成田ミち
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37.「西 江戸道」「東 成田道」「南 飯重生谷道」とある道標
     臼井駅の踏切を渡るとかつての道標で真ん中にはさくら道とある。さくらみちは成田道の古い名前でたぶん真ん中の道標が古いものであることが推測される。飯重は「いいじゅう」と読むが、いまのイトーヨーカドーと印南小の間にある地名で今も残っている。ちなみに生谷はおぶがいと読む。臼井駅は昔この前にあったはずだが、今の駅は多少西に移動して新しく作られたもの。年配の人が「はんじゅう」と言ったけれど、間違いだと思うが...
38.京成線に沿って臼井を走る成田道
     京成線と成田街道は同じ方向に向かっているが、すぐ隣を走っているところは意外と少ない。しばらく走ると田んぼが間に入ってきて分かれてしまう。ここを直進していくと江原台に行くが、そこで296号のパイバスと合流することになる。
39.成田道から眺める京成電車と風車
     かつて京成線は田んぼの中に作られていたが、今でもその当時の面影をこの辺は残している。現在、ユーカリが丘までは宅地化が進み、京成臼井を過ぎるとかつての田園風景が広がってくる。この辺は毎年チューリップ祭りや花火大会が行われるところで、佐倉の重要な観光スポットのひとつである。
40.旧佐倉藩江原刑場跡
     旧道とバイパスの合流点は、かつては八町森と呼ばれ、佐倉藩の江原刑場があったところである。「南無妙法蓮華経」と書かれた供養塔が建っている。天保14年、佐倉藩医の鏑木仙庵は同僚とともにここで刑死者の腑分けをおこなった、と説明板に書いてある。街道向かいの竹やぶは首を切った場所なのでいまだに開発されないとか・・・・・それは本当の話らしい。
41粟島神社 
     街道から直接は見えないので気がつかない人が多いが、街道から2件目くらいのところにある小さな神社。かつて街道はいたるところに旅の安全を祈ることのできる場所があり、それはまた休息所ともなっていたはずだ。ちょうど桜の咲く季節に撮影。    
42.佐倉高校武道館を移築した青少年体育館
     印南小学校は昔、高台の上にあったが、今ではここから下って約5分のところに新校舎が作られている。跡地にかつての佐倉高校の武道館が移設されて青少年体育館となっており、中では少年剣士の練習が行われていた。立派なつくりに圧倒される。印南小の門柱がいまだに残っているのが面白い。場所は粟島神社からさらにおくにある。