伝統釣具

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タモセット

(菊池釣具店所蔵品)

次に私が釣りを始めた当初の久慈川の伝統の釣具を紹介します。

1、竿

篠竿
かつて私の愛用していた竿で、今でもシーズンに2〜3回は伸ばしています。

竿は中通しのリール付き篠竿です。別名ナベヅル竿。胴調子と言うより元調子と言えるくらいのしなりです。
細身で3間半から4間の竿です。これ以上長い竿だと重くて後に反って持っていなければならなくなり、一日中持っているのは相当の体力がいります。
道糸は0.6〜0.8号のテグスを50メートルをリールに巻いてあります。これで鼻環まで通しで使い、瀬はオモリで沈めます。
釣り方の基本はオモリを使ったチョウチン釣りで、掛かった鮎は釣り上げて掛かり鮎だけをタモに落とし込みます。タモはよっぽどの大物でない限り腰から抜くことはありません。
この竿で釣った感触が忘れられないと言う人は多いです。私も夕方ちょっとだけしか出来ないときなど使ってみますが、この竿での一匹はカーボンの振り出し竿の5匹くらいには匹敵します。

袋田の菊池釣具店ではこの竿の感触を出すためにメーカーと共同開発をして、「久慈川スペシャル」というオリジナルのカーボン竿を作っています。
軽くて胴に乗る調子でパワーがあり、振り出し竿にはない独特の釣り味を楽しむ事が出来ます。
2005年9月にはこの竿で袋田の菊池さん(菊池釣り具店主)は、袋田タキナゴで32pの巨鮎を一歩も下がることなく、しかもなんと抜き上げて取り込みました。胴に乗る調子の竿とリールの組み合わせによって初めて出来る芸当です。
ふつうの竿では25pを超えたら抜き上げることなど考えられないと思います。
ちょっと重く繊細なオトリ操作は苦手ですが、巨鮎とのやりとりには絶大な信頼があります。
(久慈川スペシャル現在生産中止。問い合わせは、菊池釣具店(02957−2−3037)へ)

久慈川スペシャル 2004年モデル

2、曳舟

タカスポ1 タカスポ2 曳舟
菊池さん所有品 私の自作 箱型の曳舟

曳舟は竹製で通称「タカスポ」と呼ばれ、孟宗竹の太い物を加工して自作します。
形にもいろいろあり、丸や船方に作る人もいます。通常、竹の筒に桐の蓋をつけます。
中には大工さんで和船をそっくり小さくしたものを作って使っている人もいます。浅瀬ではもったいなくてトロ専用だそうです。
菊池さんの物は未使用品でやはりもったいなくて使えないそうです。
写真の私の自作はかつて使っていた物で、納屋の片隅にあった物を撮影のために引っ張り出してきました。

3、タモ

タモ 久慈川のタモは8寸くらいの小さめの物で、自作する人が多いです。かなりこだわっていろいろな素材を、時間をかけて磨いて仕上げています。
大抵はモミの木を使いますがカヤの木ならば最高です。
柄の部分だけを違う素材にして、モミジやツツジや藤が絡んででこぼこになったところを上手くつないで仕上げます。
私は布袋竹の柄をつけてみたところなかなか良い物ができました。
久慈川流の釣り方ではタモは腰から抜きませんので、どんなに曲がっていても腰の納まりが良ければいいのです。
(写真は左から2番目が菊地釣具店所蔵で、他の物は私の自作です。中央が尺一寸、
順に右に尺2寸、尺3寸)

4、活かし缶

今ではプラスチック製の活かし缶が主流ですが、以前はステンレス製の角形か丸形が多く使われていました。
私は鮎釣りを始めた当初活かし缶を買いに行って、「幾らも釣れないから小さいのでいい」と言ったら、「そういう人こそ大きなのを使わなかればだめだ」と言われました。
地元のプロは一斗缶を改造して使っている人もいました。

5、通い筒

通い筒 通い筒も自作する人が多いです。竹の皮を薄くはいで磨いた物に彫刻や文字を入れて漆で塗装をして仕上げます。
紐は底につけて根付(次項目参照)でベルトにつけている人が多いですが、私は上と下の両方に紐の輪っかをつけています。
上の紐は鮎を入れて胸のボタンにぶら下げると、両手が使えて糸のトラブル時には非常に重宝します。(この方法は師匠から教わりました)

久慈川では追わない鮎を10分かけて追わせて釣るよりも、10分かけて移動して「飛びつき鮎」を釣る方を選びます。その時に役立つのがこれ。
水を変えながら移動すればかなりの範囲を探れます。
(右端は菊池釣具店所蔵品でシダの葉を漆で塗り込めた名品です。)

