高崎競馬場(群馬県)
1923(大12)年〜2004(平16)年

一ファンとして存続を願っていたが、ついにその時が訪れてしまった・・・

<高崎競馬オフィシャルサイトより引用>



【 高崎競馬の歴史 】

1895年(明治28)9月:日清戦争終了後、高崎15連隊主催の戦勝祝賀競馬が高崎市内乗附練兵場で開催
この時初めて、200間(約400m)の円形馬場を設置

1923年(大正12):当時の高崎市の有力者が中心となり、
高崎常設倶楽部を設立
現在地に資本金15,000円で総面積7町2反歩(72,000u)800m右廻りの馬場をもつ
高崎競馬場を創設

1924年(大正13)10月:
群馬県畜産組合連合会主催により初めて
優勝馬景品付競馬、勝馬投票券(1枚1円、最高払戻金額10円に制限)の発売を伴う競馬を実施

1927年(昭和2)8月:地方競馬規則が公布

1930年(昭和5)7月:
高崎市常設倶楽部の経営困難により競馬場施設を高崎市に譲渡
同年10月:代償金14,000円也を株主に支払い解散
同年11月:佐波郡茂呂村と宮郷村(現伊勢崎市)にまたがる
伊勢崎競馬場を新設


【1933年(昭和8) 群馬縣畜産組合聨合會>単勝式優勝馬投票證】

1934年(昭和9):群馬県畜産組合連合会は隣接地2町歩を借り受け
工事費21,000円を投じ現在の1,200mの馬場(現在の本場馬)と内側の練習馬場(800m)を造成拡張・整備
邑楽郡六郷村、長柄村(現館林市)に
館林競馬場(馬場1,600m)を建設

1943年(昭和18):戦争により競馬中止

1944年(昭和19):馬匹組合法の公布により、
畜産組合連合会馬匹組合連合会に改組

1945年(昭和20):終戦後、農地改革により競馬場もその対象となったが
競馬再開宣言をして農地解放より除外され
競馬再開
高崎競馬場の復活、及び勢多郡桂萱村(現前橋市)と前橋市敷島公園内で
闇競馬が行われた

両競馬場とも
1回限りで消滅

1946年(昭和21)1月:戦後新たに地方競馬法が公布されたのに伴い
同年3月
県馬匹組合連合会は同法に基づく第1回競馬を高崎競馬場で開催

1948年(昭和23)7月:
群馬県馬匹組合連合会は解散団体に指定され
現行競馬法の規定に基づき同会の資産、負債の一切を継承し解散
同年10月:地財委の指定により、
前橋市と伊勢崎市が主催者に加わり公営競馬を開催

1951年(昭和26):
太田市が指定を受け主催者に加わり、公営競馬を開催

1952年(昭和27):競馬場所在地として高崎市が指定を受け、主催者は一県四市体制による
県営、市営競馬を開催

1961年(昭和36)3月:運営の合理化と収益の均衡を図るため
県と四市の協議により、地方自治法の規定に基づく一部事務組合を設立

1968年(昭和43)3月:前橋市、伊勢崎市及び太田市は、競馬法附則の定める指定期限の到来によって
施行権が消滅し組合を脱退したので、競馬組合の構成団体は、
群馬県と高崎市となった

1973年(昭和48)4月:佐波郡境町に30haの用地を借り上げ
トレーニングセンターの建設3カ年計画を樹立し、第1期工事を着工し昭和51年3月完成となる

1977年(昭和52)3月:投票事務の迅速かつ正確を期するため、コンピュータ導入工事に着手した
同年11月:第11回競馬から勝馬投票券発売事務が機械化(コンピュータ)された(発売機243台)

1979年(昭和54)5月:境町トレーニングセンターに厩舎100馬房が完成し、総馬房数で700馬房となる

1980年(昭和55)3月:境町トレーニングセンター内に内馬場を造成するとともに、厩舎100馬房が完成し、総馬房数で800馬房となる
同年12月:2号スタンドの改築を行い、4階建の新スタンドが完成した

1982年(昭和57)10月:米国女性騎手招待競走を実施

1985年(昭和60)12月:境町場外売場を開場




1989年(平成元)1月:新潟地区(新潟三条)において、冬期間の場外発売(1月〜3月の5開催30日間)を実施した

1992年(平成4)9月:高崎初の女性騎手「米田真由美」デビュー。兄妹騎手誕生(兄:米田弘一騎手)

