大平山

  
大平山頂          晃石山頂 

    
晃石山            筑波山           大平山神社

  
大中寺           三毳山

      昨日、行く人を募ったけれどあまり好意的な返事がなかった。子供達は学校の部活動とか英検受験とかの用事があるらしい。そんなつまらないもの止めて俺と付き合ったほうがよほど楽しく充実した日を送れるぞ、と言いそうになって嫌われるのでやめておいた。
      4時出発のはずが6時に変更。土曜で休みのはずなのにトラックが多く、16号線は早くも渋滞。常磐道に入ると大きく富士山が朝日に輝いている。他の山並みもはっきりと見えて今日は文句なしの晴天だ。順調に東北道を走り、この前行った三毳山のそばを通り過ぎ、栃木インタで降りて約10分、市営駐車場着8時。駐車場はがらがらだ。
      あじさい坂は工事中で小型ショベルカーの横を通り過ぎて登っていく。大平山神社までは階段が続く。宮司さんが朝のお掃除中だった。ここから山道となる。大平山頂は木が茂っていて展望は利かない。富士浅間神社が建っていてしばし写真撮影で休憩。地元の年配の方が登ってきて言うには、ここは戦時中は燃料にするために木が切られて展望抜群だったらしい。大平山神社の息子さんと幼なじみで子供のころはこの山を駆け回って遊んでいたとか。ご案内しましょうと言われ着いていくことになった。
      いつも登っているらしく歩くのは速い。アドバイスにはすでに知っていることにも神妙に耳を傾ける。もちろん知らないこともあって自分ひとりなら見過ごしてしまうことも多く、地図を見るのはやめて手っ取り早くたずねてしまう。晃石山頂上は明るく展望もいい。三毳山がすぐ先に見えその向こうに富士山が遠望できる。遠くに日光連山の雪景色も見え、日光男体山が大きく構えている。後から来た一行が馬不入(うまいらず)山まで行くと言っていたがそれは次回にとっておこう。晃石山神社で別れるはずで、どうもありがとうございました、とお礼を言うと、せいすいじ(清水寺)(きよみずでらと読みそう)まで一緒に行きましょうと言うのでまたお供をする。清水寺(名僧行基開山)まで降りたら結局大中寺、謙信平までは一緒に歩くことになった。自動車道をやめてかつての東山道を行く。三毳の関を過ぎた東山道(奥州街道)はここを通っていたのかと思うと感慨深い。馬頭観音があり更に古い石塔もあったがあまりに風化して絵も文字も全くわからない。江戸中期までよく使われていたらしく、かつての八幡太郎義家も通過した由緒ある道だ。途中近道を教えてくれてようやく、七不思議伝説がある名刹大中寺到着。上田秋成の雨月物語の青頭巾の話では人肉食の化け物と化したかつての坊さんを大中寺開祖快庵禅師が救ってやる話。さっそく雨月物語を買って全部読まなくては・・・。
      一緒に歩いてくれたかたによると子供のころよくこの寺に来て、七不思議のひとつ「不開の雪隠」(敵に追われ寺に逃げ込んだ晃石太郎の妻がこの雪隠の中で自害してそれ以来この戸はあけられたことなしと言われる)の戸を開けて中によく入って遊んでいたらしい。大人にとっての恐怖も子供にはただの楽しい遊び場でしかなかったというわけか。今では入れないようになってしまっている。
      ここから謙信平まで登りかえすのがちょっと一苦労だったが謙信平では大展望が広がる。筑波山、(渡良瀬遊水地)谷中湖、富士山、三毳山、それに東京副都心新宿高層ビル群がはっきりと見える。越後の上杉氏と小田原の北条氏は大中寺で和議を結び、その後上杉謙信は大平山に登って関東平野のあまりの広さに目を見張ったと言う。(いつもながら説明板の受け売りです)。その謙信の気持ちもここの展望台に登るとよくわかる気がする。この辺は低い山々が点在し、一面雲の海になったときに雲の上に山々の頂上が顔を出してまるで海に浮かぶ島のように見えるので、別名、陸の松島とも呼ばれる絶景となる。
      帰り、あじさい坂下で名物「大平だんご」を買った。1000円。いつもは何も買わず帰るのにお土産を買うのは久しぶりだ。我が家の相棒に「私も行きたかったのにやっぱり家の掃除洗濯や食事の用意があるから行けない」と言われるとなんだか悪いことをしたような気がしてきて少し気が落ち込む。楽しい一日もこの一言で憂鬱と化した・・・。