
クラブカップリレー2003 (2003年8月15,16日)
今年も行ってきましたクラブカップリレー。来年こそは、と雪辱を誓うのでありました。
8月15日(金)
今日から愛知遠征。クラブカップリレーである。今日1本クラシカル(長い距離)を走って、明日はリレー。メインイベントは明日だが、今日のクラシカルはポイント指定レースとなっているため、手は抜けない。
朝4時半に起床。4時間ちょっとしか眠れなかった。お盆時期と言うことでラッシュを警戒し、早めに出発した。天気は、雨。というか豪雨。しかも自宅から愛知県に入るまで、ずっと豪雨。渋滞が無いからまだいいが、はっきり言って疲れる。高速道路であちこちに水たまりがあるのは非常に怖い。しかし事故渋滞→遅刻が怖いので、休憩はしなかった。というか休憩すると、サービスエリアから本線に戻る所で非常に怖い思いをしそうなので、休憩できなかった。
三ヶ日インターで降りた後も豪雨。寝不足&最近のさぼりで体調は悪め。「中止にならんかなぁ」とかなり弱気。
しかし新城から作手に登る所で、にわかに雨足が弱まった。もしかして、低気圧は高原に登れない?などとくだらないことを考えながら会場に到着。傘を差さなくても平気なほど雨は弱まっていた。どうやらここは停滞前線の隅っこにあたるらしい。
かなり早めに着いたため、会場はまだ人もまばら。早く出過ぎたか・・・・もっと寝ておけばよかった。
余裕をぶっこきながら会場でうだうだしていたら、なぜか石澤に東日本大会の会場申し込み受付の準備を手伝わさせられた。といってもポスターを貼るだけだったが。さらに丸山を発見。こちらは明日のクラブカップの運営手伝いでかり出されたとのこと。しかし準備はほぼ終わっており、ヒマらしい。今日は同一コースを走るとのこと。がんばれぇ(他人事)。
今回は「環境重視」ということで、地図用ビニール袋は個別販売。A3のチャック着き袋に2005世界選手権日本大会のロゴをシール貼りしたモノが、「40円+チャリティー」で売っていた。天気が天気なので、飛ぶように売れていた。というか自分も買った(A3の地図ビニは持ってきていたが、「チャック無しだと水が入って地図が溶ける」と判断した。ちなみにチャック無しで走った石澤は「地図が溶けた」と嘆いていた)。実にうまい商売をしている。原価は10円もしないだろうが、シールを貼ることで付加価値を上げ(それでも40円は高いよ・・・)、さらに「チャリティー」と銘打つことで、おつりを持っていきにくくしている(無人販売。お金は野ざらし)。結局みんな50円、100円を投じていたようだ。
うだうだと準備を始め、ちんたらと走りながらスタートへ。13:08にスタート着。早く着きすぎたな。まだ20分近く余裕がある(13:26スタート予定・・・のはず)。スタートリストで、「誰が周辺にいるのかなぁ」と確認。・・・・・・13:26、自分じゃない。あれ?13:21だっけか?・・・・・そのずっと上、13:11スタートだった。たまたまそばにいた安井(13:13スタート)に「多田さん、ちょうど3分前枠ですよ」と言われた。危うく遅刻するところだった。何をやってるんだか・・・。
久しぶりでカンが戻っていないため、結構ルートチョイスに手間取ったり、辿ったルートがあまりよくなかったりと、内容はイマイチ。
途中、増水する川の中を走っていたら深みにはまって腰まで水に浸かったり、勘違いで何度か逆走しかけたりもした。
それでも何故か10位(トップ高橋とは10分差)。トップエリートの数が相対的に少なかったというのはあるが(全員いたら15〜20位ぐらいか)・・・・・・全く練習していない選手がこんな結果持って帰っていいのだろうか?これでいいのか?日本オリエンテーリング界。と本気で思った。
その後も会場でうだうだ。会場を後にして、今日の宿へ。去年と同じ宿だったため、去年開発した抜け道がそのまま使えた。てか、こんなとこまで来て抜け道を探そうとするなんて、何を考えているんだろう、自分。好きで探してるだけなんだが。
宿に着いたときはすでに夕食の時間。温泉に行きたかったが断念して宿の風呂(非常に小さい)で我慢。しかし夕食の時刻通りに着いた人間はわずか数名。・・・・・温泉いっときゃよかったなぁ。
ミーティングで走順を検討。結構出しゃばった意見を言った。気を悪くした人がいたらゴメンナサイ。
その後爆睡・・・・の予定だったが、終電で来る人を迎えに行く役目を負ってしまい、眠るわけにいかなくなった。夜の10時50分頃、宿を出発。11時の終電で着いた人を拾い、宿に戻って寝たのは11時半。
8月16日(土)
