めがね橋
−碓氷第三橋梁−
―うすいねの 南おもてと なりにけり くだりつゝ思ふ 春のふかきを― (白秋)
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12:40 横川駅 JR信越本線の終着駅 |
横川駅名物 峠のかまめし 食べ終わると1時を過ぎていた |
1:25 鉄道文化むらの鉄道車両と裏妙義山塊 |
旧丸山変電所 1:45 明治45年建設 重要文化財 |
第一号トンネルを抜ける トンネルは5つある 2:25 |
3:15 めがね橋 横川〜軽井沢明治26年開通 |
かつて熊の平駅で売られていた碓氷峠名物力もち(元祖玉屋) |
4:30 坂本宿に残る「かぎや」 当時の雰囲気を残している |
| 碓氷峠の碓井第三橋梁は通称めがね橋と言われ、国の重要文化財になっている。信越本線の横川駅からめがね橋まではかつての信越本線の跡地を利用してハイキングコースが整備されている。 7月28日(木)急遽、碓氷峠まで行ってみようという事になり年休。9時前に出たと思うが、すでに三日もたってしまって記憶はあやふやだが、とにかく混んでいたことだけは事実でカーナビに従って行くのも考えものだ。大泉ジャンクションですでに2時間近くを費やし、どうなることかと思いながら関越道から上信越道を走り、何とか12時半に横川に到着した。鉄道文化むらの駐車場は有料、うまい具合に町営駐車場に一台分あいているのを見つけそこに車を止めた。ただしここは狭いので駐車可能台数は少なく、よほど運よくないととめられないと思う。 昼食に釜飯を食べて1時過ぎに歩きだしてみるものの、あまりに暑い日だからか、誰も歩いていない。直線部分はずっと遠くまで見えるのだが人っ子一人いない。こんな暑い日にあるってみようというものずきはいないということだろうか。熊や猿だってこんなに暑ければひかげでのんびりしているはずだ。文化むらからとうげのゆ駅までトロッコ列車が走っていてすれ違い、歩くのやめようかという気分になった。 丸山変電所からとうげのゆ駅を超えて1号トンネルの入るとやっと涼しさを満喫する。何しろここまでろくな日陰はなかった。そのぶんトンネル内の涼しさは答えられない。ようやく数人とすれ違い、やはり人が歩いているということはほっとするものがある。こんな暑い日に歩くのは非常識、というわけでもなさそうだ。トンネルは1号から5号まで続き、5号トンネルを過ぎるともうそこがめがね橋だ。 めがね橋はレンガ200万個を使って作られたと言われる美しい橋で、車で来る人も多い。すぐそばに駐車場があり数台止められる。めがね橋の上を歩き、下まで降りて写真撮影。かつて、横川、軽井沢間は急勾配で難工事だったらしく、開通したのは明治26年だった。トンネル内の煙の悩みを解消するために電化することになり、丸山変電所が作られた。かつての難ルートも今は楽しいハイクコースである。 今のところコースはここで終わり戻らざるを得ない。もと来た道を戻るか一般道をもどるかだが、一般道を選択し、途中で力もちを食べるために元祖玉屋に寄ったりして、意外と時間を食った。かつて栄えたであろう坂本宿をつっきる。この宿場町は信越本線が完成してからは宿泊する人も少なくなり、碓氷峠超えには絶対必要であったであろう坂本宿はしだいにすたれていった。いまはもう旅籠はなくなっているらしいが、当時の宿場町の大きさを実感することが出来る。 玉屋で聞いた話だが、めがね橋から更に先までハイキングルートを延長する話があるようだ。現在は第6号トンネルから先は通行禁止となっているけれど、群馬県としては旧熊の平駅までルートを伸ばして観光の目玉としたいようで、その時は名物力もちも熊の平駅でまた売られることになるのだろう。お気楽ウォーキングもますます楽しいものになるはずだ。 帰り、裏妙義に登る登山口を見つけるのに苦労したが、地元の人に聞いたりしてなんとか登山口の駐車場まで行ってみた。おそらくはじめて来たらわかりずらくて道を間違える可能性が高い。最近なかなか涼しいところにいけないのが残念だが、限られた時間の中でよく横川まで行ったと思う。碓氷峠までは行けず引き返した。今日横川に来る目的の一つが登山口の確認だったからそれも果たして満足し5時半頃出発。再び渋滞して9時に帰宅。 ★つい100年前には本当に山奥だったはずなのに鉄道や自動車道が開通しずいぶん開けてしまった。横川でかまめしを買うのが好きだった人も多いだろう。熊ノ平までコースが延びたらまた歩いてみようと思う。 ―うすいねの 南おもてと なりにけり くだりつゝ思ふ 春のふかきを― (北原白秋『碓氷の春』)白秋のこの歌はコース沿いに碑が建っているので見逃すことはない。 |