大霧山

    
大霧山頂上         大霧山記念        皇鈴山方面

    
武甲山        笠山(左)と堂平山        定峰峠 

      ゴールデンウィーク後半戦。おととい、5/2(月)、横浜に行く。自然をことごとく破壊して近代的なコンクリの町に変貌を遂げた横浜みなとみらい21。早く逃げ出したくても仕事上そうもいかず。それにしてもよくもこんなにへんな町になったというのは言いすぎだろうか。超高層ビルも動く歩道も興味なし。
      昨日5/3(火)、映画にいこうというのでユーカリに“Shall we dance?”を見に行く。所詮は真似こき映画のたぐいにすぎず登場人物もギャグもほとんど同じで着物を洋服に仕立て直した?ような違和感アリ。日本のオリジナルがいかに優れていたかを知ることができただけでも良しとしたいが相棒と次女はともかく少なくとも自分1人分くらいの料金と時間を返せといいたい。
      本日5/4(水) 我が家の相棒はハイキングに行きたいと言うが、日頃仕事ばかりしていて遊びが足りず自分で行き先を決めるだけの知識は無い。4時起きなら連れて行くという条件で大霧山に行くことにした。でも4時に起きられるわけはなく確か6時20分頃出発。すでに関越道は混んでいる。
      遠くないところでゴールデンウィークの渋滞に巻き込まれず、歩いて楽しいところは・・・この大霧山に決定。約2年前、転勤してすぐに行ったのが外秩父の笠山だった。その計画を引っ張り出し、関越道花園インタ経由の同じルートで橋場バス停を目指す。8時半着。
      最初は舗装道をどんどん登る。この前と違って沢沿いを歩くわけではないので暑い。途中で農家のおじいさんが、昔は茶畑だったが農協の指導で今はお茶の木を切ってしまい別のものになってしまった、というようなことを話してくれて昔を懐かしんでいた。おじいさんの発音はよく聞き取れないところが多かったけれども昔のほうがよかったというような雰囲気で少しさびしそうだった。
      しばらくすると粥新田峠。

粥新田峠 江戸時代(1825年頃)につくられた地誌「新編武蔵風土記稿」には、秩父から江戸へ出る道が3筋記されています。
一つはここ粥仁田峠を越え川越へ通じる川越通りで、他は釜伏峠越えの中山通り(熊谷みち)、正丸峠越えで飯能へ通じる吾野(我野)通りです。
今はさびしいこの峠道も、かつては重要な峠で、大宮郷(現在の秩父市)の市日には何百頭もの荷駄が行きかったとのことです。

      樹林帯の尾根道は適度な風も吹いていて意外と涼しい。新緑の中を抜けて行くとようやく最後の急坂を登れば抜群の展望が得られる頂上だ。暑くて上着をぬいで昼食。いつも1人で昼食を食べてきたので二人で食べるのは久しぶりだ。くだらない話でも話し相手がいるというのはやはり楽しいし精神的に落ち着く感じがする。そのうちに涼しさを通り越して寒くなってきた。風もけっこう吹いているので汗ばんだ衣服も冷たく感じはじめ再び上着を着る。かすんではいるが多くの山々の展望が広がる。でも石灰を取られて山の形が変わってしまっている武甲山の姿は悲しい。
      定峰峠方面に下山。東の斜面は秩父高原牧場になっていて鉄条網がしかれている。それにそう形で登山道が作られている。谷を隔てた向こう側に2年前登った笠山と挫折した堂平山がはっきりと姿を見せている。あの時は雪道で風も強くつらかったっけ。結局堂平山に登らず帰ったけれど天気の良い日にまた登ってみたい。この辺は外秩父七峰縦走といって谷の周りの七ツの峰を縦走できるようになっている。笠山も大霧山もその七峯に入っている。旧定峰峠は寂しい山道の分岐点だ。

ダイダラボッチの伝説 昔、武蔵野に大太坊という巨人がいて羽黒山に行く途中、秩父の山にさしかかりその時巨人は定峯峠に腰をかけ、かぶっていた笠を笠山の頂におき、両足をニュッと伸ばし槻川のあたりに足をつき粥仁田峠で粥を煮て昼食をとりました。食べ終わって粥を煮た釜を伏せたのが釜伏山、日本の箸を立てた所が二本木峠、腰を下ろした石が休石、また荒川の水を含んで吹いたのが大霧山、大太坊の足跡は今でも槻川上流白石の山の山中にくぼ地や沼として残っているそうな。(旧定峰峠の解説板より)

      さらに暫く行くと開けた自動車道に出るがそこが現在の定峰峠。自動車、オートバイ、自転車、ハイカーなどいろいろな人たちが休憩していて茶店も2軒ある。お土産とかアイスを買うとか言い出したものの販売機で一番安いお茶しか買わず、それを飲みながら白萩橋の白石車庫バス停に下る。しばしばゴミ多く、ため息。日曜祭日はバス便が多少多いとはいえ一時間に一本しか出ない。自分ひとりなら思い切って車のある橋場まで歩くこともできるが相棒は足が痛いといってもう歩くガッツは無く30分ほど待ってようやく出発。意外と多くのハイカーが乗りザックのスペースも必要のせいか満員。ちびっ子たちも多い。このまえ雪の残る日に来た時はこんなに人気あるところだとは思わなかった。
     ゴールデンウィークの渋滞のなかを突っ切り、5時過ぎの明るいうちに帰宅。いつか七峯縦走をめざしたい。