水沢山・水沢観音
−榛名山の寄生火山−

伊香保ろの やさかのゐでに 立つ虹の 顕(あらは)ろまでも さ寝をさ寝てば (3414)
    


水沢山頂上
中央に二ッ岳、左の雲に隠れている山は相馬山

水沢観音駐車場から水沢山を望む



9:30 水沢寺観音堂と六角堂
まだ朝早いので人は少ない

10:58 頂上まで400mのところにある12体の観音像

11:02 稜線に咲く野生の彼岸花
トリカブトも咲いていた

11:33 頂上からの渋川市街
小野子山・十二ヶ岳は雲海の中

11:37 榛名山塊の二ッ岳
左の相馬山は常に霧に隠れていた

12:58 水沢山の仁王門
駐車場からだと見落としがちだ
2002年10月1日(金)
     朝6時20分頃出発し、一人で水沢山に行く。平日なので首都高のラッシュアワーに巻き込まれたが、我慢して走り続けなんとか水沢観音までたどり着いた。水沢観音には大駐車場があり車の駐車に不安はない。平日でかつ朝早いのでまだ人はほとんどいなくて参道の店も準備中のようだ。

     観音堂の近くにある鳥居をくぐって階段を登り飯綱大権現の前をとおり水沢山を目指す。林の中を登っていく。下に栗のイガがたくさん落ちているので、栗の木が多いのだろう。熊注意の看板も気になる。栗を取りに来るなどということもあるかもしれない。人も絶え間なくというほどでもないが歩いているのだし、こんなところにまずでないだろうから大丈夫だとは思うが、いちおう鈴を鳴らしておくことにした。

     半分くらい登るとお休み石という場所があり、そこで休憩していると元気な中年おばさんに抜かれてしまい、結局頂上まで追いつけなかった。「お休み石」からは急坂となり、ロープの張られた場所もあり気は抜けないが、稜線に出ると12体の石像に出会う。水沢寺観音堂のところに12体の像があってそれは本尊を守るためのものらしいから、この稜線にある12体の像も同じものだろう。おそらく、推測に過ぎないが、かつてはこの山の頂上に奥社があり、それを守るためにおかれたのか、あるいはたとえないとしてもこの山自体がご神体でそれを守るためにおかれたものだろう。とにかくあと400mで頂上だ。

     多少のアップダウンを過ぎると頂上。5人ほどの人が休憩中だった。「そうだいね〜」などというまるで自分の叔母みたいな口調を聞くとおそらくいずれも群馬の人らしい。口々に自分の家族の話や山の思い出を語っている。どうも家にいるよりは山に登るほうがずっといいなどと言っているようだ。孫の面倒なんかみるよりもこっちのほうがずっと楽しいらしい。

     展望はいいはずなのにあいにく今日の天候は雲が多く、市街は見えるものの十二ヶ岳や小野子山山は雲海の中に隠れている。反対側の榛名山はといえば、下からどんどん霧が湧き上がってきて相馬山はほとんど見えず、全体にうっすらとしている。なんとか二ッ岳が見えた時点で写真を撮っておいたが、相馬山は見えることはなかった。一緒にいたご婦人たちによると、ここはこのへんでベストの展望が得られる山であり、冬もあまり雪は降らないからそのときにくれば遠くアルプスまで見渡せると言う。それでも雲海を見たたででも高いところにきたような気がする。1200mあまりの高さでもどんどん霧がわいてくるのには驚いたが、それも自然が豊かな証拠だろう。

     何分待っても霧は晴れないので途中で眺めればいいかと思って30分くらいで下山開始。休まなければ一時間で下れることがわかった。水沢寺に着くと多くの観光客がすでに訪れていて朝のひっそりした雰囲気はすでになかった。こんな平日に・・・と思って耳を傾けると団体客は中国語を話している。台湾からだろうか、いま尖閣諸島でもめている本土からではないだろう。駐車場から見上げる水沢山は高く見えて圧倒的な存在感があり、たとえば雨引観音と雨引岳の比ではない。お土産に水沢饅頭を買って2時間40分くらいで帰宅。晩秋初冬は好展望が期待されるので次回また登ることにしたい。

     ★万葉の碑が二つあるが、一つは登山道の途中、もう一つはふもとの駐車場の近くにあり、いずれも同じ歌が解説とともに立てられている。その歌が上の歌で、「やさかの
ゐで」というのは「八坂の井堰」、すなわちこの近くにある船尾滝から流れる滝沢川に設けた往古の堰堤だと言われ、この堰堤に灌漑された付近の農民の民謡のようなものだったというのが通説である。万葉集中唯一の虹を読み込んだ歌でもあるが、斉藤茂吉はこの虹の発音は「のじ」だと言っている。
 抄訳「伊香保(榛名山)の八坂の堰堤にかかる虹のようにはっきりと二人の仲が知られてもいいくらい一緒に寝てみたい」 
農作業中に女性たちが歌った労働歌なのだと思う。

登山道途中の碑

ふもとにある碑