の戦闘能力を上げ得る第一歩の容易な実現兵器として頗る重要なものの一つと思考されよう。
「ロケット飛行の実現」が、航空機の飛躍的進歩のカギであることが触れられ、等閑できないと記されておりますが、「相当の期日を要する」と、話が別な方法論に走ってしまうところに、筆者の不幸を見る思いがします。それは、以下の文章を読むことで、読者諸氏も等しく感じることであるものと信じております。
なお、「前述の如く行きづまった」と本文にはありますが、それに類する記述は見当たりません。
大口径火器搭載もロケット式に
世界列強の航空機は日に日に進歩して、今やその装備鉄板は頗る厚いものとなり、中々航空機同志の使用火器さえ口径十粍前後の機関銃程度では、何等の威力なしと推定されるようになった。そのため最近の航空機搭載機関砲は三十粍、四十粍という大口径のものが出現して、戦場の第一線に活動している始末である。
故に航空機の許す限り、その命の如何によっては七五粍以上の大口径火器をどんどん搭載して一発必殺主義も頗る重要視されるでありましょう。故に之等火器搭載は戦闘機の如く小さなものには、従来の搭載方法では頗る実現困難なる点も多く、その解決策として、第1図に見る如き航空機が注目されるのではないでしょうか、即ち大口径の大砲身は機体中央に設置して砲口を尾翼中心に出さしめ、後方に向って弾丸を発射するという方法である。
一寸一見して物馴れぬ諸君の中には命中率悪く使用不便だろうという論者もあるか知れないが、決してさにあらず後方に向かって設置するため発動機は邪魔にならず、機体を充分に利用出来得るため従来は想像出来ざる大口径砲を搭載し得る。そして命中率や戦闘威力も特殊なる照準装置及び独特の戦闘方法によって解決すれば、完全に敵を必殺し且つ飛行機自体はロケット式の反動によりその時速を増加して、戦闘能力を向上させ得ることも考えられる。最も之は次に述べんとするロケット式爆雷飛行機の予備知識として説明したものであるが、戦闘法その他に於て次に述べる爆雷飛行機と共通している点の多々あることは賢明なる諸君にはよくお分りのことと思う。
第1図
話を、一番痛切なはずの、航空機発動機のロケット化によって高速化を実現すると云う方向ではなく、一見無関係な、航空機兵装には大口径火器の装備が望ましいという前提を置き、後方に向けた配置を取ることで小型航空機においても大口径火器搭載が可能だと、論を飛躍させているのがお分かりでしょうか?
後ろ向きに大砲ぶっ放して当たるのか?と云う疑問については「特殊なる照準装置及び独特の戦闘方法によって解決」とは、科学雑誌にあるまじきすっ飛び方です。ついでに大砲を撃った反動で機速も上げようと云う、一石二鳥の考え方まで提示されるのですから、本当にこんな記事を全文復刻して良いのだろうかと心配になります。相手が後方にいなかったらどうするのでしょうか? いや、相手をすべからく後方に追いやるだけの速力があるなら、20ミリ程度の火器を普通に進行方向目がけてやれば…。
話は60年後の読者の疑問を、はるか後方に置き去りにして加速します。
ロケット式爆雷機の構造
本文の主題とする爆雷機は、前述の大口径火器搭載ロケット型航空機を尚一歩進歩改良せしめたるもので、その構造及び要旨は第2図、イ、ロ、ハに示す通りである。
即ちイの如く、頗る強力な爆薬を大量に入れた大爆雷弾を飛行機の尾部に装置して置く、そして独特の戦闘術によって発射好機を得るや電気仕掛の発射電鍵を入れ、発射火薬の大爆発を以って爆雷弾を後方に向かって発射せしめる。勿論この照準は前方に向って操縦するパイロットに於ても、後方の位置測定が的確に行い得る、特殊にして優秀なる照準装置を保有せしめてある、かくして発射の瞬間はロに示す如くであるが、この時飛行機はロケット作用により従来のプロペラ推進によっては得ることの出来ない大速力を以って前進し危険な敵より遙かに遠ざかり、ハに示す如く、飛行機と爆雷弾とが一定の安全距離を保つ迄に離れると、時限信管により、空中に於ても自由に大爆発を起すようになっている。この爆雷は従来に無い大爆薬量を以って破裂するため想像以上の威力を発揮することが出来る。勿論この大爆雷には航空機と、一定間隔離れると爆発する仕掛の時限信管の外、敵に衝突すると同時に爆発する瞬発信管も具備せしめてあってあらゆる場合の攻撃にも有効ならしめて置くのである。
第2図
図には、イに「特殊なる照準装置を有す」「発射火薬室」「爆雷弾」の説明があり、ロは「発射」、ハは反動で遠ざかる機体と、「安全距離」、「尾部に時限信管」「爆雷弾」の説明書きがあり、見えづらいですが、その右は「先端に瞬発信管」とあります。図の一番右、爆雷弾が爆発しているところには「爆雷弾の爆発は広大なる大爆圧と大破片を以つ/あらゆるものを粉砕する」と書かれています。
