峯の薬師
−武相4大薬師−
| 果状 明治二十年十二月十五日朝、相州三澤村 峰の薬師境内に於いて果合い致可候 当方二名約定違え間敷候 檜垣流唐手術 檜垣 鉄心 源三郎 姿三四郎殿 |
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水の苑地の駐車場1時 |
東参道中沢口の入り口 |
暫く行くと樹林帯となる |
峯の薬師到着2時10分 |
姿三四郎決闘の場の石碑 |
薬師堂右を行くと通天橋〜奥の院 |
薬師堂通天橋で説明を読む |
通天橋から津久井湖、東京方面 |
| 1月7日(土) 嶺の薬師は一般的な呼び名で、ほんとうは大覚院東慶寺という。 10時半出発。いつもどおり。しかし、八王子バイパスの出口で渋滞し、さらに駐車場を見つけるのに手間取り、峯の薬師参道を登ってはみたものの、車でいけるのか心配なほどの細い山道となったので途中で引き返し、津久井湖沿いの水の苑地という駐車場に車を置いたのは既に1時となっていた。本当に登れるのか不安を抱きながらまずは車道を歩く。バス停もあるがほとんど走ってないからあてにはならない。 ようやく東参道入り口から登り始め次第に樹林帯に入っていく。さっき車を止めようとした場所まで歩いて30分くらいで通り過ぎた。意外と歩けば近いものだ。景色はだんだんとよくなってきて津久井湖が眼下にはっきりと現れてくる。峯の薬師手前で大展望がある。 峯の薬師2時10分。境内には車を止められる広さがあり、今日は参拝客もほとんどいないのでがら空き状態。車でくればよかったと思うものの、やはり歩いて登ってこそのありがたみがあるものだと思い直した。境内からは木々の間からの展望があり、近くの津久井湖、城山、八王子市街、遠くの横浜、新宿方面であろう高層建築まで良く見渡せる。姿三四郎の碑もここにたっている。ここ峯の薬師境内はは姿三四郎が桧垣兄弟と果し合いをした所である。 そこから鐘楼堂、尾崎咢堂(行雄)の碑、を通り過ぎて薬師堂にいたる。通天橋付近から大展望が広がり、おそらくそこからがこのコースの一番の展望が得られるのでそこまで行く価値はある。さらに上を登れば奥の院があるが、今風な建築で雰囲気はあまりない。もっと小さな祠でも建てておくだけでよかったのにと、これは個人的感想。もっと進めば峠を越えて高尾山のほうに歩いていけるのだが、そんな計画ではないし、ここで元に戻る。 境内でおにぎりとパンの昼食。冷たい風が吹き、イマイチ落ち着かないが、温かいお湯を持ってきてよかった。樹間に展望を眺めながらの休憩でようやく一息を着いて下りにかかる。下りははやく40分ほどで駐車場に戻ってきて、2時間かけて帰宅。 峯の薬師へ行くにはバスが参道入り口まであるが、東参道はあまりバスがないようだ。表参道は行ったことがないのではっきりいえないが、鉄道で駅から乗ってくるには使えるだろう。駐車場は峯の薬師にあって普段はここまで登れる。ただし、正月などはやめたほうがいいだろう。途中ですれ違うのに苦労するし、満車のこともあるだろうし。水の苑地というところに公営の駐車場があり無料。車で行くならそこを利用し、残りを足で歩くのが一番だと思う。もっと遠くに止めるなら更に駐車場はあるはずだ。 峯の薬師は明応元年(1492)創建、東京の新井薬師、高尾山の薬王院、大山の日向薬師とともに武相(武蔵相模)四大薬師の一つ。昔から武蔵、相模の人々に、生命を守り、心身の病を治す薬師様として、厚く信仰されている、そうです。 ★富田常夫作の小説「姿三四郎」のなかで檜垣兄弟はこの峯の薬師境内で姿三四郎と決闘する。その果たし状が上記の通り。石碑の裏に書いてあったものを利用しました。 |