筑波山
妹が門 いや遠そきぬ 筑波山 隠れぬほとに 袖は振りてな 3389
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一の鳥居から先はかつてご神域だった |
筑波山麓はミカン生産の北限だった |
この時期、道路は渋滞し駐車場は満杯 |
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筑波山大聖院と鐘楼 初詣参拝客は少ない |
筑波山神社は初詣客のなが〜い列が続く |
御幸ヶ原に冷たい北風が吹く 長居したくない |
女体山から南側の展望 平沢官衙遺跡も見える |
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1月3日(木)初詣に行こうといっても、「行かな〜い」「ちょっとレポートを書かねばならないので東京の美術館へ行かなきゃ」「実家に挨拶に行く」「昨日初詣に行って歩いたからもう行かない」などと家族の誰からも言われ、それなら俺一人でも行ってやるという気持ちになり、筑波山に出かけた。10時45分。朝の食事の後片付けとかいろいろやることがあるのでこの時間になるのはしょうがない。 平沢官衙遺跡から旧神郡街道を通ってつくば神社へいつもの通り道。今日も風邪がすごくて冷たい。今は筑波おろしの季節だ。とにかく、この前と同様、遺跡から旧神郡街道分岐までの間で風が激しい。街道に入れば風はややおさまり、後は一直線に北上すれば神社に着く。 いつ来ても筑波山は雄大だ。電柱の列が杉並木だったらもっと雰囲気はいいだろうになどと思いながらひたすら歩く。一の鳥居で休憩。サンドイッチを食べる。もうすでに1時に近いし昼食休憩してもいい頃だ。この鳥居から先はかつてご神域だったところなのだが、いまでは家々が立っている。いつのころからか人も住み着いてしまったようだ。みかんの木がある家々も多い。みかん栽培の北限とされるのは万葉集の歌に読まれているのを見てもおなじみだ。 自動車道を横切る。特に二本目の道路は車で渋滞中。この時期、車で来るのはやめたほうがいい。大聖院のところに出る。ここにお参りする人は少ない。みんなメインの参拝路である筑波神社のほうに登ってしまうからだ。筑波神社のほうに回りこむと案の定、大混雑。お参りするのもめんどくさいのでそこをすり抜け、ケーブルカーの駅まで登る。時間的に全部歩くのは無理と判断し、のぼりはケーブルカー、くだりは歩こうと決意。片道切符を買った。乗り込むと御子様連れのファミリーが多く、次に男女ペアの二人連れ、若者の集団などが多い。一人できて何が楽しいの?という感じもしないでもない。 御幸ヶ原に着くと冷たい強風。「さむ〜い」と言う声がいっせいに聞こえる。女体山のほうだけ登ってすぐ下山しないと暗くなりそうなのでひたすら山頂を目指す。山頂着3時40分頃。一人旅であろう女性と写真を撮り合い、5分くらいいてから下山開始。寒いので体を動かしていたほうがいい。御幸ヶ原からケーブルカー脇の下山道を使おうと考えていたのに、神社まで下山ならともかく、平沢官衙遺跡まで歩くとなると明るいうちに着く自信がない。この寒い中歩くのもなあ、などと弱気になり下山の片道切符を買ってしまった。長い列の最後に並ぶとそこは駅の外で北風が吹きすさび耳が痛い。早く列が動いてくれと思いながら10分以上待つ。つらい。4時半神社に戻るとさっきより更に長い初詣客の列。山頂に比べればここは風があまりないし、人も多いからほっと一安心。筑波饅頭をお土産に買ってさらに下る。 必死に歩き続けて旧神郡街道分岐から遺跡までの道路に入るとすでにもう暗くなった。5時過ぎ。日が沈んでも西のほうがうっすらとまだ明るく、東側の山々のスカイラインが闇に消えることはないが、それでもあたりは街灯がまばらで相当暗く、歩く人はいない。道を迷ったのかという不安もでてくるころ、なんとか駐車場着。5時半。夏なら快適に戻れる時間のはずだが、冬の日の入りは早い。 帰り。利根川を渡る橋が混み、2時間10分かかってようやく帰宅。7時半。遅かったと思っても、出かけたみんなが帰ってきたのは11時半だった。眠り込んでいたところを起こされ、駅まで車で迎えに行く。誰も付き合ってくれなかったなあ、明日は出勤・・・ ★妻のいるところから遠くに来てしまった。筑波山が見えなくなるまで袖を振ろう。の意味。何気ない動作しか書いていないけれども、二人の関係が温かく伝わってくる。筑波山は歌の世界でも名峰だ。 |