子の権現 ・竹寺

子の権現  左に自重2tの鉄製大わらじあり

一般には子の権現の名で親しまれているが、正し
くは大鱗山雲洞院天龍寺と呼ぶ。天長9年(832)
子の年・子の月・子の日・子の刻に生まれ、湯殿山
で徳をつんだ子の聖が草ぶきの家を建てたところ
で、弟子の恵聖上人が聖人をまつったのがこの寺
である。                環境庁・埼玉県



竹寺 登山道から撮影

寺の特色は、明治元年の神仏分離令にもれたこと
でお寺とお宮が同居しているところにある。秩父の
三峰、都下の高尾、御岳山と同じ山岳仏教の系統
をひく。明治維新に行われた神仏分離令以前の混
淆の姿をそのまま伝えるのは、この八王寺が東日
本唯一のものである。       
環境庁・埼玉県

7:00 小殿バス停から北に
天正山入り口とある

8:00
 竹寺を正面から撮影


8:05 竹寺にある鳥居
本堂が後に見える

8:30 豆口峠 道標と解説板・神送り場がある

9:30 これは帰りの撮影
子の権現には9:15到着

9:35 子の権現本堂
すぐ近くに鉄のわらじあり

9:35 2tの大わらじ

10:40 竹寺の鐘楼堂
本堂より少し上に登る


    小殿バス停から竹寺・子の権現を往復した。子の権現から天目指峠を経て伊豆ヶ岳へ向かうコースもあるけれど、小殿までならば知っている道で行きやすい。
    11月19日(土)昨日、つまらない出張(まったく個人的な感想)があって仕事半ばで出かける。そのおかげでまた職場にもどって残した仕事をやっていたら夜8時近くになった。変な出張を引き受けなければよかったと思うものの後の祭りだが、どんな出張かを具体的にはここでは言えない。なにしろ最近は変なことを書いて解雇とか逮捕などと騒がれているご時勢だから、気をつけないと・・・。その後、帰宅してテレビを見てコタツで寝てしまった。起きたら午前3時すぎ。それから寝られなくなってしまって、ならば出かけてみるかというわけで4時半に奥武蔵に出発。冬の夜は長い。5時になっても6時になっても暗い中を走り、それでも八王子インタを過ぎる頃には明るくなってきた。7時小殿バス停着。無料で車を置かせてもらう。他に車を止める人も多いだろうなどと思っていたら、帰ってきたときにもやはり1台だけだった。あまり人気がないのだろうか。
    1時間登れば竹寺に着く。誰も歩いていないけれど、このコースは初心者向きのはずだし、シャカリキに登ることもない。竹寺の本当の名前は八王寺と言うらしい。神仏混淆だとか廃仏毀釈だとか当時の人々はどう思っていたのだろうか。誰もいないので写真を撮ってすぐに子の権現コースを急いだ。
    豆口峠の説明は次のとおりである。

   
 峠は隣村との連絡路であると共に、そこはふつう村境であることが多い。峠の近くには神送り場というところがあった。むかし悪い流行病などがはやると、村人たちは、夜中大ぜいで鐘や太鼓をたたいてここに駆け登り、頂上で疫病神を追い払うというならわしがあった。環境庁・埼玉県

    9時15分に子の権現。山門、本堂、展望台、大わらじなどをぶらぶらしながら見学した。ちょうど参道のお店が開店の準備を始めていた。遠くに棒の峰と大岳山が見える。朝の散歩の人もちらほらと訪れる頃、子の権現を後にした。スティックパンと水しか口にしていないが、何とか帰れるだろう。途中、竹寺の鐘楼堂による。南に展望が開けた落ち着いたところだ。あとはそのまま一気に小殿バス停まで降りてきた。11時15分。
    たしか2時間10分くらいで帰宅できたと思う。登山と言うほど大げさなものではなかったが、まさに山寺と言うべき二つの寺をめぐり歩いてこのごろのむなしさを一時忘れたかった。もっとも非常にためになると思っている人も多かったはずだからこれはあくまで個人的な感想である、とことわっておきます。1時30分頃には帰宅。