佐倉の山車祭り
− 城下町400年記念事業 クロージングイベント −

15:28 佐倉山車まつり 4台の山車が旧印旛郡役所前に集結
左端:仲町「関羽雲長」、その右:弥勒町「八幡太郎義家」像が乗る
(カメラ Fuji X-M1 16‐50ズーム)



15:52 明治の呉服屋「駿河屋」(今井家住宅) 江戸時代は旅籠

15:40 佐倉丼ちゃんを撮影 脚が寒くないのだろうか

15:40 左から「水戸ちゃん」「うな
りくん」「カムロちゃん」「とち介くん」
3月17日(土)
    佐倉の山車祭りに行きたいというので我が家の相棒に付き合うことになった。車で行くと駐車場が心配で、それなら風車に車を停めて歩いていこうということになる。風車から歩けばすぐじゃないか、という思い込みで歩きだしたものの、所詮長距離を想定しているわけではないので、途中から不満が出始める。

  道標のところで 「あと2.5キロもあるということは30分以上かかるわよ。終わっちゃうじゃない」という不満を聞き。これはまずい、と思い早足となる。とにかく、時間内に何とか間に合わせて不満を和らげなくては。必死に歩いて何とか間に合いそうかなと思ったとき、脚に激痛が。どうやら足の裏の腱を痛めたらしい。途端に速度が落ち、相棒と100mくらい先行していたのにどんどン追いつかれてしまった。相手の気持ちを忖度し早足で必死に間に合わそうと無理を重ね悲劇に陥るなんて、今はやりの忖度を身にしみて感じた次第。なんであんな遠くから歩こうということになったのか心の中で悔やむ。間に合わなければ更に怒られるだろうな、などと思うと無理してしまうものなのだ。官僚の皆さんもかわいそうに、と妙ななところで納得してしまった。追いつかれてまた不満を聞くくとになるのか、と思って美術館前に到着すると向こうからちょうど山車がやってくるまさにピッタリの時間帯。グッドタイミング、我が家の相棒の不満は消え去り、山車祭りに集中している限り平和は続くのだった。

    今日の山車祭りは城下町400周年記念事業ということで今年限りらしい。いつもは別の時期に行っているものを特別この時期に行われたものだ。人は多いし、露店も出ているし、初めて見た人には佐倉もこんなことをやっているのかと驚くだろう。これだけ大掛かりなことができるのも昔からの町の力があるから行うことができる行事と言える。山車が出るのは祭りの最後だったらしく、旧印旛郡税務署があったところにある駐車場付近に4台が集結してそこでメイン行事は終わった。

     各地のゆるキャラも集合し大人気。写真撮影も混雑し思うように撮影できないくらいだ。集合してくれたゆるキャラは写真にあるとおり。水戸から来た水戸ちゃん、成田から来たうなり君、栃木から来たとち介君、佐倉市のゆるキャラ「カムロちゃん」、佐倉の佐倉丼ちゃんというのが初めてでよくわからないけれどとにかく来て集まってくれただけでも感謝感激状態。いつまでも記念撮影が続いていた。(カムロちゃんと佐倉丼ちゃんの違いがイマイチわかりませんが)。

    明治の呉服屋「駿河屋」にもよってみて、空いた戸口から中に入ると細長い敷地が奥に続いている。呉服屋の前は旅籠だったらしく、桂小五郎、山本覚馬、清川八郎等が宿泊したことが宿帳の記名からわかっている。最奥にしだれ梅があってすでに散りかけていた。井戸は22mの深さがあるらしく、ふたを開けてくれて説明を受け水を落としてその水音から深さを確認。かなり深いのでそこがよく見えないが音が反響し、井戸の水面に落ちるまでの時間が思ったより長いので深さを認識できた。我が家の相棒はこういう肝心な時には外にいて入ってこず、説明も受けなかったことを後に悔やんでいるようだった。

     帰りにパスや電車を考えたがうまくいかず、やはり歩くのが一番、ととぼとぼ歩き出す。旧海隣寺坂を下り京成電鉄線路の北側に出てからほぼ「尚子ロード」を歩き、さらに飯野竜神橋を渡って風車まで歩いて何とか戻ってきた。忖度の後遺症で足を痛めたとはいえ、貴重な経験もできたことだし出かけたことを後悔することもなかったが、佐倉城址の駐車場にも駐車できたし、何ならベイシアに駐車したほうがずっと近かったから、今度行くときは無理しないところに駐車して無理な歩きもしないことを肝に銘じたい。忖度がろくなことにならないということを実感した。