成田ミち
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61.旧街道海隣寺坂
     海隣寺坂の旧道は現296号線のやや南を走り旧坂を登って自動車道と合流する。車でも現在は登れるが、新しい車道の海隣寺坂を利用したほうがいいだろう。旧道はもうあまり使う人もなく、車も通らないのでひなびた雰囲気が漂っている。わらぶき屋根の家などがいまだに残っている。
62.佐倉市役所
     海隣寺坂を登ると佐倉市役所だ。ここにも桜の木があり、この日は休日だったが桜は満開だった。佐倉市役所内には海隣寺於茶屋遺跡があり、この辺は遺跡の上に市役所が作られたことがわかる。漁労採集生活をする古代人がこの辺に生活していたであろう。
63.海隣寺 
     千葉勝胤建立とされるこの寺は1179年、千葉介常胤が海辺で金色の阿弥陀如来像(海越如来)を拾ったことから、この寺が作られたとされるが、名前の通り、海のすぐそばに建てられた。その後、佐倉にどうして移ったかは不明。今は市役所のすぐ隣にある。
64.新町交差点から東に進む旧街道
     この道が佐倉城下の成田道の繁華街だった。おそらく、鉄道ができるまではここがメインストリートで多くの旅人はここを通過した。今でも美術館、教会、多くの小売店、が軒を並べている。台地の上を走る道で狭いがかつての面影を忍ばせる。
65.新町交差点裏の麻賀多神社
     新町交差点のすぐ裏と言ってもいいところに麻賀多神社がある。手入れが行き届いていてのんびり休息できるところで、城下町佐倉の鎮守として保護を受けてきたことを感じさせる。
66.佐倉武家屋敷 (写真は旧但馬家)
     この武家屋敷通りには当時多くの武家屋敷が並んでいたらしく、今見ることのできる3軒は当時の武士の生活を感じさせてくれる。いざともなれば、ヒヨドリ坂を使って城中に参上したであろう。この通りの東端にある子育て地蔵は当時のものかもしれない。成田街道から少し外れるが、秋田角館の武家屋敷に劣らぬ魅力をもっている。