6、根付

根付は江戸の煙管の根付が凝っていて粋な物が多いですが、久慈川でも凝った根付をつけている人もいます。
私は今までに2個しか見つけたことがありませんが、杉の根元に瘤が出来て皮をむくと味のある形が現れることがあって、それを根付にすると人工に作った物とは違う味のある一品が出来ます。
大抵は竹の根っこを磨いた物使ってます。

7、笠

菅笠 今では野球帽タイプを愛用している人が多いですが、盛夏や雨の時には菅笠にはかないません。
ただ竿を担いた時に笠に当ってしまうのと、笠に針をつけていると引き抜き時にタモが絡まってしまうことがあります。
この菅笠も漆で塗り固めたり文字を入れたりと改良して使っています。

8、背負い籠+こうもり傘

背負い籠 移動の必需品。アプローチの長い場所の多い久慈川では道具一式と弁当を入れておくのに便利です。
通気性が良いので弁当が悪くならない。河原にこうもり傘をかぶせておいておけば日除けにもなるし、不意の雨にも慌てなくてすんで便利です。

背負い籠にも丸形と角形がありますが、角形の法が沢山入りますし、座りもいいようです。
材料は真竹の皮の部分で作った方がいいのですが、今は中国製の輸入品が多く、猛宗竹で作られたものが多いです。

9、オモリ

オモリ
左は友ナマリ(S字オモリ)
最近は細糸で泳がせ釣りをする人も多くなりましたが、久慈川ではまだまだ瀬にこだわって「激流で釣ってこそ鮎」と言う人も多いです。
久慈川ではオモリでオトリを沈めてリールを使ってチョウチンに釣ります。オモリは0、5号〜5号位までを水勢や水深・オトリの大きさで使い分けます。
釣り方にも色々工夫が見られ、多く釣る人は引きつりをしているように見えてもオモリは糸を沈ませるだけに使い、オトリはオモリから下を自由に泳がせているようです。

10、ハナカン周り

ハナカン周り 久慈川ではハナカンはポッチンタイプが多いです。
今ではワンタッチを使う人が多くなりましたが、年配の人や瀬が中心の人は鼻の抜ける心配からポッチンを愛用してます。
右と左がありますが要は慣れで、私は右タイプから入りましたので左だとハナカンをセットするリズムが取れません。
さすがに私も今ではワンタッチになりました。(老眼の兆しがあってフックをかけるのに苦労するようになりましたので(^^)

11、目印

目印は付けません。
チョウチンに釣るためオトリの居場所はわかるので必要ありませんし、送り出しや取り込むときに道糸をかなり巻き込みますので邪魔になります。
ただトロ場でリールから糸を出してどこまでも泳がせる場合は目印をつけます。
かつては山吹の芯や茅の芯を使っている人もいましたが、今ではさすがに使っている人は化学繊維の目印です。

12、ルアー

ルアー
トロ場用の鮎ルアー
久慈川では今ではオトリ屋もたくさんあってオトリの心配はありませんが、以前はオトリは自分で用意しなければなりませんでした。
オトリを取る為にはルアーで取るか投網かコロガシで取らなければなりません。
以前は友釣り専用区でもルアーが使えたのでルアーで取る人がいましたが、現在では友釣り専用区ではルアーは使用禁止になりました。
私はあまり自信がありませんが、ベテランは条件が合えばオトリを使わずにルアーで次々に掛けます。
ルアーには瀬用とトロ用とがあります。

13、鑑札

久慈川の入漁券です。
久慈川漁業組合の株券を購入して組合員となります。
現在は株券はあまり売買はされませんが、まれにやめる人がいれば購入できます。
昭和53年の鑑札です。
このころまでは木片の鑑札でした。
その後、腕章の鑑札になりました

14、草鞋

ワラジ 私が鮎釣りを始めた頃には、もうすでに「草鞋」を使っている人はいませんでした。
水戸黄門様が里美の川で突然鮎が食べたいと申して、まな板がなくて焦った家来に「草履の上で切ればいい」と言ったという話もあります。
久慈川で使われていたのは、もっと短くて踵の部分がない「あしなか」と言う物でした。
夏のアカ腐れでツルツルの川には、絶大な威力を発揮します。
沢登をやる人の間では、お世話になった人が多いと思います。

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久慈川釣法シミュレーション

その老人はひょっこりと河原に現れた。
左手には束ねられたリール付き篠竿。
右手には活かし缶を提げて、背負い籠を背負い、頭には菅笠、足元は少々くたびれたウェーダー。
川辺に近づきながら釣り人を一瞥して「チッ、今日もずいぶん入っているな」老人は小さく舌打ちした。

