「落下傘映画」 の不朽の名作 「空の神兵」 (といっても他の作品は 「桃太郎海の神兵」 と 「遠すぎた橋」 くらいしか知らないのだが) の中に 「落下傘兵の真面目 (しんめんもく、と読まねばならない) は降下後の戦闘によって発揮せられる」 という文句が出てくる。しごく当たり前の事実なのだが、映画自体が延々と落下傘降下技術の習得を綴っているので、見ている方はつい 「落下傘兵=降りて終わり、じゃんじゃん」 という気になってしまう。この当たり前の事を示されて、私は自分の認識の甘さを痛感した次第である。
落下傘兵は降下した後、地上戦闘を敢行するわけだが、映画の中でも最後の5分ほどは地上戦闘場面が展開される。演習時の記録映像なので鮮明な画像で、落下傘兵の地上戦闘が歩兵のそれと同じものであることが確認できる。当時の映像を見ていると、たとえ攻撃の締めがお約束の 「銃剣突撃」 であっても、なんとなく 「帝国陸軍強い!」 と戦争に勝てそうな気さえ覚えてしまうから、当時の宣伝映画はまったく油断が出来ない。
降下した兵士は、拳銃以外を持たない丸腰であるから (当時の陸軍落下傘部隊の場合)、別個に投下されたコンテナから小銃や機関銃、歩兵砲を拾ってから組織的戦闘に入らねばならない。演習であれば、日頃鍛錬した 「落下傘兵魂」 をもって迅速に兵器を回収、行動に移ればよいが、現実の戦闘では敵弾が飛来する中で、それを行わなければならない。降下時に飛行機そのものが攻撃を受けている場合もあるから、兵士と武器が離ればなれに降下してしまう場合も懸念され、空挺作戦を実施する上での大きな問題となっていた。
この問題に対する回答は、銃器に改良を加え、兵士と武器が同時に降下できるようにすることである。軽量な小銃、折り畳み可能な小銃というのはその具体的な現れである。小銃だけでは心許ないから、短機関銃を携帯するようになったのは、戦闘効率化の必然といえる。また、それと平行して陸戦の王者である戦車そのものまでも空中投下しようという試みもなされ、空挺戦車もいくつかの国で研究された。空挺戦車そのものは、第二次大戦以降に実戦配備されたが (米軍のM551シェリダン等) 、文字通り戦場に空中投下された事例は無いようである。
しかし、そこまで装備が充実するまでは、別な方法論も検討されていた。その一つがグライダーによる 「重火器込みの戦闘単位一括降下」 である。当時の航空機の性能・構造および落下傘降下の進み方を考えると、どうしても兵士一人一人を連続して降下させるしかなく、兵士が広範囲に散開することは避けられない。いくら落下傘兵が精強な兵士であっても、一人一人が敵地に点在してしまったら、組織的に戦闘を展開するのに不便である。であれば兵士を乗せた航空機そのものを地面に下ろしてしまえ、というのが軍用グライダーの発端であろう。滑空機を使用しているのは、整備された滑走路が不要なのと (これは程度問題であり、最低限広い土地は必要) コストダウンのため (敵地に強行着陸するわけであるから、使い捨てで充分だ) に過ぎない。現に日本の空挺部隊はその末期に通常の航空機による敵地強行着陸を実行している。ヘリコプターが実用化された現代となっては、切り離されたらとにかく降りるしかないグライダーなどは危険きわまりないシロモノとなって忘れられ、本家の落下傘降下自体も航空ショーの見せ物と特殊部隊の運送手段となってしまっている。
空挺作戦をより効果的に行うために、過去においては今まで紹介した以外の方法も検討されていた。それが今回紹介する 「空中トーチカ」 である。
国防科学雑誌 「機械化」 昭和17年8月号の新案兵器 「空中トーチカ」 では、落下傘を付けた円筒形の物体が、装備された軽機関銃で、地上を掃射しながら降下する様が描かれている。解説文いわく (原文は旧カナ)
この新案兵器は落下傘部隊の降下にあたって、地上からの射撃を完封するもので、搭乗者には傷害のないよう考えられている。又接地と同時に支柱を出してトーチカの代用をなし、後続部隊の戦闘を援護する特長を持つのである。 (以上)
