太田金山―おおたかなやま―
新田(にひた)山 嶺(ね)には付かなな 我に寄そり 間(はし)なる児らし あやに愛(かな)しも (3408)
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太田市大光院 別名、子育て呑龍様 |
金龍寺 新田義貞供養塔在り |
物見台は展望抜群 今日は空っ風の強風 |
金山城跡の碑 車でもここまで登れる |
金山頂上 整備された金山城 |
月ノ池 更に大きな日ノ池在り |
金山頂上の新田神社 かつては本丸だった |
新田神社で記念撮影 東に筑波山展望あり |
八王子山と東京方面 埃で霞んでいる |
万葉の碑 金山の旧名は新田山 |
物見台からの赤城山 赤城おろしが冷たい |
左浅間山、中央榛名山も見えるのだが・・・ |
| 初詣はいつまでのことを言うのだろうか。年度の一回目だけを言うのだろうか。はたまた三が日以内に行けば初詣なのだろうか。これが初詣なのだとすれば今年はもう4回目だ。こんなことなら一年中初詣となってしまうのかも?いつまで正月気分なんだ!いいかげんにしろ!と言われるかもしれないが、太田市の大光院に行ってみた。たしか1月8日ころに近くまで来たのだけれど、時間が遅くて混雑もしているし道にも迷うという三重苦であきらめて引き返した。今日はその敗者復活戦、再チャレンジの日。最近この言葉、政治家の復党問題ではやっているけれどもそう簡単に再チャレンジなんて普通できるわけない。聞いてあきれるけれど、まあウォーキング程度ならなんとか使えそうだ。 「呑龍様のなで親しまれている大光院は慶長十八年(1613)徳川家康がその祖とした新田義重(源義家孫・新田氏祖)を追善するために創建したものである。」と大光院の説明にある、群馬では誰知らぬもののないお寺。群馬の上毛カルタの「お」の読み札は 「おおたかなやま こそだてどんりゅう」、「れ」の読み札は「れきしになだかい にったよしさだ」で、とにかく新田義貞は群馬県のヒーローなのだ。その新田氏の山城がこの金山城で近年整備されて金山公園となっている。 この前来たとき道を間違えたので今日は万全を期して5時起床、東北道佐野藤岡インタから50号線を西に走る。太田駅のほうに回りこまず、山の中を突っ切って行こうとして間違って金山の展望台まで登ってしまった。7時45分。ここからあるけば頂上はすぐ先だが、やはり下から歩くほうが楽しいだろうと思い、なんとか大光院まで下る。大光院の駐車場はガラガラだ。やはり初詣はもう終わり、人の気配はあまりない。いつもはそんな混んでるところではない。昨日が節分で豆がたくさん転がっていて係りの人が掃除をしていた。「ここから金山の頂上がみえますか?」と尋ねれば、「ここからは無理。」と答えてくれたが、あまり話したくないようなのでお礼を言ってから歩き出した。 どこが金山頂上なのかわからず、てっきり金山だと思っていたのは八王子山なのだと通り過ぎの人に教えてもらった。金龍寺をすぎてしばらく登れば東屋が出てくる。更に急坂を登るとさっき到着した尾根道の展望台のところに出た。同じところとはいえ感無量。太田市市街地方面はなんとなく霞んでいる。今日は冷たい北風が吹きまくっていて特に尾根に出たら半端ではなく帽子が飛ばされないように手で押さえるのに必死だった。かつての新田城の石垣がが復元されていて解説を読みながら頂上を目指す。尾根道にある物見台は標高が300mに満たない山とは思えないほどの展望に恵まれたところだが、山の名前もわからず尋ねる人もいないので先を目指す。 頂上付近に来ると月ノ池、日ノ池が見えてくる。ここは貴重な水場だったはずだ。かつての本丸、は現在新田神社が建っている。其処からは東側の展望が広がり遠く筑波山が霞んで見えていた。或るパーティの写真撮影を引き受けたらお礼に飴やチーズなどの副食をもらってしまった。いつも主食以外もって行ったことがないので断る理由もなくもらってしまってちょっとうれしい。食べながら歩くのも意外と楽しいし、なんとなく得した気分だった。 もと来た道を戻る。再び物見台の登り、ちょうど居合わせた方に山の名前を尋ねた。(本当はその人がいたのでわざわざ其処に登ってみたのだが)。北側に雄大な赤城山、北西に白く浅間山も見える。日光の男体山も北東方面に見えまさにパノラマだ。本当は富士山も見えるはずだが南西方面は霞んでいて無理だった。周りは関東平野で展望は抜群、金山と赤城山の間には平野が広がるばかりで雄大さを堪能できるところだ。それにしても風が強い。かかあ天下と空っ風が上州の名物だけれど、冬の冷たい強風の赤城おろしと宙にまう砂埃の荒涼とした雰囲気、これが上州なんだなあ、と小学校のときいつもそう思っていたことをあらためて実感した。北風小僧の寒太郎や木枯らし紋二郎の世界だ。そういえばNHKみんなのうたで北風小僧の寒太郎放送のときに群馬の高崎の道標が出てきたのも懐かしい。 いったん降りて八王子山に登ってみた。展望は金山とはくらぶべくもないが樹間から金山頂上とその尾根が一望できる。歩いてきたコースを知るにも好都合だ。普通観光客は大光院しか行かなかったりするが、それだけではもったいなく、ぜひこの金山に登るべきだろう。標高も高くなく、短い行程とはいえ抜群の展望のすごさに驚くはずだし、ついでに八王子山に登って金山を見るのもまた一興。穏やかな天候のときに登れば思い出の旅となること疑いなくファミリーにもオススメ。 ★この新田城は小田原北条氏が滅びたときにともに廃城となった。万葉の時代、この金山(かなやま)または別名、太田金山は、新田(にひた)山と言われていた。新田山の出てくる歌は万葉集に二つある。「新田山のように誰ともつきあわずいつも一人でいる娘は、私に寄り添って恥ずかしそうにはっきり態度に示せないのがいとおしい」の意味か?・・・頂上にも万葉の碑があるが今回は見落としたためまた次回となる。思ったより楽しかった一日。 |