このところ久慈川は岩崎・辰ノ口の両堰を改修してからというもの、天然遡上が大幅に増えて多くの釣り人が押しかけてくるようになった。
それに伴ってマナーの悪い釣り人が増えてきたことも、老人に舌打ちさせる一因でもある。
ゴミは平気で捨てていく、仲間とともに一箇所を占領して騒ぐ。
上流で鮎が掛かって挨拶しているのに竿を上げてくれない。(もっとも老人のすぐ下流で竿を出したら竿を上げてばかりいて釣りにならないが)
久慈川では竿一本分以上開けるのがマナーであるが、最近の混み様ではそんなことも言っていられなくて、土日などは有名な河川並みの竿の林立となっている。
老人は釣り人の多いときは気分を悪くするだけなので竿を出さないことにしているが、今日は瀬の開きには釣り人が多いものの、荒瀬には誰も入っていないので竿を出してみることにした。

最近釣りを始めた者はチャラ瀬やトロばかりを釣って、荒瀬を釣らないのを老人は不思議に思っている。
荒瀬で釣ってこその鮎釣りではないか。
解禁からのトロやチャラでの泳がせ一辺倒の釣りにも眉をひそめている。盛夏の土用隠れのときならいざ知らず、瀬の流芯の良い型の鮎を捨てて、チャラのチビ鮎ばかりを相手にすることはないではないか。
それに泳がせで幾ら釣ってもそれはオトリが連れて来てくれたのであって、老人には釣った気がしない。
完璧に泳がせたいならば老人が子供の頃にやったように、オトリ鮎に掛け針だけを付けて放てばいい。
やがて2尾がもんどりうって流れてくるのでそれを網ですくう。究極の泳がせである。
確かにあの場所へと誘導して釣った場合もあるだろうが、多くはおとりが自由に泳いで“釣れた”のである。
オモリを付けての引き釣りで、狙った石を攻めて“釣った”のとは違うように感じられてならない。
老人は土用がくれのときは必要ならば泳がせも行うが、多くはピンポイントに狙いを定めての引き釣りである。
泳がせでなければ釣れない時もあるが、釣れなければ釣らないまでである。
それでも家族が食べる鮎には困らない。無理にチャラやトロで釣る必要は無いのである。

この日も荒瀬の脇に立って背負い籠を降ろし準備を始める。
まずは活かし缶を沈める。おとりは前日に取った野鮎であるが、自宅の前の水路に活かしておいたので川の水に馴染ませる必要がある。
それから竿をつないでいく。糸巻きがほぐれないようにして3号のナマリをつけて穂先より順に繋いでいき、元をつないだらリールのストッパーをはずして、「ジジジーッ」っとナマリを手元に下して竿の準備は完了。
次に籠からベルトとタモと通い筒、曳舟を取り出す。どれも老人の手作りで使い込まれた品々である。
腰にベルトをし、通い筒と曳き船をセットし、タモを腰に差す。
次にオトリをセットする。竿を岸辺に置いて鼻環のちょっと上を口にくわえて、タモの底が水に浸かるようにしゃがんで、活かし缶の水を空けてオトリを一匹つかんでタモに移す。
活かし缶を元の所に沈めてしっかりと重石をし、鼻環をオトリに通す。
この時老人は鼻環のセットはタモの外で行う。
タモの中で安心してセットすると、何度もスルリと落としてオトリを弱らせてしまうからである。
手慣れたものでそれほど大きな手ではないのに、老人に捕まれたオトリ鮎はとたんに大人しくなってしまうのである。
老人は右小の鼻環を無造作に通した。若い頃は小小を使っていたが最近見えづらくなってきたので小に変えた。
泳がせ鼻環やワンタッチも使ってみたが外れるのが心配で、今でもポッチンタイプを愛用している。
鼻環をセットしたらオトリを握り変えて、逆バリを尻ビレの上の皮を2ミリ位薄くすくうように刺した。
普通逆バリは尻ビレの上にさすが、この方法だと尻ビレがきれてスダレの様になってしまうので老人は嫌っている。(もっとも老人の場合はたいがいは一本だけなのだが)
皮をすくう方法だと針傷が小さく目立たないので、それを知らないで老人からオトリを借りた人はサラのオトリと思って恐縮してしまう。