飛行機の機首にプロペラが描かれているのに注意して下さい。あくまでも従来のプロペラ機に対する改良と云うことなのでしょう。「この爆雷は従来に無い大爆薬量を以って破裂する」とありますが、核弾頭でも積んでいるつもりなのでしょうか。なお、図(描いたのは中尾 進)を見る限り爆雷弾は一発限りのようです。
独特の戦法による大威力
陸戦の覇主たる大戦車といえ共第3図の如く、独特の戦法を以って飛来 爆雷を投下して一挙に飛び去っていくような戦法を用いれば地上にある敵の陣地トーチカ、部隊等あらゆるものを、片っ端から撃滅することが出来るのは勿論、海上に於ける何万噸の軍艦や戦車群といえ共第4図の如く一発必殺弾を以って之を撃滅することが出来よう。
本法に依る投弾法が従来の急降下爆撃より勝って有利なる点は、第3図及び第4図の如き姿勢となるは危険であっても、その後に於ては投弾と同時に絶対安全に逃避出来ることや、火器や小爆弾以上の大爆弾を使用した上に火薬発射を以って、発射せしめたるため爆雷弾は投下爆弾と異なって大なる初速を有し そのため確実なる命中率を有することが考えられる。特に他に類例なき効果の利点を有するのは 空中戦闘に於ける場合の迅速なる戦闘威力であろう。如何に大型の重爆撃機といえ共第3図の如く一発の弾丸で完全に之を木葉微塵にくだくことが出来るであろうし、又如何に優秀な敵戦闘機が如何に多く取り囲むが如くやってきても、たちどころに一発の大型爆雷弾を投下することにより ロケット式反動で自機は敵機の及ばない大速力を以って危険範囲を脱した頃、爆音諸共の大爆発を以って数十の敵機を吹飛ばしてしまう、この場合、敵機は爆雷の破片の外大爆風により戦闘性能を失うものなども、また多いことであろう。
(上)第3図、(下)第4図
3、4どちらも爆弾爆弾投下、離脱直後のように見えますが、すべて後方に一発放ったあとの図です。アタマの中の「新兵器」が絶対命中することは「脳内デート」が絶対うまく行くのと同じくらい確実ですから、逃げることまで筆にする余裕を見せています。
しかし、このあたりの文章を読みますと、「ロケット式」の利点云々よりも、「小型原子爆弾」があれば、と云う方向にズレてしまっているように見えてなりません。
結び
一片の空想が頗る余談入り解説となったが、この空想の一言一句を総て真実なりと査定されることは、頗る筆者も心苦しい話だ。併し爆雷飛行機の性能解説が 銃後を守る科学者諸君の兵器に関する認識を深め、一層の『科学する心』の昂揚の一端ともなれば、その喜び頗る大なるものがある次第である。
谷本研究部長も「これでいいのか?」と迷っていることが伺えます。
大砲を撃てるくらいの航空機なら、普通のものより頑丈にしておかないといけないのではないか(重たくなり、発動機を強力にしないと速度が出せなくなりますよね)? と云う疑念はぬぐえません。多分、本人もそのへんのことは認識しているのでしょう。ここに文中の「一言一句を総て真実なりと査定されることは頗る筆者も心苦しい」と云う言葉の重みが出てきます。
この号の新兵器図解では、先に述べたように、「ロケット爆撃機」が描かれ、その裏は、ロケット機が実用化されるまではロケット推進とプロペラ推進のハイブリッド飛行機の時代が来るだろうと、さまざまな想像図が描かれています(現実に戦後米軍はハイブリッド推進の航空機を試作したことが知られています)。本当は、谷本部長は普通にロケット推進航空機の話を書きたかったのではないか? それがまかりならんと云うことで、本人も今一つ納得していない「ロケット式爆雷飛行機」などと云う、ゲテモノ兵器の話を書いたのではないか、と思えてならないのです。その痕跡が、どこにもない「前述の如く」と云う記述なのでしょう。
「職責上ほんとうの事を書くわけにはいかぬのだ」と解釈してみると、ツッコミどころ満載の記事は容貌を大きく変えます。太平洋戦争に登場した兵器の本を紐解くと、敗戦時には、ジェットエンジン、ロケットエンジンは当然として、無線誘導弾、熱誘導弾、空対空ロケット弾、「殺人光線」などが研究され、一部はあと少しのところまで来ていた、などと記されています。「兵器生活」のコンテンツが構想から公開まで数日で仕上げられるのとは違い、新兵器の開発に半年一年はかかる事は、あえて云うまでもないでしょう。
わざわざ後ろ向きに弾を撃つ飛行機など誰も作る予定がない。一発で大艦あるいは戦車群を潰滅しうる夢の爆弾−「原子爆弾」に相当するものは、誰でも欲しいものだし、原理を書かなければいい。と云う、後ろ向きの執筆態度が、この珍兵器記事を生みだしたのではないでしょうか。
末尾の一文は「後は若い人に任せた!」と云うギブアップ宣言にも読めてしまうのです。分別ある大人が滅茶苦茶な発言をするには、そうさせるだけの理由があるのだな、とたまには思いやることも必要なのではないでしょうか? と、日頃の行いはさておき、反省する次第です。