〜「竹取物語」を読む
○ 子供の頃に1度は読んだ「竹取物語」は、我が国初のかな書き物語で、9世紀後半〜10世紀の初めに
かけて成立しました。作者は不明ですが、紫式部も「源氏物語」の中でほめていますし、千年にもわた
って多くの人に愛読されてきました。この物語を「日本史」というという観点からもう1度読み直してみま
しょう。
<話のあらすじ>
@今はもう昔の話になってしまったが、竹取の翁(おきな)という者がいた。ある日翁は、いつも出かけている竹や
ぶの竹の中から三寸ほどの小さな子供を見つけた。子供のいなかった翁夫婦はその子を竹かごに入れて大
事に育てた。ところがわずか3ヶ月で美しい娘に成長し、近所の大評判になった。しかも、その後翁が竹やぶ
に入ると竹の節の間から黄金を何度も見つけたので、貧しかった翁もたちまち長者となり、立派な屋敷に住む
ようになった。その娘は輝くばかりに美しく、家の中も隅々まで光が満ちているようだったので、「なよ竹のかぐ
や姫」と名付けられた。
Aかぐや姫の噂を聞いて、多くの男たちが翁の家にやってきて、姫を見ようとしたが、姫は全く相手にしなかった
ので、そのうち男たちは姿を見せなくなった。しかし、5人の貴族だけはなかなかあきらめようとしなかった。
彼らはしきりに姫に結婚を申し込んだが、やはりとりあわない。翁が「私も70歳を越えたので早くあの貴人たち
の誰かと結婚してくれないか」と頼むと、姫は「どんなに尊い身分の方でも深い愛情がなければだめです。それ
を知るために、私がとても見たいものをここに持ってきてくれたら申し込みを受けたいと思います」と言った。そ
の「もの」とは…
石つくりの皇子 = 仏の御石の鉢
くらもちの皇子 = 蓬莱山にある珍しい木の枝
あべの右大臣 = 中国にある火ネズミの皮衣
大伴の大納言 = 龍の首にある五色に光る玉
いそのかみの中納言 = 燕(つばくらめ)の持つ子安貝
Bどれも日本では手に入りにくい珍品で、5人は驚きあきれ、うんざりしたが、何とか姫を、と必死に智恵をしぼっ
た。しかし、いずれも偽物とばれて失敗してしまう。なかでもくらつくりの皇子は、旅姿のまま翁の家に「玉の
枝」を持ち込み、その苦労話を語った。かぐや姫がもはやこれまで、と結婚の申し込みを受けようとしたちょう
どその時、突然6人の「いやしき工匠(たくみ)」が現れ、つくった代金を要求したので、これが偽物とばれて
しまった。
Cさて、帝(みかど、天皇のこと)もかぐや姫がこの上ない美しさであることを聞かれ、姫を差し出すように翁に
命じたが、「帝がそう言われてもありがたいことだとは思いません」と姫はとりつく島もない。使いの者が「帝
のご命令に背いてもいいのか」とただすと、姫は「背くとおっしゃるのなら、早く私を殺してください」と言い出
す始末。帝はなおあきらめられずに悶々と日々を過ごした。
Dやがて3年がたった。春の初めから姫は月を眺めては悩んでいる様子で、8月15日の夜が近づくと、人目も
はばからず泣くばかり。翁が問いつめると「実は私は月の都の者で、前世の約束があったので人間世界にや
ってきたのです。8月15日夜、満月の日に月からの使者が迎えに来ます」とうち明けた。翁はこれをとどめさ
せようとしたが、どうすることもできないので、帝に頼んで月からの使いを迎え撃ってもらおうとした。帝は六
衛の兵2000人を派遣して、姫は家のかごの中に入れた。
Eいよいよ十五夜満月の夜、12時頃になるとあたりは昼よりも明るく光りわたり、大空から天人が雲に乗って
迎えに来た。兵士たちはからだが硬直してしまい、弓も放てない。天人の王らしき人が「月の都に住んでいた
姫は、罪を犯したのでこんなに卑しいお前(翁のこと)の所にしばらくおいでになったのだ。だがその罪の期限
も切れたから迎えに来たのだ。泣き悲しんでも仕方がないことだ」と翁に言う。やがて姫を閉じこめていたかご
が自然に開き、姫は外に出た。「私たちもどうぞ一緒に連れて行ってください」と翁夫婦が嘆き悲しむので、姫も
心が乱れたが、着ていた着物を脱いで「これを形見と思って、月の出た夜は私を思いだしてください」と書き置
いた。天人が姫に「天の羽衣」を着せようとすると、姫は「これを着てしまうと、天人の心になってしまいます。私
はまだ、人の世界の住人として書き残さなければならないことがあります」と言って、急いで帝に手紙を書き、
最後に歌を一首添えた。
今はとて 天の羽衣着るをりぞ 君をあはれと思ひいでける
F姫は天人の持ってきた「不死の薬」を添えて手紙を使いに渡した。そして、天の羽衣を着ると、100人ばかり
の天人を連れてサッと昇天してしまった。
帝は姫が残した「不死の薬」をご覧になったが、「もう2度と姫に会えないのだから、こんな薬をもらっても何
の役にたとうか。この国で最も天に近い山に登って薬と姫からもらった手紙を頂上で燃やしてしまえ」とお命
じになった。そこで多くの兵士が駿河の国の高い山へ登って命令通りにした。その山頂から煙が、月の都に
届けとばかり雲の中へ立ち上がっている、と人々は言い伝えている。
(問1)かぐや姫の「や」とは「コノハナサクヤヒメ」などと同じように、古代の女性の名によくつけられます。
では「かぐ」とはどういう意味か。上のあらすじ@から、その意味に最も関係すると思われる語句を
探して下さい。
<ヒント>これは簡単ですよね。
(問1の答へ)
(問2)月や竹には霊力があると言われます。その霊力を身につけたかぐや姫の特徴がよくあらわれた
(並じゃない)部分を、やはり@の部分から探して下さい。
<ヒント>翁の大変化に注目!