次に1.5号のオモリを鼻環の上20センチのところにセットして、リールで巻き上げながら流れに乗せて、やや下竿に流芯へとオトリを入れた。
養殖のオトリではそうは出来ないが、老人のは前日に取った野鮎がオトリなのでいきなりの流芯である。
最近の釣り人は「川取り」とか称して、ヘチから順に釣らなければならないなどと言っているが、老人にとってヘチの腐れアカをはんでるチビ鮎には用はないのである。流芯で水当たりの良いアカをはんでる猪狩肩の鮎が釣りたいのである。
老人はオトリを送り出すと竿をちょっと下手に送って、波頭の間にオトリを潜り込ませた。見事なものである。
それからわずかずつオトリに負担をかけないように引き上げていく。
オモリを使った場合は引き上げが基本である。引き下げたらたちまちオモリは石の間に食われてしまう。

ほどなくグルグルッと前アタリがあったと思ったらガッツーンと竿先をひったくられた。老人は右手の親指でスプールにブレーキをかけながら弾かれたように竿を立てた。
若い頃ならここで一気に抜きあげてしまうのだが、今ではそんな無理はしない。
岸側に竿を倒して掛かり鮎を慎重にヘチに誘導していく。
掛かり鮎を一カ所に止めるようにして、リールで糸の長さを調整しながらだんだん近づいていく。
手で糸がつかめるようになったら左手で糸をつかんで竿を右肩に担いだ。
両手の親指と人差し指で糸をつまみながら手繰り寄せて、右手でオトリ鮎の上のツマミ糸をつかんでちょっと下手に送るようにして抜き上げ、腰を落とし左手で掛け針をつまんでタモの中に掛かり鮎を落としこんだ。(久慈川ではオトリ鮎はタモの中へ入れない。)
手馴れたものである。すべてが流れるように一連の取り込みを完了した。何十年と繰り返された動作だ。
ここで本当は元の位置に戻って釣り続けるほうがいいのだが、体力がなくなってからは取り込んだ位置から釣り続けることにしている。
だから、人が多いときには取り込みに迷惑をかけるといけないので竿は出さないようにしているのである。(実際に迷惑を掛けるほど下ることはないのだが・・・)

今取ったばかりの野鮎をオトリに替えて、今度はこの瀬の中で一番きつい白波の立つ岩と岩の間の絞れた流れに入れてみた。
静かに引き上げて大岩の脇まで来ると、グズグズッとしたと思うと下流に下ってしまう。
もう一度やってみるが同じ所までくるとやはりグズグズして下ってしまう。
「何かいるな」と感じてオトリを引き寄せて3号のオモリに変えた。
今度も同じところでグズるが構わず引き上げてみる。突然「ガ、ガ、ガ、ガツーン」と激しいアタリ。
老人はとっさに竿を腰に構えて走りに備えたが、それっきりで動かない。いや、少しずつだが上流に上がっているのである。
「んッ?、これはでかいぞッ!!」
老人は次に来る走りに備えて竿を立てて待つ。
大岩の頭まで来たときにそいつはいきなり反転して流れに乗って下流に走り出した。
老人は竿を伸されないように岸側に倒してこらえるが野鮎は止まらない。親指でスプールにブレーキを掛けるが糸はどんどん出て行く。
若い頃ならば抜けないほどの大鮎は、掛かり鮎より早く川原を駆け下り瀬脇に寄せて取り込んだものであるが、今ではそんなに素早く走ったりは出来ないので、不本意ながら糸を送り出して竿を伸されないようにしている。
それでも竿の倍ほどに出すことはまず無い。
よくリール竿を使い始めた初心者は、鮎が掛かると糸を長く出してしまいがちであるが、本来リールは糸をつめて釣るためのもので長く出すためのものではないのである。

ようやく掛かり鮎が流芯から外れた。
竿を岸側に傾けながらタメて、リールを巻きながらジリジリッと近づいていく。
もう少しで糸がつかめるくらいに近づくと、突然掛かり鮎がオトリを引きずって暴れる。
老人は流れに逃げ込まれないように竿をタメて、大人しくなるのを待つ。
やがて流れとバランスが取れて止まった。
左手で糸をつかむと先ほどと同じように竿を右肩に担いだ。
不意の走りに対処する為に糸は指には絡めないで、人差し指と親指で摘むように静かに引き寄せる。
もう少しというところで不意に野鮎が走った。
指の間の糸がすべる。ちょっと鮎を走らせて再び慎重に手繰る。
今度は野鮎も観念したように暴れない。右手でオトリ鮎を掴むと左手は腰のタモを抜いた。
掛かり鮎を流れに乗せて下手に送りながら抜き上げ、素早く掛かり鮎の下に滑り込ませたタモに落とし込んだ。
「ふーっ」と、大きくひとつ深呼吸をし、しゃがんでタモを腰に差した。
両手で掛かり鮎を掴んでみる。約27センチの堂々としたオスの鮎であった。

                                     END

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