黒檜山

上毛の 黒保の峰呂(ねろ)の くず葉がた かなしけ児等に いや離りくも(3412)


万葉碑

        
赤城インタ付近からの榛名山 覚満淵から望むj陣笠山  大沼・長七郎山(左)・地蔵岳

        
赤城公園から望む黒檜山  赤城インタ付近からの赤城山  大沼ほとりの大洞赤城神社

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     赤城山は国定忠治の「赤城の山も今宵限り」であまりに有名だが、群馬県の子供たちにとっては上毛カルタの「すそのはながし あかぎやま」のほうがずっと有名で、他県の人には馴染みがないかもしれないがこの上毛カルタは子供たちには百人一首よりもずっと人気がある。それに小学校時代の運動会では鉢巻を赤、青、黄、緑に分けて、それぞれ赤城、榛名、妙義、浅間とよんでいたが、赤組、青組とか呼ぶよりはよほど気が利いていた。そうやって県を愛する思想を植えつけられたのかもしれないが、懐かしい思い出だ。赤城山というのはいくつかの山の総称で、これは榛名山や妙義山とておなじである。その最高峰が今回の黒檜山(くろびやま)だ。
     どこで関越を降りるか悩んだが、一番わかりやすい赤城インタで降り、やや戻るような形で赤城山を目指す。遠くに榛名山が朝日に輝いて美しいが、ふもとの町はずいぶん上のほうまで伸びていることがわかる。
     7:30 ビジターセンターの駐車場に到着。停車している台数は少なく、人もあまりいない。地蔵岳に青空が見えるが、それ以外の空は雲ばかりだ。何も考えずにどんどん登る。駒ケ岳に着くと霧でその周りしか見えない。すれ違ったのは数人でいずれも一人旅の人ばかりだ。霧が晴れないままとうとう黒檜山頂上。晴れてはいないが下るにつれて視界がきくようになり、大沼に浮かぶ釣り船がまるで木の葉のように見える。一度、足を踏み外してやばいと思ったが、一メートルくらい下の平らなところに上手く落ちて事なきを得た。ほっと一息。
     赤城神社には万葉集の碑が建てられている。上毛野黒保の峰呂のくず葉がたかなしけ児等にいや離りくも。愛しい女性、または子どもを残して遠く去っていく防人歌とも考えられる。かつてこの山は黒保の峰呂と言って、今でも黒檜山にその名が残っているし、その名前から明治時代に黒保根村という名前がつけられた。小尾瀬と言われる覚満淵を一周して帰路に着いた。
     赤城インタに戻る途中で池で魚取りする小学生を発見。背後に赤城山がそびえ、水田が広がり、いかにもローカルな雰囲気に誘われて何枚も写真を撮る。
     かつて大沼のほとりで水遊びしていた思い出があるのだけれども、思い違いだろうか。そういうスペースがあまりなかったのが少し残念だ。