イギリス国旗は語る

○イギリスの正式名称は「グレート・ブリテン及び北方アイルランド連合王国」です。今、アイルランドという独立国
  はありますが、その北部は未だにイギリス領です。

 ※
アイルランド:ケルト人が古くから住んでいましたが、12世紀ごろからアングロ=サクソン人(ゲルマン民族の
   一派)の支配するイングランドの侵入を受け始めます。17世紀なかばのピューリタン革命後、クロムウェルに
   よって植民地化が進み、このとき宗教上・政治上の差別が生まれたとされます。1801年、正式にイングラン
   ドに併合されますが、その後独立運動が強まり1921年北部を除き独立、イギリス連邦からも離脱しました。

○そして、実はブリテン島も大きく3つの国に分かれていました。
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ウェールズ(ブリテン島西部)
    アングロ=サクソン人が入る前からケルト系民族が住んでいました。1268年にイングランドに併合される
    まで独立王国を維持していました。
 A
イングランド(島の中・南部)国旗:白地に赤
    5世紀、アングロ=サクソン人がヨーロッパ大陸から移住してきました。
 B
スコットランド:(島の北部)国旗:青地に白
    4世紀後半、北アイルランドからケルト系のスコット人が侵入。12世紀ごろイングランドとの境界が定まり、
    1328年イングランド王エドワード3世は、スコットランドの独立を承認しました。1603年、スコットランド王
    ジェームズ6世はイングランド王を兼ね、同君連合の形をとりました。両国は1707年、正式に合体します。
 
 ※つまり、現在のイギリス国旗(ユニオン・ジャック)は上のAとB、それとアイルランドの白地に赤の国旗を合
   成してつくられたものなのです。

○ノルマン王朝の支配(11世紀なかば〜)
  アングロ=サクソン人が入った後に、別系統のゲルマン民族であるノルマン人が侵入し、1066年にノルマン
  王朝が成立しました。この王朝は、次のプランタジネット朝とともに本拠はフランス北西部にあったため、イギリ
  スは北フランス文化圏に組み込まれました。
(問1)現在のフランスの中に、イギリスとの結びつきを示す有名な地名があります。それはどこでしょう
    か?
  
<ヒント1>「ブリテン」 <ヒント2>半島名

                              
(問1の答へ)

 ※同じ家畜を意味する英語が2種類あるわけ

動物名 動物そのもの 食べ物として フランス古語
 牛  ox,cow   beef   boef
 豚  pig,swine   pork   porc
 羊   sheep  mutton  moton

(問2)上の表を見て、同じ動物なのに生きている時と、食用の肉としての場合では英語が違う理由を
     考えて下さい。
<ヒント1>食用肉の時とフランス古語はよく似ています。
<ヒント2>ノルマン朝時代の、ノルマン人とアングロ=サクソン人の立場は…?


                               (問2の答へ)

○明治政府とスコットランド
  明治政府がつくった国家体制は、ドイツの他いろいろな国からモデルを求めようとしていました。その1つが
  スコットランドです。
  イギリス産業革命の主な担い手は実はスコットランド人でした。幕末〜明治初めに外交官や貿易商人として
  来日したイギリス人の多くもスコットランド人だったのです。

(問3)このうちの1人で、今も長崎に邸宅跡を残している有名人は誰でしょう?

                               (問3の答へ)

  日本は明治時代になってスコットランド出身の工業教育の指導者を何人も招きました。これが基礎となって
  工科大学(後の東大工学部)が誕生しました。

(問4)このために、日本でまた別の方面で今も愛されているスコットランドの文化が伝えられました。
    さて、それはいったい何でしょうか?
<ヒント>卒業式などには欠かせませんねぇ。

 
                              
(問4の答へ)

◎答と解説

(問1)答は「ブルターニュ半島」です。ここにはスコットランド人の圧迫をうけた南ウェールズやイングランド南東
    のコーンウォール地方のブリテン人が海を渡って移住してきました。そこでこの地方を「小ブリテン」と呼び、
    ここと区別するためにイギリスの方を「大(グレート)ブリテン」と言うようになったのです。

                              
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(問2)支配者であるノルマン人は食事の時に、肉としての動物に対面するので、彼らの言語古フランス語で呼
    ばれ、家畜である時は支配されていたアングロ=サクソン人がこれを扱ったので、サクソン語で呼ばれた
    のです。


                              
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(問3)これはもちろん、グラバーです。彼は当時のイギリスの産業・貿易の中心地であったスコットランドのグラ
    スゴーの大学の卒業生で、日英貿易を行ったジャーディン=マセソン商会の長崎代理人として来日した
    のです。

                                
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(問4)答は「蛍の光」や「故郷の空」などのスコットランド民謡です。来日した彼らが故郷を思って歌ったこれらの
    歌が、近代日本の音楽教育にとりこまれていくことになったのです。

                            
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