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| 我が国の輸出をリードする製品は、明治以降、生糸、綿織物、鉄鋼・船舶、自動車・エレクトロニクス(電子)と移り変わってきた。 戦前と戦後の違いは、品目の違いばかりでなく、戦前は生糸、茶、綿糸、綿織物といったいくつかの上位品目、及びそれらの合計が占める輸出シェアが非常に高かったのに対して、戦後は、1位品目であってもせいぜい20%であり、多様な製品を輸出するようになった点にも求められる。 戦前を通して、長く輸出品1位の座を維持していたのは生糸であり、まさに製糸女工のおかげで機械設備や軍艦などを購入する外貨を獲得してきた。 開港・明治維新ののち、しばらくは、生糸の他、茶、米、水産物といった1次産品を主要な輸出品としていた。 茶は米国市場を中心に緑茶輸出が拡大したが、インド・セイロン紅茶に敗退していった(図録0470参照)。日本米は、白色透明の上等品であり、東南アジアやインドの安価な米が東南アジア・西インドのプランテーション労働力に対する食用向け、あるいは綿工業の糊需要向けに輸出されていたのと対照的に、カレーライスやライスプディング用として、英国やオーストラリアで消費されていたという(角山栄「辛さの文化甘さの文化」1987年)。しかし都市の工業化が進むと日本はむしろ米の有数の輸入国に転化する。海洋国日本が優位性をもっている水産物についても維新後輸出が多かったが、茶や米と同様輸出シェアは低下したが、茶、米と異なり、魚類缶詰の輸出増などで1930年代あるいは戦後1950年代には5%近いシェアを回復した(洋上カニ缶詰製造を描いた小林多喜二「蟹工船」は1929年発表)。 1890年代を境に、絹織物、綿糸、そして綿織物といった繊維産業が躍進し、茶や米など1次産品は、シェアを縮小していった。特に、1910年代の後半、第1次世界大戦後は、綿織物が生糸に次ぐ大きな稼ぎ頭となった。 戦後直後は糸へん景気(1951年)など、繊維産業製品の輸出シェアが一時的に拡大したが、その後、1970年代までの高度経済成長期には、我が国の臨海型工業を代表する鉄鋼及び造船(船舶)が輸出品1位の座を維持していた。1970年代〜80年代になると各種の機械工業が発達し、その代表選手とも言うべき自動車産業が躍進し、自動車が輸出品1位に躍り出た。 1980年代のハイテクブームの中、エレクトロニクス製品(電子機器)の輸出が急増し、1990年代半ばにはトップの地位についたが、グローバリゼーションの中で、海外進出が相次いだことやアジアの新興工業国との競争が激化してコンピューター、ICといった電子製品の競争力が低下したため、近年はシェアを低下させ、摺り合わせ製品として底堅い競争力を維持する自動車に再度1位の座を明け渡している。 鉄鋼・造船といった重量製品については、我が国の高度技術と海洋立地の結合能力から、案外競争力が高く、高い経済成長を続ける中国などアジアの旺盛な需要にも支えられてなお一定の輸出シェアを維持している(我が国は鉄鋼に関して世界1の輸出国)。シェアを維持するばかりか、鉄鋼についてはむしろシェアを上昇させている。(分野ごとの競争力については図録4800、5300参照) 自動車や鉄鋼の強さは、品質の高さばかりでなく、省エネ型である点に求められる。自動車は海外製品と比較して燃費の良さで競争力をもっているし、鉄鋼は省エネ・省資源型の生産システムが高度に発達していることによる競争力が高いのである。近年のエネルギー価格の高騰は実は日本にとって競争力上有利に働いている(経済全体のエネルギー効率の高さについては図録4060参照、素材産業のエネルギー効率の高さについては図録4080参照)。 なお、有機化合物やプラスチックからなる化学製品も中国への輸出が伸びており、輸出全体におけるシェアも上昇傾向にある。 2009年は前年のリーマンショックに伴う金融危機が世界的な不況に結びつき、特に北米市場での落ち込みから自動車の輸出シェアが急落した。その分、他の主要輸出品のシェアが拡大している。2010年には自動車はやや回復したがなお以前ほどではない。 (2004年4月15日収録、2006年9月5日更新、9月9日品目・過去年次、コメント追加、2007年8月13日更新・精密機器追加、8月21日精密機器削除、2008年7月23日更新、化学製品追加、2010年2月24日更新、2011年4月12日更新) |
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