マウンテンバイクオリエンテーリング世界選手権大会 inチェコ
2007年8月6日〜11日の間、チェコの小さな町(NoveMestoNaMoravie。チェコのちょうど真ん中付近)で、第5回マウンテンバイクオリエンテーリング世界選手権大会が開催されました。日本代表選手として出場してきました。
ちなみに日本の実力は、世界で下位の方です。あと、この大会、ヨーロッパ以外からの参加は日本だけでした。
地図・ルート図
日付 競技 結果 地図・ルート 8月6日 スプリント 67位/完走78、出走83 Ochoza(1/5000) 8月7日 ミドル 95位/完走98、出走110 Zubri 8月8日 ロング予選(Bレーン) 30位/完走30、出走35 Svratka(西) 8月10日 ロング決勝(Bファイナル) 19位/完走29、出走35 Svratka(東) 8月11日 リレー(日本Aチーム3走) 正式: 18位/20国
全体: 24位/33チームOchoza(1/10000)
大会で撮った写真は、こちらに保管しています。 → yahooフォトのページ
8月4日(土)
朝6時過ぎに自宅を出ました。重たいMTBを担いで、京王線→山手線→京成電鉄と乗り継ぎました。土曜の早朝なので人が少なかったのが救い。ラッシュアワーだと・・・・電車に乗れなかったかも。
樋口さん、足立さん、加納さんは中部国際〜ヘルシンキ経由でプラハ入り。
堀江くん、丹羽君、小谷部(おやべ)さん、自分の4人は成田〜アムステルダム経由でプラハ入り(KLMオランダ航空利用)。
(日本チームはプラハ空港集合・現地解散の予定)
アムステルダム経由組は9時半に成田に集合。堀江君は堂々と日の丸Tシャツを着ています。
まずは自転車料金が別にかかるとのことで、価格交渉開始(代表だから自転車は必需品。だから無料にしてくれ)。しかし1時間粘ったがダメ。別料金(80ユーロ。約13,000円)を払うことになったのでした。・・・・帰りも払ったら26,000円。高い。
次に換金。100ユーロ(大会参加費。樋口さんへの支払い用)+チェココルナを約3万円分(約6.5円なので、4,500コルナ)にした。この時点ではまさか足りなくなるとは思わなかった。チェコ物価安いし。
この時点で出発時刻まで残り20分。やばい、時間が無い(値引き校章でメチャクチャ手間取った+最初の荷物預かりの行列がめちゃ長かった)。出国審査+手荷物検査をささっと・・・・・ささっと・・・・切り抜けられなかった。手荷物検査で2回引っかかった。
荷物を全部ひっくり返して見ると・・・・・
ハサミ(テーピングテープ切る用)
カッター(MTB関連工具)
日焼け止め(スプレータイプ)
塗り薬(かぶれ止め)
が出てきました。そら引っかかるわ。ハサミとカッターはあえなく没収。10年近く使っていた品なんだが仕方がない(涙)。(日焼け止めと塗り薬は専用袋に入れて通過させてもらった) ・・・・おっかしーな、預かり荷物の方に入れてたはずなんだが・・・・。
この時点ですでに出発時刻。チケットの最終チェック+パスポート確認は、空港職員と一緒に走りながら(汗)。飛行機の出発を2〜3分遅らせてしまいました。スイマセン。(しかし自分たち以外にももっと遅かった客がいたので、と言い訳しておこう)
ヨーロッパ初の食事。大きさが変・・・
アムステルダムまでの飛行機は、4人とも別々の席になった。自分は窓際。ラッキー、と思ったが、南向き→まぶしくて開けられません。
そして11時間のなが〜いフライト。仮眠を取ったり、数読をしたり、音楽を聴いたり。個々人が見られる画面が無いタイプだったので、映画は見ませんでした。
で、アムステルダムに到着。時間は現地の午後6時(日本時間の夜1時)。まだメチャクチャ明るい。長い1日だ。
ここで早めの夕食。sushiバーとかあったが高いので却下。ピザを頼んだのでした。1枚4ユーロちょっとと「高い」。しかし・・・・大きさを見て「お買い得か?」と思ったのでした。日本では考えられない大きさでした。夕食としてはこれで充分。(野菜パスタで、パスタの代わりにピザになっている感じ)
そして時間が着たのでプラハ行きの便に乗った。CSA(チェコ航空)の瓶だった。出発ゲートにいる際、自分たちの自転車が積み込まれていくのを見た。とりあえず一安心。丁重に扱ってくれるのを願う。
約1時間のフライトを経て、プラハに降り立った。簡易な入国審査を通過して、空港入口へ。樋口さん、加納さん、足立さんが待ってましたとさ。日本チームここに合流。
