西沢渓谷
見よ! 笛吹川の渓谷は、狭(せばま)り合って見上ぐるかぎり上流の方へ峭壁をなし、その間に湛へる流れの紺碧の色は、汲めども尽きぬ深い色をもって上へ上へと続いている。流れはいつまでかくの如き峭壁にさしはさまれているだろうか。(『笛吹川を遡る』田部重治)
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西沢山荘田部重治記念碑 上記の文が刻まれている |
二股吊橋 登山道に入って最初の橋 |
竜神の滝 滝が多すぎて頭も混乱気味 |
かえる岩 ふぐ岩というのもある |
さわぐるみ橋 方丈橋ともいうようだ |
展望台からの眺め 左から 鶏冠山・木賊山・破風山 |
トロッコ列車跡 昭和43年まで使われていた |
村営駐車場に下る 駐車場はがらがらだった |
| お盆あけで人も少なく歩きやすいだろうと思って西沢渓谷に出かけた。 8月18日(月)朝、6時前に目が覚め準備を始めて6時半過ぎには家をでた。。天候は不安定だが雨の可能性はない。我が家の相棒も行きたいというのでドタバタと準備、予定の歯医者はキャンセルするつもりのようだ。浦安付近を走っていたら急に渋滞し始め、やはりお盆も終わってみんな出勤で忙しいのかなどと思っていると、やがてワゴン車の横転事故のわきを通過、道路わきで一人が呆然と立ちすくみ、もう一人は上半身を起こして横たわっている。まだ警察も来ていない。みんなそれをわき目でみながら何もせず黙々と通過していく。高速道路は考えてみると変なところだ。事故が起きても誰も何も手伝わず、唯一安全に通過することだけが使命であるようなところ。交通情報で浦安での事故の一報が入ったと言っているのでもうすぐ騎兵隊は到着するだろう。 勝沼インタを降りて我が家の相棒は歯医者の予約キャンセルをしようと思うもののなかなか携帯がつながらない。仕方なく付近のコンビニの前の公衆電話で電話するも10円玉3枚しか入れなかったのであっという間に時間切れ。使えない50円玉をあせって一生懸命探して入れていたようだが、残念ながら50円玉はつかえないのはジョーシキです。なんではじめから100円入れないんだ、と文句を言ってテレフォンカードを貸してやった。 10時頃駐車場着。村営駐車場はがらがらだが、紅葉の季節は満杯だろう。名物がよもぎ餅だというので名物に目がない相棒は早速それを購入。しばらく歩くと登山口に西沢山荘が現れる。休業中らしい。田部重治の石碑がその前にあって【笛吹川を遡る】の出だしの一節が刻まれている。文章は上記のとおりだが、石碑は「上流のほうへ 見上ぐるかぎりの 峭壁をなし」となっているのはどうしてだろうか。石碑に彫るので語呂がいいように逆転させたのかとも思う。当時、笛吹川上流の西沢は人の通行は不可能と考えられていて、田部は東沢を遡ったのに、何でその碑が西沢にあるのかとも思う。なんでこれ、自動車の形なのかとも思う。でもまあたいしたことではないから気にするのはやめよう。 前半はずっと渓流沿いを登っていく。階段や鎖がなければ登るのに苦労するところもしばしばだ。流れの音も最初は心地よいもののずっと続くので少しは静かなところに行きたいという気もしてくる。七つ釜五段の滝で記念撮影をするもののなかなかうまく撮影できなかった。 コース最高地点からは下りのみ。かつて木材を切り出すためのトロッコ列車の路線があったところがそのまま歩くコースとなっている。このトロッコ列車を通すのも大変だったろう。昔の人の苦労が偲ばれるところを、いまではのんきに歩いて通過していく。途中、渓流沿いで弁当を食べていると、ごみも散らかっていた。こんなやからが登らないように、ここでいっそうのこと階段も鎖も橋もはずして本当に苦労した人だけが登れるようにコースの『改良』を提案します。 予定通り2時に駐車場着。「道の駅みとみ」でお土産を買い込んで5時半頃帰宅。いいところだと思う。鎖も階段もなければもっと感動すると思う。田部重治はあの時代もっと感動していたはずだ。夏もこれで終わりだと思うと寂しい。 |