関宿城博物館
関宿城址

関宿城博物館のあまりに立派な建物
素人なのでお城の雰囲気を楽しめればじゅうぶんです



博物館を駐車場から眺める
12時やっと着きました

城の入口の様な博物館入口
猿島茶と水運の展示あり

ここからは筑波山が大きい
広場でのんびりも可能

関宿城博物館の全景
時間に追われ名残惜しいです

道の駅「境」もお城みたいだ
昼食休憩

道の駅境のけんちんうどん
私氏はけんちんそば580円
    11月26日(土)昨日、妙義山へ行こう、と誘ったのに家のみんなに却下される。こちらもそれほど気合を入れて誘ってないのであきらめも早い。

    それでも今日はいい天気だ。朝早くから洗濯、朝食準備、と忙しい。何とかけりをつけ10時近くなり、山ではなく、関宿城跡ならと思って我家の相棒を誘うとそこなら行ってもいいと言うので早速準備。食器洗いを引き受けて済ませてからいざ出発。10時前だった。

    16号線が呼塚あたりで渋滞。もっと早く出ていればと思うけれど、家にも事情はあるから仕方ないところだ。柏インタを過ぎると何とかうまく走り、2時間10分くらいで到着した。天守閣を模した博物館とはいえ、素人なのだから~雰囲気を楽しめればそれだけでじゅうぶんだ。

    展示内容は関宿付近の治水の話。利根川と江戸川の分岐点に当たる関宿は昔から水路で栄えたようだが、道路や鉄道の発達に伴い、寂れていった。水害をイカに克服するかは大きな問題だった。人々の水害に対する苦労はおおかったらしい。

    関宿城は今から500年前に梁田成助(やなだしげすけ)(足利成氏の家臣)が建てたとされる。関宿は重要拠点で、江戸時代は佐倉城ゃ忍城とともに江戸を守る重要な城であった。関宿は徳川家康の弟松平康元が治めたのが始まりで、以後、小笠原、牧野、板倉、久世各氏が藩主となった。久世氏は10代にわたりここを治め、このうち4人は江戸幕府老中を勤め、領民からは「久世さま」「久世のお殿様』と呼ばれていた。明治になって取り壊された。(と解説の受け売りです)。

    利根川を越えればもう茨城県。筑波山の姿も大きく見えるが今日は霞んでいて写真写りも悪い。上の写真は筑波山の姿がはっきりするように画質を少し調整したもの。天気が許せばものすごくいい展望に恵まれるはずだ。展望台からは赤城、榛名などの上州の山々、日光連山、スカイツリーなどの見えるらしいのだが今日は目を凝らせはうっすらと見える程度。次回を期待しよう。時間が許せば弁当持ちで周りの公園で昼食でも食べてくるのがベターでしょう。

    道の駅さかいまでは利根川を越えるとすぐだ。昼食を食べてついでにお土産をゲット。せっかく来たことだし、楽しく帰りたい。4時半帰宅。関宿は千葉県とはいえ遠かった。一般道をさかのぼるしかなく、自宅からは南総よりも辺境の地だ。最近県内の安近短名場所ばかり。遠出をする体力もなくなってきたこのごろだが、でも出かけられるだけ恵まれている。できるなら下から上って行く山城のほうが好みだけれど、体力気力が回復した頃にまた歩くことは出来るだろうし今日は展示内容よりも行ったという事実に満足。付き合ってくれた人(?)にも感謝の一言に尽きる。