これから1週間寝泊まりする部屋(404号室)。小谷部さんと同室。
日本チームのミーティングルームにもなりました。ホテルSKI。404の外には日本の旗。
(2005WOCポスターを使用)
プラハに降りたところで、「急激に」日が暮れた。そっか。東に移動したからか。時計は夜10時(日本時間の朝5時)。本日の日照時間、約23時間也。なんか得した気分。しかし帰りは同じだけ損した気分になるんだろう。
その後休むヒマもなく、荷物をオフィシャルトランスポート(大会で用意してくれた)に積み込み、約200キロ東へ移動。この移動の速さが普通ではなかった。高速では流れに乗って140キロ。一般道も平気で100キロ飛ばしている(ところにより120キロ)。約1時間半で、hotel SKI(宿)に到着したのでした。時間は夜12時前でした。今日は疲れたのでそのまま寝てしまいましたとさ。明日からがんばるぞー。
8月5日(日) モデルイベント
朝6時、快適な目覚め。時差ぼけは全く無かった。飛行機の中で仮眠しまくったのが良かった模様。
モデルイベントは午後からなので、午前中は自転車の取り出し+整備だけ。ディレーラーが微妙に動いていて調整が必要だったが、それ以外は破損箇所無し。まずは一安心。後は丹羽君からチューブを分けてもらい、チューブ交換を行った。
昼食後も少しだらだら。モデルイベントは午後6時までやっているので急ぐ必要はない。ということでみんなで街(NoveMestoNaMoravie ノヴェー・ムニェスト・ナ・モラビエ。モラビエの新市街という意味か?)に出たのでした。
この街は人口約1万人の田舎町。でも中心部は栄えており、銀行、スーパーマーケット、商店街などがありました。あと中心部にはでっかい協会が。どこに行っても協会は立派。日本に例えると「どこに行っても立派な寺がある」のと同じか?
まずはスーパーで買い物。田舎町の小さな店でもカードOK。カード文化が根付いており、日本より進んでいる、と思いました。
食べ物の値段は日本の半分〜2/3の相場。安いです。(オレンジジュースが1.5lで20コルナ(140円位)、スポーツドリンクは10コルナ(65円位)
自転車屋にも寄って、チューブを1本購入。70コルナ(450円ぐらい)、安い(日本だと800〜1,000円)。でも他のブツの値段は日本とそう変わらない。こっちで色々買って持って帰る、という技は使えなさそう。
その後はトレコースに移動して練習。丘の上にあるのでそこまでの移動がちと辛かった。
全体的に傾斜が少なく、走りやすい。道は太い点線の道が認識しづらい。辿っている間に見失う可能性があってちょっと怖い(フットOだと道を気にせず走れば良いのだが、MTBだと道以外はダメ(今回は「担げばOK」のローカルルール適用)なので、道を見失うのは危険)。
宿に戻り、イベントセンター(宿から徒歩3分)に行ってみた。PCが空いていたので使ってみた。・・・日本語対応してません。英語もうまく入力できない。チェコ語のキーボードに対応できませんでした(ZとYが逆、’(’の位置が違う、等々)。試しに英語でこのHPの掲示板に書き込みを試みたが・・ダメでした。日本語化け化けだし。ということで期間中、こっちからの情報発信はほとんど出来ません。
明日からいよいよ本戦が始まる。がんばるぞー。ということで午後9時に寝ました。
8月6日(月) スプリント 地図・ルート
今日も快適な目覚め。10時間近く寝ました。チェコは涼しいです♪
午前中は街に買い物に出かけた。昨日のモデルイベントを通して「予想以上にノドが渇くのが早い。ボトルの水では素早い給水が難しい。ハイドレーションが必要、と思い昨日行った自転車店へ。ハイドレーション売ってました。でも値段が高く1,390コルナ(約8,500〜9,000円)。でも背に腹は替えられない、と思い切って購入したのでした。これを使うのは明日以降。
午後はいよいよスプリント。今日のスプリントでは、テレビカメラが8〜9台使用されているとのこと。すげー。
スプリントに出られるのは各国4人まで。日本からは男子=堀江くん、樋口さん、足立さん、自分の4人。女子=加納さん。
で、スタートは会場ど真ん中。ここからスタートです。そしたら1分前の選手が地元・チェコ。テレビカメラがその選手をなめ回すように撮影していた。その風景を見て思わず吹き出してしまった。・・・・ら、カメラマンににらまれた(汗)。
スタートする自分(奧)とゴールに向かう足立さん(堀江くん撮影) ゴールに向かう自分。この時点ですでにケガしてました。(堀江くん撮影)
