裏筑波G
羽鳥道part2

― 男神に 雲立ちのぼり 時雨ふり 濡れ通るとも われ帰らめや(1760) ―

11:11 男体山頂上 りんりんロード真壁休憩所から約4時間
女体山ほどの展望はなく写真も撮りにくい カメラ finepix f710



7:34 旧真壁駅から15分 霜−3℃ 寒い りんりんロードより

8:57 車道と山道の交差が続く 山道は倒木多く歩く苦楽あり?

10:16 薬王院コース合流後に少し戻り寄り道した坊主山頂上 

11:27 御幸平は閑散としていた 土曜日なのに年末だからか

11:57 女体山頂上 御幸平で休憩10分 14時旧真壁駅予定‥

14:11 羽鳥道からの筑波山 登った満足感有 旧真壁駅14:45
12月23日(土)
    今日は晴れということでこの前羽鳥道を登った時に大滝不動で引き返し頂上に行かなかったので再度同じ道を歩くことにした。この前は道に迷ったし、地図を見る時間も多かったし、羽鳥道を外れていくつかの神社やお堂に行ったり来たりして時間をつぶしたのが大きい。大滝不動ですでに12時だったのであまり焦って登ってもよくないと思い帰りが遅くならない時間に引き返した。今日は寄り道せず頂上に行ければいいという思いだ。

    朝から寒い。いくら晴れと言っても朝の7時でマイナス3℃で畑は一面の霜が降りている。歩けば暖かくなるだろうと思って出発したがりんりんロードを歩いていても顔が寒さで凍りそう、というのは大げさか。ようやく山に日が当たってきて道も日の当たるところまで歩いていくと太陽の暖かさの喜びを実感できる。25分くらいで桃山中学校のところをロードを外れて羽鳥道に入っていく。7時45分でこの前は8時半だったから45分も早い。

    どこにもよらず羽鳥道を直進。途中に羽鳥薬師堂や八坂神社があるのでその横を見て通過する。歌姫明神や観音堂は当然カット。一応石鳥居はくぐろうと山道優先でどんどん上る。倒木が多いと言っても一度来た道だし先が読めるので心配はない。椎尾林道付近に出てからあと少しは車道歩き。鬼ヶ作林道出会いを過ぎればすぐに男の川登山口に着くが、きょうはそれ以後のかつての信仰道、男の川コース、を登る予定。

    車で来ている中年女性二人組は準備した後で男の川コースを登ると思っていたのに全然登ってこない。おそらく別コースを回ったのだろう。この男の川コースは今では正規のコースになっていない。かつてここを登って参拝をしていた古い道で、たぶん整備されていないので正規ルートに指定されていないのだろうと推測。途中までは石のルートがあるが、半分登って右に分かれ男の川と離れていくとかつて水が流れていたのかなと思うようなコースになる。道標はなく、赤い古いペンキマークが一か所気づいたくらいで、あとは踏み跡をたどればよい。最近は多くの人がこの非正規コースを登るので踏み跡はしっかりしている。登山口から40分も登れば薬王院ルートに合流する。坊主山に久しぶりで寄り道。20分もかからず行ってこられる。自然研究ルートの東屋でフィシュバーガーを食べて第一回目の休憩。

    そのあと、筑波山自然研究路をさらに登って頂上へ。男体山頂は展望もあるけれど女体山に比べるとやや地味というべきか、撮影スポットも限られている(と思うのは素人写真家の屁理屈だろうけれど)。

     下って御幸ヶ原は今日は人があまりいない。年末だし寒いしもっとにぎわう観光地はほかにも多いだろうし年始になれば参拝客で満ちるに違いない。女体山まで足を延ばしてみた。展望はいいけれどこの前来たほうが遠くの富士山やスカイツリーまで見えたのに今日は遠景がイマイチかな。

     御幸ヶ原に戻ってすぐに下るつもりがいい気になって昼食第二弾。梅おにぎりをぱくつく。こんなことしてるから時間の無駄、と思うもののj途中でガス欠というのもなさけないしここらで腹ごしらえしたほうがいい。旧真壁駅の車まで下山14時の予定は少しというか大いに無理そうなので、最後には「新しい判断」
(A首相の言葉)というわけで休憩とでなった。
   
     ユースホステル跡コースを通って下山開始。羽鳥道はもう山道はあきらめ下りやすい車道オンリー、朝の寒さはどこへやらのぽかぽかいい天気の道をひたすら下って旧真壁駅に14時40分。大慌てで準備し出発したのは15時前だったが、帰宅は17時20分過ぎとなった。

    ★上の歌は羽鳥道パンフに出ていたものの一つ。
  「男体山に雲が立ち上り時雨が降り服の下まで濡れてしまっても僕は帰らないよ」

   「男神」は「おのかみ」と読むか「ひこかみ」と読むかどちらでもいいのだろう。パンフレットでは「をのかみ」となっていて持っている他の資料は「ひこかみ」だった。筑波山のかがいを歌った長歌が前半にあり、それにに対する反歌。「男神」は筑波山の男体山で神が宿るところと考えられていたらしい。かがい(歌垣)のある日は公に認められた男女が付き合える日だからどんな天候になっても楽しみをあきらめたりはしないという「かがい」を行う人の嬉しさがわかる。「かがい」の風俗を知ることができる重要な歌」だという。高橋虫麻呂歌集に出ているので虫麻呂の歌だと言われる。