(問2の答へ)
(問3)この5人の貴族たちは、8世紀初めに実在した人物で、特に物語の中で最もひどく描かれている
「くらもちの皇子」は、藤原不比等とする説があります。だとしたら、この帝(天皇)は誰にあたりま
すか?
<ヒント>年表、年表!
(問3の答へ)
(問4)問3のとおりだとしますと、この物語の作者は、どういう立場の人だったと推測できるでしょうか?
(問4の答へ)
(問5)竹取の翁という人は、実際にはどういう身分の人だったと考えられますか?
<ヒント>もう1度、あらすじの中で翁がどう描かれているか、読み直してみて下さい。
(問5の答へ)
(問6)Fで、かぐや姫の手紙と薬を燃やした山とは、何という山のことでしょうか?
<ヒント>これも簡単ですよね。
(問6の答へ)
◎答と解説
(問1)この物語には、「竹」の他に「光」にまつわる描写が多く出てきます。これは、かぐや姫が月の光と関
わっていることを暗示しており、その名の「カグ」は「光り輝く」という意味です。したがって、あらすじ
@の中の「その娘は輝くばかりに美しく、家の中も隅々まで光が満ちているようだった」という部分が
探し出せればよいのです。
(次へ)
(問2)姫は「竹の霊力」の申し子として生まれ、竹かごの中で成長しました。答はもちろん、翁が竹やぶの
竹の節から黄金を何度も見つけ、長者になってしまったことです。
(次へ)
(問3)藤原不比等の母は、車持国子の娘です。年表を見ますと不比等の時代の天皇としてあてはまるの
は、文武天皇(在位697〜707)のみです。なぜなら、この前後の持統・元明両天皇はともに女帝
だからです。ついでに他の4人は、「石作りの皇子」=「丹比島(たじひのしま)」、「あべの右大臣」
=「安部御主人(みうし)」、「いそのかみの中納言」=「石上麻呂」、「大伴御行」=そのまま、に
比定されています。これら5人は、『日本書紀』持統天皇10年10月17日条に出てきます。これは、
虚構の物語に真実味を加え、物語の展開に対し読み手の現実的関心を持続させるための思い切
った手法です。
(次へ)
(問4)あらすじBに描かれているように、最も身分の高い者が屈辱的な大恥をかくような話になってい
ます。沖浦和光氏は、したがってこの作者は、これら5人の貴族たちが支えた天武・持統朝にひ
そかに敵意を抱く不満分子の中の一知識人で、さらにこの物語のたいていの伝本が、竹取翁の
ことを「讃岐の造」としていることから、作者は大和国広瀬郡散吉(さぬき、現在の奈良県北葛城
郡広陵町大字馬見字三吉)あたりの寒村(天武・持統朝の都、藤原京から約半日の距離)に隠れ
住んでいたのではないか、とまで推測されています。
(次へ)
(問5)柳田国男は、そもそも「竹取」稼業は普通の百姓以下の、大宝令にいう「山川藪沢之利」により
生計をたてていた田畑を持たない賤民であった、としています。「竹取物語」は、そのような賤民
の家に育った姫に、最高位の貴族や天皇までもさんざん振り回されたあげく、最後にはふられて
しまうという、当時の王朝文学としてはきわめてダイナミックで、大胆きわまりない構想でできてい
ます。
(次へ)
(問6)これはもちろん「不死」山=富士山です。
※これらの問題と答、解説は野口元大校注『新潮日本古典集成 竹取物語』(新潮社、1979年)、
沖浦和光『竹の民俗誌ー日本文化の深層を探るー』(岩波新書、1991年)をもとに作成しました。
教材化の直接のきっかけは、沖浦先生の同和問題講演会を聞いたことです。
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