本佐倉城址・将門口ノ宮神社

12:34 将門口ノ宮神社 少し迷った末に無事到着 
将門神社と口ノ宮神社は本来違ったもので 将門神社は平将門、
口ノ宮神社は佐倉惣五郎を祀っていたが明治時代に合祀された


10:52 風車・飯野竜神橋

11:43 京成佐倉駅北口

12:08 佐倉3号踏切

12:38 八幡神社鳥居

13:11 妙見神社鳥居

13:52 勝胤寺中世石塔群

1月16日(火)
   地元の安上がりの大佐倉オリジナルハイクコース。簡単に言えば勝手に歩いてきただけの話。知っている道をつないだだけとも言えるが車で行くのとは違って細かいところは歩いてみないとわからないことが多い。細い道を歩いて結局迷い気味ながらも生還したが、脚力、体力、空腹の不安から大佐倉駅で電車に変更し時間の短縮をせざるを得なくなった。
   
   みんなが働いているのに出かけるのは多少心苦しくもあるが足慣らしに出かけようとまずは風車まで歩いてみて様子を見て次を決めようという計画。竜神橋まで一時間弱で到着。大丈夫そうなので次は佐倉駅を目指して鹿島川沿いを進む。

   佐倉駅北口前にランニング姿の少女の銅像あり。五輪選手の練習コースがあったためにそれに刺激されて作られたものだろう。さらに先へ。これからが今日の本番。途中、桜三号踏切を渡って登っていく。車ではこの信号は渡れないが歩きならOKだ。でも地図がちょっとわかりずらく一周してしまい関係ない土地を歩いていたが思い切ってどんどん南下していくと将門口ノ宮神社に出る。平将門は関東の広い地域でこういう神社があるらしく、裏切者の妻、桔梗、が眠るとされる桔梗塚もやや離れたところにあるのだが、本当かなあ、などと思ってはいけない。まあ、伝承の類だし、この種の塚はほかにも多い。それだけ将門は関東に勢力を持っていたということだろうし。

   歩いて本佐倉城址を目指す。歩いている女性に道を聞くも、この前筑波で道を聞いた時と同じような答えが返ってきた。つまり、「なーんにもないところだよ。ほんとーになーんにもないところなんだから」といやに強調する。いや、それはこの前行ったこともあるし分ってますから、と言ってお礼を言って別れる。車で行くよりも歩きのほうがいろいろドラマ?があるということだろうか。細い道を下っていくと妙見神社にでてそこを登れば本佐倉城址だ。だーれもいないしなーんにもないのは言われた通り。展望所より京成線と田園風景が広がる。勝胤寺もたぶんその方向だろう。

    勝胤寺まで下って中世石塔群と言われているものを見学しそのまま線路沿いに細い道を上がれば大佐倉駅が見えてくる。昼食などの食べるものは何も持ってこなかったしややガス欠気味。近くにコンビニなどの商店もない。駅は無人。そんなところなのだ。昼食は持参必須だろう。佐倉駅まで歩けば商店もあるがそんな悠長なことは考えられず鉄道利用を即断し5分後には社内の人になっていた。歩いたコースを車窓から見ながらあっという間に最寄り駅。歩いたのは全部で4時間半くらいだったろうか。次回があるとすれば昼食持参を忘れないようにしよう。カメラ f710

    

桔梗塚(佐倉市)

将門の愛妻桔梗の墓という伝承がある
将門を偲び今もこの地に桔梗は咲かないという
右石碑は昭和56年3月歴史愛好家が建立した?
将門口ノ宮神社から南へ徒歩5分の空き地
他県に同様の塚(例えば取手市)がある 
1月18日撮影