耳栓をして寝ていたお陰で、周囲がいくら騒がしくしてても平気で爆睡していた(らしい)。6時過ぎに目が覚めて周囲を見渡すと、全員すでに布団がたたまれていた。寒くて余りよく眠れなかった。
外を見ると、雨がしとしと降っている。リレーは応援しやすい様、外に陣取るのが普通。雨の青空会場か・・・やだな。
7時前に会場を出発。最後発となった。まあ、6走なので急ぐ必要はない。のんびりと走った・・・・訳ではなく、そこそこ飛ばせた。もっと車が多いかと思ったが、何故か峠道では前方をふさぐ車はゼロ。雨さえなければ快適に走れたかも。雨でスピードが出せないお陰で同乗者が怖い思いをしなくて済んだとも言えるが。
昨日と同じく、会場に着くと雨はやんでいた。何というか、幸運としか言いようがないな。
会場ではテントの場所が限られていた。多摩はゴールレーンからちょっと離れた場所に陣取っていた。今年は特等席を取れなかったのかな、と思ったがそうではなかった。目の前にビジュアル区間ポスト。なるほど、こっちを重視したんだな。
レースは終始苦しめの展開。3走で「レースを作る」と言っていたTAKUさんも冴えないレースで、順位は10位台で低迷。その後4走、5走と連続で崩れ、自分がタッチを受けたときは17位まで後退していた。他チームの戦力を考えると、6位入賞すら絶望的な状況(6,7走で15分ぐらい詰めないといけない)だった。5走が戻ってくる前、アンカー円井に一言「当たるか飛ぶか、勝負してくる。飛んだらゴメン」と言っておいた。
結果・・・・・飛びました。いや、中間まではそこそこ速かったんだが。TAKUさんに忠告された「終盤の尾根辿り」でものの見事に失敗し、2分のロス。序盤でも1分ロスしていたため、冴えない結果となりました。過去何度もクラブカップで見せた「神業的な」レース(3走で5分詰めた、6走で鹿島田さんから逃げ切った、6走で10分詰めた)は今回はできませんでした。6走内で4位にとどまった。(3走も合わせると5位)3,6走で自分より速かったのは、鹿島田さん(33分)、小泉(35分)、加藤(37分)、佐々木(38分)の4人。自分は39分。ま、そうそう当たりくじは引けないわな。練習の量と質を考えたら、これでも健闘した方だろう。(一応8人抜き、9位に浮上と、外見上は上々の出来だが)
7走円井君もそこそこのレースをして2人抜いたものの、結局7位。惜しくも届きませんでした。自分が多摩に入ってから入賞を逃したのは、実はこれが初めて。今まで恵まれすぎてたのかなぁ。やっぱし。個人的には1走で好走した山崎君(東大1年。JWOC日本代表)を表彰台に上げたかったのだが・・・力及ばず。
勢いとでも言うのかなぁ、なんか全てが裏目に出たような感じだった。いったん歯車が狂い出すと、それを元に戻すのは容易ではない。
もう一個、「オーバー300歳表彰」を狙ったチームも、終盤の終盤、7走で千葉OLKに差され、わずか1分差で表彰を逃した。個人的には結構こだわっていたのだが・・・・・・残念。
終わってみて初めて感じたが、悪い意味で「勝ち慣れていた」のが、今回の敗因かも。ミーティングで「入賞はさすがに逃さないだろ」的発言が出たり、それに異を唱える人間が(自分も含め)一人もいなかったり。
来年は雪辱しなきゃ。
その後、鬼久保ふれあい広場に移動して、パーティー。1時間半で3000円、食べ物はごく普通と、非常に素晴らしい内容だった。最初の内は皿が出て10秒で食べ物が無くなっていた。値段が高いのは、当然ながら2年後の世界選手権日本大会の資金集めのため。政治家の資金集めパーティーも似たような感じなのかな、とふと思った。
明日もスプリント(短い距離)があるのだが、自分はここで失礼した。すでに走ったことのある所だし、Uターンラッシュが怖いし、ということで。
帰りもずっと豪雨。もしかしてこの2日間、静岡は大雨降りっぱなしだったのか?
三ヶ日で乗ったが、吉田付近で7キロ渋滞・静岡まで2時間の表示があったので、袋井で降りて、国道1号をひた走った。2時間で静岡のちょい先の清水に到着。その後富士付近での情報では、裾野で20キロ以上の渋滞。大雨で道志道が通行止めになっていないか、とびびったが、裾野の渋滞は避けねばならない。ということでいつものように富士から勢子辻・須山へ登り、御殿場の西から山中湖へ抜けていった。道志道は普通に走れた。ずっと大雨だったが、さすがに慣れた。対向車がいない(すなわち対向車のヘッドライトで視界が遮られない)分、むしろ快適だった。休憩を含めて6時間、夜の12時半に自宅に着いた。
やはりお盆の時期は高速より下道の方が速い。場所にもよるけど。
