日和田山
高麗錦 紐解き放(さ)けて 寝(ぬ)るが上に 何(あ)ど為(せ)ろとかも あやに愛しき(3465)
![]() 高麗川で遊ぶ人々 |
![]() 日和田山頂上 |
![]() 巾着田にある万葉歌碑 |
![]() 金比羅様からの巾着田 |
![]() 日和田山頂上記念 |
![]() 駐車場からの日和田山 |
晴れが続くので今日も出かけてみようと思い、相棒をさそう。多分土曜日だから混んでいるだろうと思いながらなんとか8時出発。本当は群馬・長野・新潟県境に行こうと思っていた。でも夜中に走っても4時間近くかかりそうだし、こんな行き当たりばったりの思いつきでは遠くは無理なので赤城山に変更。先日の榛名山と位置も時間も大して変わらず3時間くらいかかる。どこにも行かないよりは行ってみたいというやむにやまれぬ気持ちで出かけてみた。
葛西JCTのほうから北上していくところですでに渋滞。大泉JCTに行き着くのに1時間半くらいかかった。さらに関越道に乗ったらトラック三台の事故により花園インタを頭に鶴ヶ島JCTまで30キロの渋滞・・・・藤岡JCTまで3時間以上、さらに掲示板は4時間以上に変わった。この大事な休日にふざけるな!と周りを走っているファミリーレジャーのお父さんドライバーは思っているだろう。新宿〜尾瀬の直行便のバスはどうするのかなあ、などと他の車を心配しながら、それでも何もできず、たんたんとみんな車を走らせている。こんなふうに何もなすすべがないままみんな地獄に落ちていく心境。おそらくおおげさに3時間以上とか4時間以上とかいっているけれど、この数字は大げさにみつもっているものだろうから、1時間半くらいで勘弁してくれとは思うものの刻々と渋滞に巻き込まれつつあり。結局、鶴ヶ島までいかないうちにナントカしようと思ってもう帰ろうと決断、川越インタで降りてしまった・・・。
降りてみたものの一般道も大渋滞でため息。カーナビのない寂しい身の上としてはどっちへ行っていいかわからず、何でもいいからすいているほうへと思い、秩父方面に左折してしまった。それでもけっこう混雑していてなんで今日はこんなことになるんだと思いながら仕方なく前進あるのみ。青梅道に入って帰ろうと考え地図を見ていたら今進んでいる道の先に日和田山があるのを発見。夏は暑いだろうけれど(標高301m)来たついでだ。そこに行ってみるかと思い立つ。相棒が「その山知ってるの?」などと尋ねるので得意になって日和田山や高麗川、巾着田を解説。仕事はCランクでもハイキングの知識はガイドブックを何度も読んでいるせいでAランクになってきたと思う。ただ帰るよりも暑いけれど登ってから帰ろうと言うことになった。
観光地なので駐車場も完備されていて1日5百円。ほとんどは清流高麗川に遊びに来るファミリー。子どもたちが川の中で泳いだりして遊んでいる。子どもが小さいときに此処を知っていればつれてきたのになあと思う。暫く川で遊んでいる人々を見たあとで山に出発。
さすがに歩いている人はほとんどいない。こんな暑苦しいなか、3000m級の山なら涼を求めてということになるだろうが、300mの山ではただ暑いだけ。それでも途中に水場があったし、金比羅様から暑さを忘れる日高市、飯能市方面の大展望だ。巾着田がほんとうに巾着のような丸い形をしていてその回りを高麗川が流れているのがわかる。更に一登りすると頂上。さっきほどではないが此処からも展望が望める。ほんの数人のハイカーに出合った。秋冬ならもっとたくさんいるだろう。物見山、鎌北湖、ユガテをまわるハイキングコースがあるので涼しい秋か冬がオススメ。
帰り、インカフロートなる飲み物を飲んで休憩。相棒は黒ゴマ豆乳アイスクリームを注文。巾着田に帰って周りを散歩していたら万葉歌碑を発見。意外な収穫あり。赤城山が日和田山に変わってしまったけれど、けっこう満足して6時前に帰宅。
| 巾着田周辺は、今から1200年ほど前に高句麗から渡ってきた高句麗人が住みつき、大陸文化を取り入れた高度な生活を営んでいた場所である。当時、水田を作ることは大変な事業であったが、高句麗人は高麗川が蛇行していることを巧みに利用し、川をせきとめ、その内側にあふれた水を導き、水田とした。その形が山の上から見ると、巾着の形をしていることから、巾着田と呼ばれるようになった。(巾着田の解説版より) |
高麗錦は大陸から伝えられた高度な絹織物のこと。1200年ほど前、この地は高麗郷と呼ばれ高句麗人が住んでいたのでここで高麗錦が作られたという学説がある。