矢倉岳
足柄(あしがり)の 和呼可鶏山(わをかけやま)の 殻(かず)の木の 我を誘(かづ)さねも 門(かづ)さかずとも
![]() |
![]() 中井パーキングエリア |
![]() 地蔵堂 |
![]() 矢倉岳 |
![]() 見晴台バス停 |
![]() 足柄峠からの富士山 |
![]() 足柄峠からの金時山 |
![]() 足柄聖天堂 |
![]() 矢倉岳からの富士山 |
矢倉岳は箱根外輪山の金時山の更に北に位置する山で、丸いおわんを伏せたようにも見え、いかにも愛着のわく姿をしている。またこのときは、植林が伐採されて残った林がおにぎりについている‘のり’のようにも見えて、おむすび山という名前でも多くの人が納得するような愛嬌のある形をしていた。この地域の金太郎伝説の山として、金時山とともに金太郎が遊んだ山とも言われ、坂田の金時がかつて熊と相撲を取ったように、矢倉岳の開けた頂上に登ると、こんな展望のいいところなら熊と相撲をとってもいいかな、とさえ思ってしまうような素敵なところである(本当です)。
2002年12月14日(土)まだ暗い東名高速中井PAに6時に休憩。大井松田インタを降り、県道を登っていくと更に道が狭くなり「路面凍結、スリップ注意」の警告に不安がよぎったがなんとか7時に一番乗りで地蔵堂に到着した。登る準備をしていると、二番目の車が到着したが、見るところ、中年のご夫妻らしかった。しばらく舗装道を登って行くのだが、そこから見える朝日を浴びた矢倉岳はまるで、おむすび山だ。まずは足柄峠に向かう。
かつて足柄道は東海道ができる前は箱根の山を越える重要な官道で1200年以上も使われてきたとされ、万葉集や更級日記にも登場する由緒ある(?)道である。幾多の人々が往来したこの足柄古道は今ではハイキング道としてしか使われなくなってしまったが、同じ道を歩くことで遥か昔の人々の気持ちを多少なりとも共有できそうな気がしてくる。心は遥か昔にタイムスリップして、奈良時代の悟りを求める修行僧の気分。残念ながら現在の足柄古道はバス通りに何箇所も寸断されているので、何回も舗装道を横切らなければならない。
足柄峠にある足柄城址はかつて北条氏方の城があったが、小田原北条氏が豊臣に敗北したときに廃城となった。展望は抜群で一二を争う富士山の展望台と言えるだろう。雪野原の中で多くのアマチュアカメラマンが富士山を撮影していたので、ついでに自分の記念撮影もしてもらった。足柄万葉公園には足柄という名の出てくる万葉集の詩が碑に書かれているが、読んでる暇がなく通過。今度調べてみよう。
更に矢倉岳に登っていく。雪がだんだん深くなり登りにくくなってくるが、低山で雪山の雰囲気も悪くはない。頂上に登ると、さえぎるもののない展望が楽しめる。熊とのどかに遊べる雰囲気あり、というより、熊がいたら逃げ場所のないところ、というのが正しいだろう。思ったより多くの人がいてにぎやかだったが、下りは、山伏平ハイキングコースを一人ぼっちで下る。道は確かだと思っても、知らない雪道を誰とも出会わず一人で下ってくるのは素人にとっては少し不安で、旅は道連れかな、とも思う一日だった。上の歌は万葉集の3432番の歌で(和呼)可鶏山は矢倉岳のことではないかと言われている。