1993年(平成5)3月:実況テレホンサービス開始
同年12月:白熱したレースの提供、ファンの勝馬投票への興味を倍増させるため、出走頭数枠を10頭から12頭に拡大
同年12:冬期新潟地区場外発売に新たに新潟県競馬組合所有場外施設「オープス中郷」を加えた高崎競馬場外発売を開始

1994年(平成6)10月:高崎、新潟上山、の3県交流による「第3回日本海チャンピオン競走」を実施




1995年(平成7)12月:中央競馬との協調策としてJRAのGIレース場外発売を12月(有馬記念等5日間)を開始

1996年(平成8)5月:中央・地方交流のダート重賞競争「5月5日第7回群馬記念」を実施し、中央所属馬の「ホクトベガ」が優勝

1997年(平成9)3月:ファン用立体駐車場が完成。(2層3階建235台収容)

1998年(平成10)4月:高崎本場において、JRA重賞レースの場外発売を開始、地方競馬共同在宅投票(電話投票)の開始

同年5月:指定交流競走「第9回群馬記念(GIII)」競走を実施、地方競馬場7主催者25場外発売施設にて広域場外発売実施

同年10月:馬番連勝複式勝馬投票券の発売を開始、高崎競馬足利場外発売を開始

1999年(平成11)1月:企業・団体名を付けた協賛特別(冠)レースを実施
同年5月:指定交流競走「第10回群馬記念(GIII)」競走を実施、地方競馬場8主催者37場外発売施設において広域場外発売

2001年(平成13)3月:高崎競馬場リニューアルオープン
同年4月:北関東(高崎、足利、宇都宮)協調策として「北関東Hot競馬」を開始




2002年(平成14)12月:馬番連勝単式勝馬投票券の発売を開始





2004年(平成16)12月31日

ファンの為準備されたメインレースの
10R:リーディング騎手対抗ラストイヤ
11R:高崎大賞典
12R:ファイナルカップ


降雪のため実施されること無く次の言葉を残しその歴史に幕を閉じた

『 第9競走以降は取り止め中止となりました。なお、代替開催はありません。 』


主な重賞競走
北関東クイーンカップ 第17回からJRAオークストライアル代表馬選定競走となった
第22回まではクイーンカップで実施。第24回から北関東統一G1
第23回からJRA桜花賞トライアル代表馬選定競走となった
青峰賞 第1回は群馬県民200万人達成記念。第2回からJRA皐月賞TR代表馬選定競走。第9回から北関東統一G2
サラブレッドカップ 平成12年度から新設。第2回から北関東統一G2
※第4回から北関東統一G1
群馬記念 第6回から中央・地方指定交流競走(GIII)となった。第12回から北関東統一G1
北関東菊花賞 第2回までは北関東優駿で実施
第24回から北関東統一G1
高崎記念 平成12年度から新設、第2回から北関東統一G2
スプリンターズ賞 第8回から別定重量。第14〜16回JRA天皇賞トライアル代表馬選定競走
第20回から北関東統一G2、第22回からG3
東国賞 平成7年度から新設
第7回から北関東統一G2
高崎大賞典 第6回から別定重量、ファン投票開始
第30回から北関東統一G1
高崎皐月賞 平成12年度より北関東皐月賞として宇都宮で実施
第2回から別定重量
高崎ダービー 第1回から第12回までは4才優駿で実施。第12回から別定重量
第13回から高崎ダービーで実施。第21回からJRA菊花賞トライアル代表馬選定競走となった
平成12年度より北関東ダービーとして宇都宮で実施
高崎オークス 平成12年度より北関東オークスとして宇都宮で実施
端午賞 平成12年度から新設
プリンセスカップ 平成12年度から新設


【高崎競馬場】
群馬県高崎市岩押町12−16
JR高崎駅から無料シャトルバス10分、徒歩15分
馬場内駐車場:580台、馬場内臨時駐車場:1,420台、周辺駐車場:1,398台収容
右回りダートコース 1,200m 幅員 21〜25m


ご関連者の皆様、色々な思い出を残して頂き、、、ありがとうございました





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