御殿山
家風は 日に日に吹けど わぎもこが 家言もちて 来る人もなし 4353
御殿山頂上 ちょっと見ずらいかも |
御殿山への途中から 伊予ヶ岳を望む |
途中の大黒様 江戸時代中期の物? |
富山(左)と伊予ヶ岳 |
| このところ雨が降ったり、日が照ったりで天候は安定しない。これもみな台風のせいだ。今日は最初からあきらめていたものの,この夏たまにはどこかに相棒が出かけたそうだし、陽もたまにさしたりするので無理して11時ころに出かけてみた。半日で行ってこれるところといえば千葉県内のどこかということになるけれど、結局一度行ったことのあるローカルな御殿山に行くことにした。この前は「小野次郎右衛門忠明生誕の地記念公園」から登ったので今日は高照禅寺前の登山口からだ。車も止められるし、トイレもある。 歩き出して途中まで舗装道を登るのだが急坂で雨でぬれているし、コケも生えていて滑りやすい。天候もイマイチ不安だし、やめようか、などと弱音を吐きながらそれでもここまで来たからはなどと考え、やめる勇気もない。我が家の相棒が悲鳴をあげるのでなんだと思って振り返るとかなり大きいスズメバチが飛んでいる。巣が近くにあるのかと思うとますます登りたくなくなった。ものすごく蒸し暑い。なにしろヤフーの天気予報では湿度はゆうに90%をこえる。樹林帯の中で風もなければ100%だろう。汗は止まらない。かといって雨になる前に帰ろうと思うので休みもなしに一気に頂上まで登った。なんとなくいやな風の吹く頂上。もうすぐ雨になりそうな雲行きなので水を飲んだだけで満足に展望も眺めず、ほんの少し休憩しただけで下り始める。 下りの山道は湿っていて更に歩きにくい。それでもなんとか途中まで下ってきてようやく舗装道になったものの、実際はこのほうがはるかにくだりずらい。のぼりで滑ったのにくだりで滑らないはずがない。何度も滑りかけて体勢をたてなおし、安全なところまでもう少しというところでついに脚が宙に浮くほど滑って大転び。落ちるとき左ひじを路面にいやというほど打ち付けてしまい手首まで血が流れて落ちてきた。自分のひさしぶりの出血を伴う怪我に自分自身で驚く。なんとか安全なところまで降りてきてから肘に水をかけて泥を洗い流した。血は止まらず流れているが周りをふき取ってしばらくそのまま歩いていたらようやく止まった。こんなに湿度が高く、蒸し暑く、地面がぬれていて、雨が降ったりやんだりの日にわざわざ痛い思いをして出かけることもなかった、とくよくよしながら下山。ガイドブックにも7,8,9月は不適と書いてあったし誰も登っていなかったのは当然だろう。登山道で出会うのはトカゲやカエル、ハチ、クモその他正確な名も知らぬ虫たちばかり。虫好きの人にはこの時期がオススメ。そうでない人には晩秋とか初冬に登るべきだろう。おかげで写真もたいしたものが撮れず、帰りに山の全景を撮ろうとしたものの肘の痛さのほうが気になって、撮影そっちのけでさっさと引揚げてきた。着ていたTシャツは乾いたところを見つけるのが難しいほど汗でずぶぬれとなった。予備を持たずに来たので仕方なくいったん脱いで大量の汗を搾り出した。帰り道、どういうわけか予想に反して青空に変わっていたのもますます釈然としない。走行距離が往復210キロ以上になっていたので千葉県内とはいえ遠いところだと実感した。 こんな日に思いついたように出かけるのは心もあせるのでいいことがない。今、キーボードを打っていても肘が痛く、血が机についてしまった。三千mの高山より三百mの里山のほうが危険なこともある、といういい教訓だった、と思いたい。8月17日(木)。 ★上記の歌の作者は、朝夷郡の上丁 丸子連大歳、とあり、故郷は千葉県丸山町付近ととする説がある。ガイドブックによれば御殿山は三芳村、丸山町、富山町を分ける山で、丸子連大歳は最果ての地九州から故郷嶺岡山系の山々を思っていたことだろう。リンクしたHPの「上総(安房)の国B」、を参照。 |