1.自然は従うべきか、利用すべきか、征服すべきか(統計数理研究所調査)

 自然観についての国際比較は、すでに、世界価値観調査による「共存か支配か」という観点からの調査結果を図録9490で掲げたが、ここではさらに2つの国際比較調査の結果を紹介する。

 日本人の自然観の長期推移について「日本人の国民性調査」の結果を図録4250に掲載した。ここでは、まず、これと同じ設問で国際調査した結果を掲げた。

 「自然を征服」という回答が少ないのは、オランダが1.8%と最も少なく、オーストラリアの2.6%がこれに次いでいる。逆に最も多いのはベトナムの43.7%であり、北京の18.6%がこれに次いでいる。

 「自然を征服」という回答は、欧米で多くなるという予想に反して、むしろ、アジア、特に中国、ベトナムといった社会主義国で多くなっている。日本は欧米と並んでこの回答の割合は小さいという結果である。

 アジア諸国で「自然を征服」が多いのは、高度経済成長のさなかにある国が多いからという側面もあろう。日本も高度成長期には「自然を征服」が多かったのである(図録4250参照)。

 しかし、日本の場合、高度成長期に「自然を征服」が多かったのは「自然に従う」が少なかったからである。現代のアジア諸国は、「自然を利用」が少なく「自然に従う」が多いという特色をもっており、この点で、かつての日本とは異なる。

 アジア対欧米は「自然を利用」が「少ない」対「多い」という対比が目立っている。モンスーンや酷暑、植物繁茂といったアジアの自然に対しては、中途半端に利用するのは無理なので、従うか、征服するかどちらかといった感覚が強いのであろうか。日本はアジアの中では高緯度にあるため、「自然を利用」できると見なしている点で、もともと、欧米に近い感覚なのかもしれない。

 図録9490では世界価値観調査から自然との共存志向か征服志向かをきいた設問の回答結果を示したが、そこでも、自然の厳しい熱帯雨林や砂漠の風土を有するアジア、中東、アフリカの国では自然との共存志向が相対的に少ない結果となっている。

 なお、イタリアで「自然に従う」が他の欧米諸国と比較して格段に多くなっている点については、調査者による次のようなコメントがある。「イタリアが「自然に従う」が66.7%と割合が最も高い理由の一つは、質問文で自然に「従う」の訳を「Conformarsi」としたことにあるかと推察される。Conformarsi」は「順応」との意味にも取れるが、イタリアはカトリックの信者が多いので「自然」を「神」と置きかえて、信仰としての神への従順と解釈している可能性もあり、パーセントが増えたのではないだろうか」(統計数理研究所国民性国際調査委員会「国民性七か国比較」出光書店、p.160〜161、佐々木正道執筆)。下にはカトリック国では自然を神と関連づける考え方が支配的だということを示したが、それとの関連で納得できるコメントである。

2.自然は聖なる存在か(ISSP調査)

 次に、国際共同調査であるISSP調査から、自然は聖なる存在かについての意識の国際比較を掲げた。

 設問は、神が造ったから神聖、それ自体で聖なる霊的な存在、そして聖なる存在などではないの3択であり、こうした選択肢の設定自体が欧米的なにおいがする。

 はじめの2つの選択肢への回答の合計、すなわち神との関係の有無によらず自然は聖なる存在と考える者の多い順にグラフでは国を並べた。

 聖なる存在とする割合の最も高いのはチリであり、これにフィリピンが次いでいる。この割合の高いその他の国を含めて、南米、ヨーロッパ等のカトリック国で、神の造作だという観点から自然を聖なる存在と考える者が多い。

 逆に世界でも最も自然を聖的存在視しない者が多いのは、旧東ドイツ、デンマーク、スウェーデン、チェコといった北欧のプロテスタント国、あるいはヨーロッパの旧社会主義国である。つまり、脱宗教が進んだ結果、自然を聖的存在視することもなくなったということなのであろう。

 日本は神との関係で自然を神聖視する者は少なく、むしろ、それ自体で聖なる存在と見なす者が多い。後者の比率は、32.5%と世界の中でもラトビアの39.0%、ブルガリアの34.9%に次いで多いのである。そのため、自然を聖なる存在視する者の比率はちょうど世界の中間に位置する。

 日本人の特徴があらわれているのは、むしろ、「わからない」が28.2%と最も多い点である。そんな風に自然を判断せよといわれても困ってしまうというのが日本人の本音であろう。つまり、神の存在や死後の存在についての日本人の回答傾向と同様なのである(図録9520、図録9528参照)。

3.まとめ

 以上2つの国際比較をまとめると以下のような仮説が成り立つのではなかろうか。

 砂漠という自然が厳しい風土で一神教は生まれたと思われる。そこでは自然は神と同じ圧倒的存在であって、友達のようにつきあうというわけには行かなかった。神に従うように自然に従うか、神の命令で自然を征服するかどちらかだったのである。

 ヨーロッパや日本はそれほど自然は厳しくなかったので土俗的な親しみの中で自然と相対していたのであったが、歴史の中でヨーロッパは一神教を受け継ぐキリスト教の影響で自然を神聖視することになり、また、脱宗教とともに、その反動で、自然を神聖視しなくなった。日本は、こうした歴史過程に巻き込まれなかったため、昔ながらの土俗的な自然観をなお維持しているのである。

 ヨーロッパでも日本でも自然を利用することで幸せになれると考えている(考えることができている)が、それは、ヨーロッパでは脱宗教の結果であり、日本では超宗教の結果だという違いがある(図録3971d参照)。

 対象国は、統計数理研究所調査では、オランダ、オーストラリア、英国、シンガポール、イタリア、日本、米国、フランス、ドイツ、インド、韓国、台湾、香港、上海、北京、ベトナム、米国の17カ国。ISSP調査では、チリ、フィリピン、ポルトガル、メキシコ、ラトビア、北アイルランド、アイルランド、イスラエル、米国、カナダ、ブルガリア、ロシア、ニュージーランド、日本、スロベニア、オーストリア、スイス、オランダ、ノルウェー、スペイン、英国、旧西ドイツ、フィンランド、チェコ、スウェーデン、デンマーク、旧東ドイツの27カ国・地域。

(2017年4月4日収録、4月6日イタリア回答結果コメント)


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