(257) 「蒙古風」 号 速度記録機
松田 恒久 案
本機は速度世界記録樹立を目的に製作せられたる物なり。
主翼は複葉の先端を結合せし如き形状となし、翼に曲げ内力の作用せぬ様になした為、翼弦の小なる極度に薄き翼型を用い得た。上翼及先端翼にカムバーチェンヂング・フラップを備え、着陸の際フラップが40°下がると上翼 (先端の水平部を除く) のエルロンはエルロンの作用をなくしつつ20°下がって矢高を増大する、又冷却器は翼面冷却器を備う。
全幅 8.00米
全長 9.50米
全備 2000瓩
最速 800粁/時
降速 100粁/時
発動機 液冷倒立V型 1250馬力
(空 S15.9)
石田 一朗の批評 (空 S15.10)
繊細な筆致、麗艶な画風、良い哉。尾翼の形状や機構、殊に尾輪の具合等、如何にも精巧に合理に美しく画き出されて居る。この様に鋭利な観察と観念を持てる様になれば最早審査員級である。
さて本案の骨子である特殊複葉、極めて薄い細翼を用いる事が出来る等構造上からは難くはない。併し乍がら空気力学的に見るならばその接合部より夥しい攪乱流を発して非常な抵抗を生ずる事必定である。尤もその程度、損失の如何は実際に試作してみねば判らない。
嘗てのベランカ高翼機は斜支柱を三角形の翼状となし、一半葉を構成して居た。そして上翼の接合は三角頂の一点を以てし、極力その干渉を避けて居た。勿論相当の効果は挙がって居た筈である。
今後の速度記録機は従来のメッサーシュミット型に更に大馬力の発動機を載むか、或いは本機の様に特殊な機体を創造するかである訳だ。
総督コメント
このネタ始まって以来の最大級のほめ言葉である。「良い哉」 (よいかな と読む) 、美しい日本語である。「佳い哉」 「善い哉」 「好い哉」 「酔い哉」 すべてよろしい (最後の一語を除く) 。こう云う言葉遣いに接すると 「嗚呼 戦前!」 と思ってしまう。国家体制、貧富の差、戦争等あの時代には確かに唾棄すべきものは多かったが、言葉遣いだけは残して欲しかったものである。現代言葉遣いに関しては丸谷才一のエッセイでも読んでもらうとして、まったく横になすびやかぼちゃの絵でも添えたいくらいである。
「蒙古風」 号 と云う名前も良い。原図はさぞや美麗な総天然色だったのだろう。惜しむべしである。
*時代が時代なので「空」の図版はすべてモノクロである。