脱出できる 救助も来る

空想兵器世界の「桜花」


 帝国陸海軍航空部隊の組織的な体当たり攻撃―「特攻」―は、新鋭・旧式戦闘機、中型・小型の爆撃機(実用に足る『大型』爆撃機は無い)は云うまでもなく、戦闘任務は考慮されていないはずの練習機まで繰り出し、さらに体当たり専用の機体までが製作・投入された事は、よく知られているところだ。


「朝日新聞」昭和20年5月29日付

 上の新聞紙面に『ロケット弾に乗って』とあるのが、その一つである。その名は「桜花」。
 親飛行機に搭載され敵に近づき、母機からの切り離し後からは、ひとりの人が姿勢・方向をコントロールして目標への衝突に至る、滑空―尾部にロケットエンジンは付いているが―爆弾だ。搭載する爆薬の量が多いため、「一発轟沈」が期待されたが、初の実戦では母機もろとも全滅。戦果は少なく、敵よりも味方を多く道連れにしている感がある、と書くのも憚られる困った兵器でもある。
 「桜花」を含めた各種の特攻兵器は、昭和19年8月より研究が開始され―「『歴史群像』太平洋戦史シリーズ56 大戦末期 航空決戦兵器」(学研)による―、敗戦までに「実用」に至ったもの、開発途中で終わるもの、それぞれの運命を辿っていくのだが、今回ご紹介するのは、それらと歩調を合わせるかのように、空想兵器世界に登場した「体当たり機」である。
 それは「機械化」昭和20年1月号(昭和19年12月20日印刷納本)の表紙を飾る、プロペラの無い航空機だった。


「機械化」昭和20年1月号表紙

 形状は、ドイツの飛行爆弾V1号を思わせる―露骨に云えば「パクった」―ものだが、機首の印象は、陸軍の「屠龍」のようであり、1950年代の英国ジェット戦闘機風にも見える。その名は「肉薄突撃機」だ。

 肉薄突撃機
 戦艦を屠り空母を撃沈し、敵機動部隊の大小艦艇を海底深く葬り去るのは、凡て火薬の破壊力である。爆撃機や雷撃機は火薬を目標まで持ち運ぶ輸送手段に過ぎない。防衛戦闘機や高射砲も、火薬の接近を妨害する手段である。これ等兵器の性能向上は如何にして被害少なく目標物まで火薬を持ち運ぶかにある。


 敵機動部隊に接近し、必殺の爆雷撃を敢行するには二重三重の防衛戦闘機によってつくられた壁を破らねばならぬ。そのためにはまず高速が必要となる。防衛戦闘機の速力が時速六〇〇―七〇〇粁とすれば、肉薄雷撃機の速力は八〇〇粁以上が望ましい
 速度が七〇〇粁以上になると、飛行機の空気抵抗が急に増し始めて馬力を増した割に速度は昇らない。従って、現在の発動機が三千馬力になろうと時速八〇〇粁を得るのは中々難しい。能率は悪いが、軽量小型で大馬力を出せるのは、ロケット式機関である。時速八〇〇粁以上を出そうとすれば、勢いロケット式となるのはこの理由によるもので、更にロケットは製作が極めて容易である。
 図においてロケットの燃焼室をV1号式に上方に別個に取付けたのは、機体内に取付るときの熱絶縁などの面倒な手数を省くために空中に露出せしめて自然冷却を狙ったものである。

 ここまでが本文前半である。
 「爆撃機や雷撃機は火薬を目標まで持ち運ぶ手段に過ぎない」式の論法は、今の通俗兵器読み物でも見られるものだが、結構歴史のある云い廻しだったのね、と驚いている。
 注目すべきは、敵戦闘機が600〜700q/hの速度で迎え撃つならば、我等は時速800q/hの高速で駆け抜けなければ、返り討ちにになると暗に語る時局認識である。零戦の最大速度がおよそ560q/h、最新鋭の四式戦「疾風」は約630q/h、「特攻」にも使用された機上作業練習機「白菊」は、わずか230q/h足らずだ。しかも迎え撃つ側は、レーダーで我より先に到来を捉え、おまけに頭数は多いのだ。

