飯高寺


妙福寺  水戸黄門が植えた梅がある

飯高神社  飯高壇林の学僧も祈願した

黄門桜  3月はまだ花は咲いていない

天神の森  スダジイの巨老木の自然林

飯高寺境内の鼓楼(左)と鐘楼

飯高寺の講堂  焼失して慶安4年再建

「立正大学発祥の地」
日蓮宗の壇林だった

南P駐車場 隣の軽トラにカメラを置き撮影

      3月13日(日) 千葉県知事選挙の日。朝から防災無線のスピーカーがうるさい。何でこんな休日に選挙なんだと思いながら、でも平日だったらほとんどの人は行かないだろうからそれも仕方ないとあきらめる。朝食と掃除、洗濯をして、もう12時ちかくでまた昼食の準備だ。何でもいいからはやく食べさせちまえ、と思いラーメンと焼きおにぎりを作って召集をかける。さっき食べたばかりなのに、と思っているだろうが、こっちの都合でとにかく食べさせてしまえばあとはフリーの時間が待っている。昼食後に車に長女と相棒を乗せて選挙に行く。誰に入れたかはヒミツ。でもいまさら夕日に向かって走る気力なし。選挙会場前で投票用紙を持ってデジカメの記念撮影。千葉県知事選挙投票の記念写真をばっちりと撮影しておいた。選挙ごとに記念写真を撮っておいてここで選挙記念写真特集でも作ろうかなと思う。
      用事は終わった、というわけで一人で千葉県八日市場市の飯高寺までひとっ走りだ。四街道インタから成田方面に走るのは久しぶり。前日、Mr.SR氏の情報をもとに自分もそこにいってみようと思い立ち、それほど時間もかからないだろうから思い切って午後シュッパツしてみた。大栄インタで降りて東総自動車道を走る。チョっと迷ったものの、でもさすがは田舎道。一時間くらいで南パーキングに到着。トイレもあるしこんな立派な駐車場があるとは感激だ。ハイキングルートも掲示板に書いてある。
      すぐに妙福寺、長いのぼりの階段を上れば飯高神社だ。仙人コースを通って林の中を通過、さらに舗装道をしばらくいけば黄門桜だが、今は3月中旬、さすがに花は咲いていない枯れ枝の姿。そこから引き返して天神宮の階段を登れば天神ノ森。スダジイ(椎の木)の大木が何本も林立している。人間が植えたものではなくて自然林だ。木のベンチもありここで弁当でも食べれば小さい子も喜ぶだろう。(遊具はいっさいありません。ただ大木を眺めて感動するだけです。)
      そこを下ると法福寺。なんかお寺らしくない普通の集会所のようなところ。チラッと読んだ説明では2次大戦のときに国のために寺を縮小したというようなことが書いてあった。かつての寺を壊して物資を供給したのだろうか?最初からこんな形ではないだろうから、もしお国のためにこんな姿になってしまったのなら悲劇というしかない。
      裏参道を抜けると飯高寺にいたる。どうやら自分が歩いてきたのは裏からだったらしい。講堂、鼓楼、鐘楼、総門などが残っていて慶安3年に焼失、4年に再建とある。それにここは日蓮宗の根本壇林だったらしく、「立正大学発祥之地」という石碑が建っている。明治政府が壇林の制度を廃止するまで此処は修行僧が日々、学問に励んでいた所で大学の制度ができてから使われなくなったのだろう。ひょっとしたら自分も昔はここにいたような気がしてけっこう時間をつぶしてしまった。全く人がやって来ないので一人であちこち写真撮影に精を出す。講堂にノートがあったので記帳、はぐった前のページに、Mr.SR氏のご家族の名前を発見した。一週間ほどの違いとはいえ、同じところにやって来られたのはSR氏のおかげだ。氏のメールが無かったら今こうやってここにいることはできなかったと思うと感謝に絶えない。(情報ありがとうございました)。
      駐車場に戻る途中、掃除中の地元のご婦人に道を尋ね、飯高寺は「はんこうじ」、飯高神社は「いいだか神社」ということを確認した。それまでは「いいだかでら」だとばかり思っていたがそうはいわないらしい。地元の方も首をかしげていた。地名は「いいだか」と読む。
      休まずに歩けば一時間くらいで戻れるコース。でもそれでは味気ないので今度来るときは天神ノ森か、飯高寺境内でランチでも食べながら、できれば二人以上で楽しくまわってみたい。手軽な近場のハイキングとして小さな子供やご老人にオススメコース。4時10分出発、5時前四街道インタ、5時10分帰宅。
      この前に引き続き、ローカルな話題。千葉の里山と思って読んでくれれば幸いです。最後に飯高寺にあった説明をそのまま書いておきたい。    

飯高壇林跡と森 壇林とは栴檀林の略語で、寺院の尊称であるとともに仏教の学問所を意味します。飯高壇林は、天正8年(1580)から明治7年(1874)まで、日蓮宗の最古、最大、最高の教育施設として栄え、多くの名僧を輩出しました。森には、スギの巨木が天をつく勢いで生い茂っています。