飯野観音
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| 2006年1月8日(月)なんだかよくわからないけれど休みの日、調べてみれば成人の日だとかで全国的にお休み。いつからこんな日になったのか、かつて一月十五日だったのは遠い昔のような気もする。布団干したりしたあとでちょっと飯野観音まで出かけてみた。佐倉市のまったくローカルなお寺でちかくに風車も見えるところだ。途中佐倉音楽ホールのそばを通過すると多くの着物姿の人たちが集まっている。昔は体育館でしていた成人式も今ではこの音楽ホールに移ったらしい。 其処を無視して飯野観音まで車で走るともちろん誰もいない。地元のお寺なんてこんなものかもしれないし、今日が8日なので来るのが遅すぎたのかもしれない。 前に来たときは板で作られた飯野観音という標識があったのに今はもう壊されてしまった。あの標識は結構気に入っていたのにもう写真には撮れない。長い石段をあがって行く途中からはユーカリガ丘方面のビル群が眺められる。最も階段の下からでも見えるのだけれどなんとなく上から見たほうが気持ちがいい。本堂には手入れをする人もいないけれどしめ縄だけが新しい。以下、階段下にある説明です。 馬頭観世音菩薩(東徳寺) 『飯野観音』で知られるこの寺は、飯野山と号し、真言宗大聖院の末寺である。寺の創建等は詳らかではないが、過去帳によれば、元禄十六年(一七○三年)法印良快をもって中興の祖とし、本堂は文化二年(一八○五年)法印快盛の代の建立である。この馬頭観世音菩薩は領内農民の農馬愛護の為、進行されていた。さらに常夜灯等から、佐倉藩士殊に馬術に関係ある士に信仰され、参詣された霊場であったことが明らかである。 写真を撮影していたら年配のご夫妻が参詣していた。やはり来る人はいるようだ。記念写真を頼んだら快く引き受けてくれた。ご夫妻がいなくなってさらにしばらくすると白い車に乗った人がやってきて、車から降りるや否や 「なんだ、この部落のやつらは!正月だというのにぜんぜん掃除してねえじゃねえか!」とわめきちらし、掃かれずに散らかっている小枝を蹴飛ばし始めた。無視して写真を撮り続けていたら、また「なんだこいつらは・・・掃除もしねえで・・・」(あとはブツブツ言ってよくわからず)と怒鳴り始めた。野球帽をかぶったどっかの農家のおっさんのようだが、この地区の人ではないらしい。それでもおまいりをし始めたのは信心深いところもあるのだろうか。こっちはもう写真を撮り終わったし、用もないので、そんなに掃除してないのが気になるのならお前が掃除しろ、と思いながら相手にせずにせっせと引揚げてきた。心を落ち着かせようと思ってきたのに、反対に心乱されて帰るなんてとんだ初詣だ。帰り、また音楽ホールの前を通ったら、はかま姿の若者が数人、日の丸をはためかせたオープンカーの後ろに腰掛けて勇ましそうに通っていくところに遭遇。カッコ悪〜ッ。碌な奴に会わない一日だったような気がするけれど、今の世の中、新自由主義とかが幅をきかせる競争主義社会の中でココロがぎすぎすしてしまっている人も多いはず。そんな風潮の表れなのかもしれない。 |