熊ノ平・めがね橋

日の暮に 碓氷の山を 越ゆる日は 背なのが袖も さやに振らしつ [3420]

秋の夕日に 照る山紅葉 【文部省唱歌】

一番右の10号トンネルから出てくると旧熊ノ平駅があった平地に出る。写真は歩いてきたトンネルを振り返って撮影。11:50
かつて単線時代、列車の待ち合わせ場所で観光客であふれていたが、今はひっそりと往事を偲ぶばかりだ。

鉄道文化むらと裏妙義

碓氷峠の関所跡(上毛カルタ)

トロッコ列車車線と遊歩道

第一号トンネルを通過
8月18日(日) 晴 

   朝4時出発予定。就寝1時過ぎ。5時起床。睡眠不足に負けてたまるか、などと強がっても年には勝てないとあとになってわかる。のんびり夏の思い出に出かけるとするか。6時出発。

   意外と自動車道は車が走っている。藤岡JCから分かれて軽井沢方面に向かう車は多い。松井田妙義インタを降りてすぐに鉄道文化むらに到着。8時40分。

   ウォーキングトレイル アプトの道 と名付けられたハイキングコースを歩いて行く。。かつての信越本線は横川から軽井沢間は廃止されたが、昨年、熊の平駅までがコースとして整備された。それまではめがね橋までだったので、その先まで行ってみようというのが今日の計画。暑くて調子は出ない。

   峠の湯はついこの前、火事になったので、今は閉店中。めがね橋はさすがに観光客が多い。さらに先を進み、10個目のトンネルをくぐり抜けるとようやく旧熊ノ平駅だ。プラットホーム、変電所、線路などの跡が残る。夏草の茂る廃墟の雰囲気。昼食。

   下り。とは思わなかったのに、歩き始めると下っているのだとわかった。登ってくるときはずっと水平に近いところを歩いていると思っていた。睡眠不足、運転疲れ、と思っていた疲労は、ずっと登っていたので余計疲れたのだとわかる。馬力が全然でなかったのはこのセイだ。

   玉屋のところでわかれて みんなが玉屋で力餅を食べている間に、ワタク氏一人だけ文化むらのところまで歩き、車を取ってくることにした。暑い中を必死に歩くのは辛い。妙に長く感じる。トロッコ列車に抜かれずなんとか車まで歩き、みんなを迎えに車で戻る。車だと5分モカからないような気がした。

   たかが列車の登っていた坂道、などと甘く見るなかれ。暑さや睡眠不足も理由の一つだが、ずっと上り坂なので結構疲れるからそれがいやな人は車で熊ノ平まで行ってしまおう。。熊ノ平はかつて駅であっても今はその廃墟以外何もないところ。ひょっとして駐車場の方に行けばなにか売っていたのだろうか?文部省唱歌の「もみじ」は、ここ熊ノ平を歌ったものだと言われている。秋の紅葉はきれいなのだろう。

   万葉の時代、碓氷峠は今の碓氷峠とは違うところを超えていたというのだが、どこだったのかはもうわからなくなってしまった。防人もこの碓氷峠を越えていったと思うと、人々のつらさが偲ばれる。

   
夕方、碓氷峠を越えて行った日、あの人はっきりと袖を振って別れて行った というような意味でしょう。それにしても、これくらいのコースで疲れ切っているようでは先が思いやられる。