構造はシンプルで、殆ど爆撃機の垂下銃塔である。円筒形の本体に兵員一名が搭乗している。筒の下部には 「接地用緩衝装置内部ゴム製スポンジ状」 という 「国防科学雑誌」 にしては怪しい装置が付いていて、これで接地時の衝撃を和らげようというらしい。イラストでは金網の付いたゴムまりにしか見えない。筒の側面には折り畳み式の支柱が付いていて、接地と同時に展開して脚となる。着地後はアポロ宇宙船の着陸船のようなカタチになる。
武装としては、機関銃一丁が装備されており、円筒の上半分が地上掃射用に開けられている。俯角をつけられるように、開口部と円筒本体とのつなぎの部分に傾斜をつけているのが泣かせるところである。機銃はその傾斜部の上部 (本体の中央) に横一文字にレールを配して装着されており、まさに爆撃機の銃座である (96式陸攻の垂下銃塔そのまんま、と云ってよい)。
当然のことながら、実用も試験もされた話は聞いたことがない。雑誌の口絵での 「新兵器」 であるから色々と突っ込みを入れる余地は多い。まず、 「トーチカの代用をなす」 といいつつも、垂下銃塔程度の構造では、殆ど落下傘付きの棺桶である。かといって装甲を施せば重量過大となり、飛行機に搭載して、安全に降下させるのも一苦労となってしまう。トーチカであるから降下後の移動はもとより考えていないため、後ろ向きに着地してしまったら機銃を下ろして戦わなければならない。というわけで、科学雑誌の口絵を飾るのが精一杯の 「珍兵器」 となってしまったのである。どうせ重量物を降下させるなら戦車を下ろした方が、自在に動ける分だけ利用価値がある、と判断するのがまっとうであろう。それ以上にこれで降下中に、落下傘を損傷した時のことを考えると、拳銃一丁で降下した方がマシかもしれない。
空挺作戦そのものが新しいコンセプトだった時代は、さまざまなアイデアが研究されたようで、この 「空中トーチカ」 もその一種なのだが、その元となったと思われる記事がそれ以前の雑誌に掲載されている。 「空」 昭和15年11月号の 「落下傘部隊の新戦術 近代戦に於ける空の歩兵」 (Fスミス) である。このスミス氏が何者なのかは不明。訳者も不明である。以下にその一部を引用する。(略) は元の文章を省略していることを表している。また、例によって原文は旧カナである。
落下傘部隊の使用が発展し拡張されるにつれこれに適用される装備と方法は過去に於けるよりも、より広範囲なる目的に添うべく改良され適用されることであろう。 (略) 他より隔離されたる地方に着陸する情報部員の降下の場合を除いては、落下傘降下を目的として使用せられる飛行機は、それ等着陸部隊のための特別なるバスケット、又は鋼鉄の機関銃及び軽砲入の円筒またはタレット (砲塔又は動架とも言い監視用)、又は機関銃具備のボート等を装備なし得るだけの能力を持つ事が必要となって来ることであろう。
(略) これ等の人々 (註:バスケットにて降下する部隊員) は衝動を吸収し得るシートに座り、落下傘が開くと同時に、其のバスケットの下部及び周囲に自動的に着陸用のマットが広げられることとなるだろう。何等衝動を与えることなく5名の人員を着陸させ得るところの直径約11米よりなる、これ等数個のバスケットを高度約45米より降下せしめ得る落下傘が製造さるべきである。その人々は銃剣を身に着けていることであろう。
弾薬、小銃、手榴弾、通信器等が即座の使用に供するために其のバスケットの中に入れられてあることであろう。その人々はバスケットが下されるや否や5秒の中に地上作戦に当たることが出来るであろう。其のバスケットは円筒型であり、そして飛行機の機体の底部の穴の上に据えつけられることであろう。クランクを回すことによって飛行士又は委員の一員が一定の時刻内に、要求によっては各15米の間隔に於いて其等のバスケットを落下させることが可能であろう。
この様な方法 (通常安全シートと呼ばれている) は1929年に於いて或る発明家に依って考案されたものであった。 (略)
