天覧山・多峯主山

−入間道の 於保屋が原の いはゐづら 引かばぬるぬる 我にな絶えそね 3378 −

11:30頃 多峯主山頂上 
おそらく川苔山方面の展望と思われるが自信なし



十六羅漢を過ぎていわばを登ると頂上に着く

天覧山頂上からの展望 遠くに大岳山が見える

天覧山からの富士山の展望 その前は馬頭刈山だと思う

天覧山だけでは物足りなくて、多峯主山を目指して登る

ここに集まり雨乞いをしたという水の涸れたことのない雨乞池 

常盤御前の墓があったと言われる場所に石碑が建っている

入間川の流れる吾妻峡の入間川をドレミファ橋で渡る

飯能河原で再び入間川を渡り駐車場を目指す
  12月28日(土)晴 7時半出発
  川越まで順調。今日は里帰りのピークになると言われているのにどうしたことか自動車道は空いている。しかし、川越インタを降りてから一般道になるとやや混み気味となった。コンピニによったりして10時前には市民会館に着く。

  天覧山までのんびりと登っていく。何も持たずに登っていく人もいるから、この地域の人にとっては朝の散歩コースなのだろう。犬の散歩に行く人もいると思われる。山頂は展望抜群。秩父の山々はもちろん、東京方面の高層ビル群、スカイツリーもよく見える。我が家のアイボウは標高千メートルと勘違いしていた。実際は百メートル台で200m弱というところ。千メートルもあれば雪の世界になっているかも。

  多峯主山を目指す。「とうのすやま」と読む。天覧山だけでなく、もう少し歩きたい場合はそこを目指そうというわけで、我がパーティも出発。見返り坂ではなく、尾根道を通って頂上へ。ここも展望抜群だ。途中で出会った方が東京タワーの見つけ方を子供たちに教えてくれた。スカイツリーは誰でもわかるので話にならないらしい。もちろん東京タワーも発見。昼食おにぎり3つを食べながら一時を過ごす。

  徳川綱吉の江戸時代、飯能の領主だった黒田直邦の墓を過ぎて雨乞い池に下る。二代目直純のときに房州久留里城主にもなったと書いてあるが飯能の領主も続けていたようだ。千葉県と意外な接点あり。

  常盤平から常盤峠にでると、石碑がある。かつてここには常盤御前の墓があったと言われるが、今はなく、石碑が建つのみである。

  八幡神社のあるコースをくだり、車道を突っ切って吾妻峡に向かった。入間川をドレミファ橋で渡る。夏なら人気あるところだろうけれど、冬はほとんど誰もいない。そのまま河原をあるき、いったん車道に戻ってさらに飯能河原で渡り返せば市民会館は近い。地図を片手に幾度か迷いながら、なんとか駐車場に帰ってきた。河原まで歩けたと思うと意外と好印象。巾着田も近いから今度歩いてみよう。

  帰りは自動車道優先のモードにして狭山日高インタから約2時間弱でノンストップで帰ってきた。4時半帰宅。

  かつて万葉時代、入間道は何処を通っていたのかわかっていない。「おおやがはら」も別の市、たとえば越生市の大谷だとも言われるが何処だがわからない。まあわからなくてもこの辺と思えばこの辺に思えてくる。 いはゐづら というのは蓴菜のこと、我にな絶えそねは「私との関係を切らないで」ということらしい。この辺一帯が入間路に近いと思えるという強引なこじつけで載せておきました。入間川も流れていることだし、・・・

 最近、低山ばかりだけれど、歩けてよかった。いつまで歩けるだろうか。