美ヶ原高原
フィルムの保存状態が悪く、画質がよくありません。

美ヶ原高原 塩クレ場

王ヶ頭 美しの鐘
美ヶ原とはよくもまあこんな名前をつけたものだとは思うが、その名に惹かれて一度入ってみたいと思っていた。行く途中に道路に鹿が飛び出したので皆大喜び。この鹿君を見ただけでも来た甲斐があるとさえ思われ、最初から楽しくなる。
山本小屋は今では観光客が押し寄せる名所みたいになっているが、その昔は一年で数十人とかいう時代もあったらしく、環境は激変した。山といってもほとんど平地みたいなところなので王ヶ頭は普通の健康な人なら誰でも登れる丘のようなところなのである。
というわけで我が家も出発しようとするところへ雷のとどろき。こんなときにのんきに歩いている人はなく、多くの人は小屋付近に避難とあいなった。しばらく、様子を見ているとやがて青空も出始め、雷鳴も聞こえなくなったので皆ぞろぞろと出発し始める。美しの鐘、牧場での牛の見学?、塩クレ場で一休み。多くの人は観光客なので王ヶ塔に登ろうとはせず、結局、王ヶ頭に登ったのはごく少数だったと思う。あるいはもうすでに登って帰ってきていたのかもしれない。のんびり頂上のホテルという名の宿舎で昼食を食べる。自由にお飲みくださいという麦茶を何杯も飲んでしまった。そのうちに昼食で長居しているのは自分たちだけで他の人はあまりいなくなってしまった。
やや長居しすぎたと思い、腰を上げようとしたら遠くに雷の音。外に出たらすでに晴れ間はなく、怪しげな風が吹き、昼なお暗き雰囲気だ。雨が降りそうなので足早になる。歩いている人はもうすでに見当たらず、唯一、若い男女のカップルがほぼ一緒に歩いていた。下って10分もしないうちに遠く前方に稲妻が光り、直後にものすごい雷鳴がとどろき一同唖然。一緒に歩いていた若い女の子が「キャー」という悲鳴を上げ、耳を手でふさいでその場にうずくまってしまった。何しろこの辺はどこまで行っても平原みたいなところで、自分が立っているとまるで雷が自分のところに落ちてくるという気がするのだ。さすがに我が家の相棒も「大丈夫?」と不安そうにこちらに聞いてくるので、「大丈夫だよ」などと無責任に答えておいたが、あんな落雷を目の前で見せられて大丈夫なわけないだろ!でも、そう答えるしかないじゃないか!その女の子は相手の男の子に諭されたか、何とか立ち上がり歩き始めた。いやあ、ここで男の勇気あるとこを見せるとはかっこいいぞ!などと普段なら思うところだが、そんな暇は今はこちらにもない。とにかくみんなで必死に歩きに歩く。小屋まで必死に歩けば一時間かかるわけない、と思いながら、一分一秒がこんなにものすごく長く、道のりが遠く感じたことはない。まさに永遠の道のりだ。2回、3回と稲妻が光り、落ちるところが見える大パノラマ。恐怖におののいて誰も口を利かない。稲妻は下に落ちるときに空の雲の中で乱反射していっせいに明るくなるのだが、写真で見ればさぞ美しヶ原だろう・・・、で・・・でもこんな恐ろしいことは今まで経験したことない。雷鳴も空全体にとどろくのだが、その音も半端じゃない。女の子は泣き顔だ。明日の3面記事に落雷で一家死亡などと出たら、などと良くない考えが頭をよぎる。そのうち雨が降り出し、合羽やかさを持ってはいるのだが、合羽を出して着る心の余裕はなく、傘はさしたいのだが、傘に落雷したらどうしようという恐怖で満足に傘もさせず、命を守るより手持ちのカメラを雨から守るほうが必死。我が家の相棒は自分だけすたすたと早く歩いて遠くから「早く早く」という大声を連発するが、なーんて奴だ!こっちには早く歩けないわけがあることを何もわかっていない。それにしても牧場の牛君たちはえらい。群れになって肩を寄せ合い、(牛が肩を寄せ合いというのは変な表現でしょうか?とすれば身を寄せ合い)文句も言わずじっと雨に耐えている姿は感動ものだ。たぶんこういう天候に慣れていて一緒にいれば怖くないという処世術をあみだしたのかもしれないが、いまや牛の肩よりも低くかがんで歩きたい心境。山道をホテル専用のバスも通りかかったが、多少速度を緩めたもののそのまま王ヶ頭に上っていった。天はわれらを見捨てたのか・・・車の中は雷に打たれても安全だとその昔NHKでやっていたのを思い出したが、車の外ではこんな知識は無用の長物だ。ようやく、途中の高原ホテルという宿舎に逃げ込んだがすでにずぶぬれ。男女のペアは途中で逃げこもうなどという姑息な手段を用いず、牛と同じ戦法で――つまり肩を寄せ合って――勇気を持って山本小屋まで歩いていったようだが、まさに愛は彼女を救うか・・・男らしさを見せて仲が上手くいけば災い転じて福となすというわけでめでたしめでたしの一幕。こっちは恥ずかしさを通り越し、休憩所でずぶぬれの服をぬいで上半身裸になって水を絞る。見かねた係りの人が暖かいお茶をわがファミリーに出してくれたのだが、お茶お飲みながらいすに座っていると何とか気持ちが落ち着いてきた。雷はだんだん遠ざかり、外も、雨がやんで明るくなってきたが落雷の音はまだ続いており、歩いて200m先の山本小屋駐車場にいく勇気がわかず外を見ていたら、そこの牧場の人が車を別用で使うついでに私一人を山本小屋まで送ってくれることになった。自分の車でまたもとに戻り、皆を乗せてこの怖かった美ヶ原を後にした。事後、この美ヶ原という言葉を聞くとつねに「怖かったねえ、恐ろしかったねえ」という話になり、他の思い出を語ることはない。我が家ではこの美ヶ原のことを今でも「恐ろしヶ原」と呼んでいる。