 さて、この肉薄突撃機が敵艦艇の水上部分を狙ったらよいか、水中部分を狙ったらよいかという問題である。敵艦艇まで持ち運ばれた一定の火薬に有効な破壊力を発揮させる重要な問題である。
 空気中で爆発した火薬のエネルギーは四方に分散する。従って破壊を行うエネルギーは目標物に面した部分だけで、他の大部分は空中へ拡散する無効部分である。一方、火薬を水中で爆発させると、水は圧縮することの出来ない性質を持っているので、爆発した火薬エネルギーは、四方の圧縮出来ない水に押返されて目標物に面した部分にエネルギーが集中する。即ち火薬の破壊力は水中においては空気中の場合と比較にならぬ程大きいのである。魚雷が少ない火薬で大威力を発揮するのはこの理由による。
 ところが、魚雷は遅い速力で水中を走るので、体をかわされる危険が多い。そこで、高速力で空中を敵艦艇に肉薄し、回避の暇ない至近距離で水中に突入して魚雷となるものであれば理想的である。


 水中を走行中の抵抗を極力小さくするために燃焼器、翼などは水中突入直前に外れるようにするとともに、操縦士は座席から滑り出て超低空用落下傘によって水上に降下する。取外された翼は水上に浮ぶ浮舟となり、その中に携行食糧などを収納する。そして操縦士は機動部隊殲滅後に救出されるのである。


「肉薄突撃機」図解



機首部分拡大

 「高速機」と云うと、やたら出てくる『腹ばい』の操縦席。時速800キロどころか超音速で飛行可能になった今日でも、殆ど見られない。
 腹ばいなのに「座席」とは、これいかに…。


脱出する搭乗員

 風防が残っているから、操縦席後方から出るのだろう。「超低空落下傘」装備が実に空想兵器的だ。現代なら射出座席を使うか、操縦席そのものを分離させるところだろう。


無人で水中を進み「体当たり」

 表紙の画のカッコ良さが全く感じられなくなっている。これぢゃあ水槽のフグだ。

 空想兵器には、製作・運用上の制約が無いがゆえに、「考えすぎて」実用性を逸する「落とし穴」がある。
 敵戦闘機を振り切れる高速機を、火薬エネルギーを有効活用させるため、水をくぐらせようとするのだ。水面に対して浅い角度で来れば、薄い石を投げたときと同じで水面で反跳する―その原理を応用した爆撃方法は、当時すでにある―し、深い角度で突っ込めば艦艇の船底をくぐり抜けてしまう―帝国海軍は水深の浅い真珠湾攻撃のため魚雷の改良を行った―海面に、高速かつ安全に入るには、頑丈な機体を作る必要があり、そうすると機体重量増加/性能低下に陥ることになる。
 喫水線少し下に直接ぶつけて何か不都合があるのだろうか?

 実用兵器としては疑問符のつく「体当たり機」―「肉薄」とは名乗っている―だが、現実世界の戦争では、国家が文字通り、『人間の使い捨て』を兵士を使って行い、他の国民に対してその精神を強要し、若年層はそれを明日の我が身と疑わぬ中、この画を描いた中尾 進は敢えて「決死であるが必死でない」姿勢を、三つのポイントで貫く。
 第一は云うまでもなく、操縦士の脱出である。
 衝突の直前まで機を操るのではなく、相手が躱しようのない距離まで「肉薄」する。実際の運用場面において、その差はわずかなもの―そのまま「体当たり」を選ぶ操縦士の方が多いだろう―に過ぎないにしても、だ。
 二つ目は「浮舟」に収納される「携行食糧」の存在が挙げられる。
 敵アメリカの撃墜機などから押収された救命具は、『軟弱なヤンキー』の証左として哄笑されてきたのだが、ホンネのとこでは羨ましがられていたのだろう事が、こう云う兵器の考案に記載されることでわかる。
 最後は、「機動部隊殲滅後に救出」と、搭乗員の回収を明言しているところだ。
 実際の運用局面では、非常な困難が予想され―周りは海上を漂う敵兵ばかりだ―、救出用の船飛行機は確保されるのかと思ってしまうが、仮に敵機動部隊が殲滅されずとも、いずれは引き揚げていくことに気付けば、「必ず助ける」意志の現れとなる。
 この兵器が考案された昭和19年12月頃には、すでに「桜花」の生産が進んでいる。11月29日の空母「信濃」沈没の際、フィリピン方面への展開を目論んでいた積荷の「桜花」も失われ、実戦投入が遅れた経緯もあったりするのだ。
 この時期に刊行された「軍事科学雑誌」で、文字づらだけとは云え、ちゃんと生還し得る兵器を考案した「良心」は、忘れてはならないだろう。

 その心意気に応えるため、敵のところまで燃料は持つのか? と云う意地悪な事は書かない。