多くの場合に於いては落下傘に付けられたる機関銃タレットは、それ等バスケットの中にて着陸される部隊員と共に散布される諸活動の便益のために使用されることであろう。斯くの如き目的のためには或る場合に於いては二個の軍隊バスケットに対し一個のタレットにて充分であろう。他の場合に於いてはより大型のタレットを、より多数を以って。部隊員用バスケットの前部に着陸させる事が必要であろう。之等の着陸用装備及び技術は、バスケット用の鋼鉄タレットと同様なるものであろう。機関銃はそれ等タレットの両側に回転自由式に備え付けられ、其の落下傘が開くや否や何時にても使用され得る様準備を整えて置く、2名又は3名の機関銃射手を持ち手榴弾を装備している。斯くの如きタレットが攪乱を目的として敵の要塞又は地上部隊の上空より落下されるのである。此の方法は空中又は地上に於ける恐ろしき観を呈する事であろう。其のタレットは回転式の底部をなして居り小さな車輪を具備されて居る、必要とあれば其の車輪はタレットの位置を変え、地上に於いて活動なし得る為に其の位置を下げ得ることが可能となって居る。斯くして乗組員は攻撃又は隠蔽の目的の為に、そのタレットをよりよき位置に移動さすことが出来る。 (略)
直径12米のパラシュートは3個の機関銃、弾薬、手榴弾、食料品及び3名の人員を収容したる斯くの如きタレットを約55米の低高度より安全に着陸さすことが出来るであろう。 (後略)
ここで紹介されている方法が、先の 「空中トーチカ」 の原型になったことは疑いが無いように思われる。ただし、こちらの方が乗員の数、機関銃の装備のされ方、車輪による方向転換が可能なこと、といいことづくめの様に記述されている。 「機械化」 では、このコンセプトをもう少し実現可能な形にアレンジしているのかもしれない。
この 「バスケット」 の運用のされ方は、グライダーによる強行着陸に近い。 「バスケット」 自体が実験されたのかどうかについて私は不勉強のため知らない。しかしこういう特殊装備を搭載できる航空機が必要である、とされており、おいそれと実験も出来ないことは確かで、この記事が書かれた時点 (昭和15年=1940年以前) で、こういう機材を搭載かつ投下できた航空機は多分存在しなかったものと思われる。5人乗り直径11メートルの円筒 (高さに関する記述は存在していないが、緩衝装置、車輪、回転可能な銃座を装備させようとすれば、少なくとも2メートルの高さは必要となるはずだ) を垂直に搭載するためには、サンダーバード2号のように胴体の一部を空中で切り離し可能なくらいの特殊航空機の存在が不可欠である。こんなゲテモノ輸送機を作るなら、胴体開口部を大きくした輸送機やグライダーを制作した方が利口であろう。実際に第二次大戦ではゴータGO224やメッサーシュミットME346ギガントのような貨物運搬用グライダー (とその発展型としての発動機装備型) が制作されている。また、その程度の航空機が存在するのであれば、小型戦車や自動車を搭載した方が後々を考えれば効果的であることは、現代人である我々でなくても見当がつきそうなものである。 「落下傘降下」 という手段が目的化してしまったいい例であろう。ちなみに同記事では 「部隊員は別個に落下されたる軽砲及び小タンクを以って (略) 突入部隊となり得るのである」 ともある。ならばその 「小タンク」 を 「タレット」 として使用すればいいのである。
「空」 での記事で触れられている 「安全シート」 が具体的にどのような構造になっているのかは解らないが (きっと1929年のアメリカの特許公報を見れば記載されているのだろうが)、 「シート」 となっている以上は着地寸前に圧縮空気等で 「シート」 をエアマットと化して、その上に 「パレット」 「タレット」 が着地するように思われる。 「機械化」 のゴムまりよりはマシそうであるが、平坦な地面以外の地点に着地することは考えていなかったのだろうか?このアイデアを実現するのであれば、減速用ロケットを底部に装備してロシアのソユーズ宇宙船のように軟着陸させるのが現実的であろう。そういえばソユーズ宇宙船の地球帰還モジュールは、この 「空中トーチカ」 「タレット」 に形状といい、サイズといい、酷似している。
Fスミスによれば、これらの機材を45メートルの高度で投下することになっているが、敵地上空を45メートルの高度で本当に飛行できるのか、ということになるとかなり雲行きは怪しくなってくる。ME346ギガントクラスの航空機が大挙して低空で進入するには制空権の確保が不可欠であり、空挺作戦の本来の目的である 「奇襲」 「強襲」 を遂行するためにはもっと高度を取らないと、地上砲火の格好の的となる危険性が極めて高くなると思われる。