そしてスタート。
2番で1分後のフィンランド(強い)に追い抜かれた。速さが違いすぎる。
中盤以降は一人旅が続いた。ルートミスの自覚も無く、そこそこのタイムでビジュアルを通過した。その直後・・・
11ポ(番号=44)で、ちょっと途中のイメージが違ったけど、予想している所にコントロールがあったのでチェック。・・・「45番?あれ?」と思って脱出。もしかして12ポか?・・・と思いながら下っていくと、13ポ(ラスポ)に向かうイメージの右カーブが出てきた。・・・・げ。慌てて戻ったのでした。
で戻ってきた右カーブ。結構なスピードで突っ込んで行ったら、路面はわだちだらけ。わだちの内側を使い切れず、左にスライドしてしまった。右足で地面を蹴れば立て直せる・・・・と思ったら右足がペダルから外れない(ビンディングペダルです)。そのまま横滑りに行ってしまいました。
すぐに起きあがって再び自転車をこぎ出し、ラスポを通ってゴールへ。タイムはイマイチ。まあ、スプリントで1分単位の大ミスしたのだから当然だ。それよりもケガしたところが気になる。
肘にサポーターをしていたお陰で、肘関節は無事。でもその下の腕の部分は激しい擦過傷。太腿の外側も擦過傷。こっちの方が重傷。幸い、メインで使う筋肉の箇所ではないので、明日以降への影響はなさそうだ。
あと、CW−X(タイツ)が激しく破れました(涙)。
スプリントの結果は67位タイ(足立さんと同着。完走約80人)。ラス前のミス+転倒がなくても60位ぐらいがいいところだろう。明日以降の苦戦が予想される・・・。
夜、今日の女子スプリントの様子がスポーツ専用チャンネルで2時間番組で放映されていた(スキーのクロスカントリーみたいな感じで)。すげぇ・・・・・。加納さんが結構映ってました。
しかし、男子の様子は放映されることなく終わってしまいました。なんでやねん。(翌日午前中にやってたらしい。残念。ビデオくれないかなぁ)
明日はミドルです。全体トップスタートは・・・・丹羽くん(日本)。初の国際大会で栄光(?)のゼッケン1。ゼッケンは永久保存決定!?
8月7日(火。誕生日) ミドル 地図・ルート
今日はミドル当日。そして誕生日。昨日は良くないこと(ケガ)があった。だから今日はきっと良いことがあるに違いない。
ケガした場所は、汁が出続けているけど大丈夫そう。プロの医者(樋口さん)が大丈夫だと言ってるんだから大丈夫なんでしょう。
会場までの8kmは各自で自走。ウォーミングアップ代わりにはなるな。
道中で、MTBを積んだ各国の車にがんがん抜かれました。抜き際に、にこやかな顔をしてこちらを見る選手達。待遇が違いますな。
とは言え、この待遇も悪くはない。道中の大パノラマをたっぷり堪能できるのだから。
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うーん、雄大♪
で、会場でうだうだして、スタート時間が近づいたところでスタートへ移動。そしてスタート。
1ポ。難易度が昨日とは違う。全然道が分からん。そして大爆発。
2ポ。道の分岐をチェックしようとしていたのに見つけられずうろうろした。ミス。
3ポ。大きな道の分岐で、向きのチェックを勘違いし何度か違う方に入ってしまった。大ミス。
ここまででミス時間=約10分。終わった。
その後は何とか立て直し、淡々とレースをこなす。
6→7でちょいミス。
8ポの直前で、スペインの選手に抜かれた。スペインの選手は道を忠実に回り込んだ。オレは自転車を担いで最後をショートカット。オレが先にコントロールに到達した。おっし、出し抜き成功♪ そしたら脱出で、スペインの奴が自転車を担いで猛然とダッシュ、オレの前に出た。相当ムキなっていた。向こうの方が単純な自転車では速いので、自分としてはOK。自分が前に出るとルートチョイスで着いて来られるし。
で9番。ミス。9の脱出でさっきのスペインの奴とまた会った(右回りで来た)。道の分岐でショートカットして再び先行。10近辺は倒木が多い(地図上に赤斜線が入っていた。掲示している地図には無いけど)ので、横から担いでアタック。しかし・・・実際に道には障害物は無かった。コノヤロー。ここでスペイン野郎に少し先行されてしまった。
11を通過して、12に行く良い道を走っている途中、小谷部さんとすれ違った。そうとうやってしまったようだ。
12にアタックしようとすると、またさっきのスペイン野郎に抜かれた。・・・・こいつ、オリエンはヘタだな。13ポで再びショートカット。しかしここは裏目に出て、スペインに先行された。しまった。
