尾瀬ヶ原・吹き割りの滝
―the largest highland marsh in Japan―
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鳩待峠はハイカーでいっぱい ここから尾瀬ヶ原に下る人気コース |
牛首付近から望む至仏山 至仏山は残雪がかなり残っている |
竜宮小屋からの燧ケ岳 午後に天気はどんどん回復した |
水芭蕉は咲いていたがもう最盛期は過ぎたのかどうか素人には不明 |
かつてはここを十字路と言ったが、今は見晴らしと呼ばれている |
5月30日(日)吹き割りの滝 滝は吹割 片品渓谷(上毛カルタ) |
| 尾瀬の思い出といえば,・・・などと、いかにもいったことがあるかのように語りたいところだが、実は行ったことがない。唯一、尾瀬らしい思い出はNHKのドラマ「尾瀬に生き、尾瀬に死す」を見たという思い出があるばかりだ。平野家三代の歴史を描いたこのTVドラマは確か4回くらい放送されたと思ってインターネットで調べてみたら単発の2時間の作品だった。若かりし頃の渡辺謙や宮崎美子がでていて今でもあのドラマはよかったなあなどと思ってしまう。DVDにならないのはもうすでに原版がないのか、あるいは著作権の関係なのかもしれない。25年位前の作品だが、あのひょっこりひょうたん島だってリメイクしたのだから、原版がすでにもうないのならリメイクしてもよさそうなものなのに、なんとかもう一度見られるようにならないものなのだろうか・・・・残念。 今回、K氏の誘いに乗って始めて尾瀬に行ってみた。普通の週末に1泊で行くというのは今までになかったことなのでやや躊躇したが、こういうチャンスでもないと行くこともないだろうと思い思わず「行ってみようかなあ」とこたえてしまった。 5月29日(土)6時にK氏宅前という予定なので前日の夜、早く寝ようとするもののいっこうに寝付けない。寝ようとすればするほどますます目がさえてしまって、仕方なくパソコンで書評などを読んだりして時間をつぶして3時半になった。こんなことで6時集合は本当に大丈夫なのか不安で仕方ない。目覚ましをセットしてようやく布団にもぐり、なんとか5時過ぎに起床。寝不足だが出かけるしかない。冬なら真っ暗だろうけれど、この季節はもう明るい。たいした準備もせずに一路K氏宅へ出発。途中道を間違えたもののなんとか6時過ぎに到着した。いつも朝行き当たりばったり出でかけているので時間指定されるとなかなかおきるのがつらいものがある。天候は曇りみたいだが晴れてくるのを期待しながら、一緒に行くS氏宅前でS氏を乗せて尾瀬に向かう。 沼田インタから戸倉の駐車場に車を置きバスで鳩待峠に着くと多くのハイカーが集まっている。。ここから尾瀬ヶ原にくだっていくのがもっともポピュラーな最短ルートだ。この季節、ちょうど水芭蕉が見られるのでそれも人気がある理由の一つだ。尾瀬ヶ原西端に降りると多くの人が昼食を食べていて私たちもその仲間と化した。至物山には寝雪がまだかなり残っている。 燧ケ岳のほうに向かって歩き出だしてワタク氏の歩くペースの遅さに改めて気づかされた。だらだら歩くのがすきなのか昨日の寝不足のせいなのかわからないが、スピードはまったく上がらない。水芭蕉がたくさん咲いている撮影スポットもうっかり通り越してしまい、あわてて戻る。水芭蕉は英語でスカンクキャベjッジというらしい。なんだかあまりいい名前ではないけれど日本語だとものすごく素敵な名前になっている。イメージがぜんぜん違うのではないかと思う。夕方とてもいい天気になった。竜宮小屋一泊。 翌朝7時出発し、見晴方面に向かう。燧ケ岳は曇っていてよく見えない。「見晴」はかつて「十字路」と呼ばれていて登山道がちょうどここで交差しているところで、宿泊施設が集中している。そこから東電小屋のほうに向かってヨッピつり橋をわたり牛首に戻ったが、やはり昨日と同じくのろのろ歩いているので遅れをとった。しかし、いつものペースもこんなものなのだと思う。鳩待峠に上り返すのもこの調子はかわらずようやく着いたときは、先を行く二人は昼食の弁当を食べ終わっていた。あわててワタク氏も弁当を開いて食べ始めたのだが、竜宮小屋でつくってもらったおにぎりの大きさにびっくり。何とか食べ終えた後でちょっと気持ち悪くなって車に酔わないか不安に襲われる。全部食べたことを後悔した。無理することはなかったと思う。 戸倉に着いて温泉に入る。700円。いつもは帰り道は寄り道せずに一路家を目指すだけなので温泉によることも初めてだ。いろんな楽しみ方があるものだ。ついでに吹き割りの滝に寄る。豪快なこの滝はふと日本の滝であることを忘れさせてくれるほどで、転落事故もおこっているのだとか。警備員の人が常時警備していて白線をこえて滝に近づく人がいると警備員の責任問題にもなりかねないからだろうか、ものすごいほどの音量で警笛を鳴らして注意されていた。 結果として歩くのは遅かったものの充実した二日間を過ごさせてもらったことを感謝したい。燧ケ岳を目指すのはいつの日か。5月30日午後5時ごろ帰宅(したと思う)。今度行くときはみんなを連れて行くよ、と帰宅してから相棒には弁解しておいた。 |