スミスの論文には 「タレット」 による降下中からの攻撃についての記述はなかったが、 「空中トーチカ」 による降下中の地上掃射の可能性について考えてみたい。空挺部隊が最も無防備になるのが彼らを 「空挺」 部隊たらしめている降下中というのは、皮肉以外の何者でもない。落下傘降下の場合、通常携帯している兵器が落下傘を損傷しないように、あるいは着地の衝撃で兵器そのものを損傷しないように、ケースに収納して降下するので、降下中に携行火器で地上を掃射するのは極めて困難であるといわねばならない。ましてや反動の大きい機関銃を降下中に使用するのは地上への脅し以外の効果は低く自殺行為ですらある。
降下中の地上掃射が行える可能性があるのは、グライダーに銃座を装着して、射撃しながら強行着陸することであるが、着陸時の衝撃を考えると、銃座で射撃している兵士は着陸後戦闘に参加できるかどうか怪しくなってくる。こうやって無い知恵を絞っていると、つくづくヘリコプターの有り難さが実感されてくるのである。
「空中トーチカ」 は降下中の射撃も可能なようになっているが、先に述べた理由で、どこまで戦力として利用できるかは怪しい。ただし地上を射撃しながら巨大な物体が降下してくるのは防御側から見て、たしかに 「恐ろしき観」 ではある。ただしそれには 「空中トーチカ」 を投下する航空機と後続の通常の落下傘兵を投下する航空機の飛行コースを充分検討する必要がある。
空挺降下を自衛隊の基地際等で見たことのある方なら御存知であろうが、目標上空で兵員・物資を投下する場合、第一陣の降下が始まってから、最後の兵士が降下するまでにはどうしてもタイムラグが避けられない。映画 「空の神兵」 では1秒間隔で降下せよ、と教官が兵士に指導しているシーンがあるのだが、1秒間隔でも降下する兵と兵の間隔は10数メートル以上空いてしまう。航空機が高速で飛行すればするほどその間隔は広くなる。また、編隊飛行する場合だと (大規模な降下作戦であれば10機以上は必要だ) 先頭機と後続との機体間隔もある。したがって、 「空中トーチカ」 を投下する機は最先頭にあってそれを投下する必要が出てくる。降下後の戦術拠点となるためにも、また味方の落下傘を撃ち抜かないためにもそれは絶対必要である。
空挺作戦を実施する際に敵側の妨害があるのは当たり前のこととして考える必要がある。もともと奇襲戦術の一つとして発案された空挺降下ではあるが、今時無防備に待っているほど敵側は愚かではない。現実にドイツ軍によるクレタ島降下は敵側の反撃で大損害を出してしまったし、「遠すぎた橋」 で有名なのマーケットガーデン作戦も作戦自体が失敗となり、空挺作戦そのものの存在を疑問視させてしまっている。いずれも敵側が防御を固めているまっただ中に降下したり、敵空軍の妨害で降下部隊を早く投下してしまったためである。つまり、空挺作戦を成功させるには、降下以前での段取りを確実に実行しないと、いくら 「空中トーチカ」 があったところで作戦自体の成功には大きく寄与しない、というしごく当たり前の結論が導きだされるのである。
必要なのは目標に正確に降下できるよう、航空機を安全に飛行させることであり、また降下後に迅速に目標を確保できるような火力と機動力を降下部隊に付与することであり、降下中の戦闘能力は用兵側にとっては、 「あればいいけど無ければ無いでしょうがない」 程度の要求であったということである。
現代においては、大規模な空挺作戦はもはや過去の憧憬と化した観がある。ちなみにアメリカでは弾道誘導弾の技術を応用して、大型のロケットを使用して陸上部隊を迅速に展開するコンセプトが存在していたとのことである。また、「宇宙の戦士」のパワードスーツあるいは「機動戦士ガンダム」のモビルスーツも、この問題に対する回答の一つであると云えよう。
「空の神兵」 は演習を終えた落下傘兵が徒歩で基地に帰還するシーンで幕を閉じる。あるものは小銃を、あるものは重機関銃を肩にしてとぼとぼ歩き去っていく。その姿はまさに 「歩兵」 のそれであった。