越生梅林・山吹の里・黒山三滝・川越町めぐり
七重八重 花は咲けども 山吹の 実の(蓑)一つだに なきぞ悲しき(古歌)
![]() |
越生梅林 人も露天も多し |
「山吹の里」から望む 大高取山 |
「山吹の里」から望む (左)越上山と顔振峠 |
武者小路実篤の 「新しき村」美術館 |
黒山三滝から関八州見晴台に登りたい |
小江戸・川越のシンボル「時の鐘」 |
喜多院多宝塔 近くに五百羅漢もある |
江戸城の一つを移築した喜多院 |
| 3月3日(土) KY氏と5時半に待ち合わせ。昨夜時間が気になって1時くらいまで起きてしまい、どうなるか不安だったが起きたら4時だった。睡眠時間3時間で大丈夫かなあなどと考えるがとにかく準備を始める。風邪気味で薬を飲むために朝食を食べなくては、と思い葡萄パンをちぎって口に詰め込む。なんだか食欲なし。でも倒れることはないだろうと思い、薬を喉に流し込んで5時頃出かけた。薬のおかげでなんとなく治ったような気がして快調だ。暗い中、何年ぶりかに来たのでちょっと迷ったものの5時半K氏宅着。K氏の車でS氏を拾って5時40分出発。柏インタに入らずずっと一般道を使って行く。自分だったら考えられないところだが一般道が好きな人もいるだろうからこれは一概に悪いとも言えない。越生梅林まで3時間の道のりだ。遠い・・・。 8時30分「山吹の里」に到着。室町時代、大田道灌は川越の領主だった。そのときの有名なエピソードのなかに七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しきの歌が出てくる。そのとき古歌だったというからもっと古くに作られた有名な歌だったのだろう。大田道灌もそのときに意味がわからなかったことを恥じて大いに学びに励み名君になったと言う。職場の同僚の女性は高校時代に古典の授業でこの歌を習ったと言うのだが今はあまり人気のある教材ではないのかもしれない。山吹の里の頂上から大高取山と越上山が見える。でも山頂に一般の家屋も建っていてこんなところに建てるなよと言いたくなる。 次に武者小路実篤の「新しき村」の美術館見学。今となっては古い村となってしまったと感じられる。 さて次ぎは本命、越生梅林。自分の趣味から言えば梅林はちょっと・・・とは思うもののどんなところなのか見てみたかったのも事実だ。露天も多くて飲み食いには困らないところだが長居するようなところでもなさそうだ。一体花見なんて変な催し物は何処か別の国でもやっているのだろうか。中国にもこんな風習あるのかなあと聞いてみたい。酒を飲むことが目的で花見をする人もいるはずだが、そんな人は車で来ることは出来ないはずだ。 黒山三滝。いつか来たいと思っていた。でも駐車場から歩いて10分で着く観光地と化している。昔は奥武蔵のさぞ山奥であったろうけれど観光地化すればこんなに近くなるのも仕方ないか。本当はここからハイキングや登山を出来るのだがそれは又いつかということになった。 最後は川越の町の散策。今日一番よかったのはこれだろう。前が自動車道になっているのがイマイチ気に入らないが、かつての蔵つくりの町並みが続き、こんなに残っているのかと驚く人は多いはずだ。川越城本丸御殿には時間の関係で行けなかったものの、喜多院を見学。今度来るときはゆっくり全部を廻りたいものだと思いながら再び一般道で3時間以上かけて帰る。体の具合があまりよくなく時間がこんなに長く感じたことはないが、何とか無事帰宅した。すぐ寝床に直行、布団の中で軽い咳と頭痛でまぶたが重い。川越に行ってよかったという思いと具合悪いのに行くんじゃなかったという少しの後悔をしながら早く体調を戻そうと寝ることに必死になるがこういうときは寝るのもつらいと感じるものだ。今朝になっても症状は回復せず薬の生活が続き、数日後の晴れの舞台は大丈夫かなどと不安に襲われる。 我が家の相棒に川越の話をしたらぜひ行きたいと言っていたのでそのうち暇なときに連れて行って家庭サービスでもすれば相棒の機嫌も少しは上向くかもしれないとひそかに期待している。 |