14通過後、15ポでまた大ミスをやらかしてしまった。2のアタックの後、ヤブを担いで切るまでは良かったのだが、方向をミスしていた。しかもその事に気付かず、さらに北に流れてしまい、大爆発。道の終わりに戻って現在地を確認し、やっとリカバリー。南下する途中、結構大きめのゼッケンの奴が、さっきの自分と全く同じ行動をして、北に去っていった。ちょっと救われた気がした。
17→18で溝を超えた当たりで、現在地が分からなくなった。なんかみんな担いでいったと思われる跡があったので、担いで真っ直ぐ行くと、フラッグが見えた。あれがラスポか。で、やっとゴール。
終わってみたら81分。下は丹羽君、小谷部さん+アイルランド1名のみ。かなり情けない結果になってしまったのでした。
落ち込んでいる自分に加納さんが「フットOもちょっと前まではこんな感じだった。『バンケット(最後のパーティ)なんか恥ずかしくて行ってられるか』、と思ったこともある」とフォロー。フォローになっていないような気もせんでもないが、ありがとうございました。
ちなみに失格が多数出たのは、「道じゃないところを自転車で突破したのを審判員に見られていた」ため。証拠ビデオもあり、言い訳無用とのこと。
最後に並ぶ日の丸3つ。悔しい。 堀江くんは健闘55位(出走110人)
帰りも自走。帰りは7人全員で一緒にサイクリングしながら。
出発してすぐに、地面から「かんかん」という音が。ん?と思いしばらく走る。なんか後輪の反応がおかしい。ちょっと様子を見るために自転車を降りて確認すると・・・・後輪にクギがささってました。やられた・・・・・。
ということでチューブ交換。樋口先生のきついアドバイスをもらいながら交換作業を実施。まだ慣れていないので9分かかってしまいました(タイム計測=丹羽くん)。「2分以内にできるように」とは樋口さん談。そうなるには、数こなす必要がありますね。
帰る途中、NoveMestoNaMoravieの街を通過→街の自転車屋に寄ってチューブを購入(2本目)。(パンク修理だけでも良いのだが、でかいレースなので新品チューブを使用したい)。
18時半から表彰式。表彰対象者がいないのに式に参加していたのは、日本だけでした・・・。
マップホルダー屋さんの車。巨大マップホルダー・・・。
夜、ミーティングが終わった後、何人かが「じゃあこれからメインイベント」と部屋を出て行った。ケーキとワインを持って戻ってきました。
ということで、ささやかながら誕生日パーティをやっていただけました。みなさんホントにありがとうございました。(もう歳を重ねたい年齢ではないのですが・・・)
8月8日(水) ロング予選 地図・ルート
今日はロング予選の日。レースは午後でした。会場が宿から離れている(約20キロ)ため、車で送ってもらった。
会場には1時間弱で着いたのだが、肝心の自転車が来ない。自転車を運ぶトランスポーターの運ちゃんが昼飯を食っているため、20分遅れるとのこと。他はきちんとしているのに、この運ちゃんだけチェコ時間なんかなぁ・・・。まあ、我々の方は余裕をもって出てきているので事なきを得たが。
で、レース本番。予選なので3レーン方式+3分おきに3人同時スタート。
スタート直後、いきなり他の2選手とルートが分かれた。オレは上回りルート、あと2人は下回りルート(後で確認したが、絶対下回りの方が速い・・・)
トランスポーターに自転車を預けてます。
この車、押し掛け発進しかできません。ある意味スゴイ。
しかも1ポへのアタックの小道でミスを連発。結局かなり出遅れてしまいました。もうダメかも。
2ポに向かう途中で(しかもルートミス)、6分後の足立さんとすれ違った。・・・・かなり遅いな、オレ。
今日は1/20,000なので、担いで移動した場合のロスが大きい(見た目よりも歩く距離が長くなる)。2ポでそれを思い知った。今日は担ぎは極力回避しよう。
しかし・・・否応なく担がなければ行けない局面もある。ショートカットの方が明らかに早いとき、そしてツボったとき。今日はツボリによる担ぎが多かった。その最たるものが3ポ。最後の小径の入口の手前で違う道(地図にない)に入り、方向がおかしいのに気付かず突入→すぐに道がなくなり「ここはどこだ?」。真後ろに付けてきたどこかの国のあんちゃんが「シット!」と舌打ちしながらこちらをにらみ、自転車を担いで去っていった。ついてきたお前が悪い、と思いつつ自転車を担いで彷徨い歩く。右の方に自転車が疾走するのが見えた。あそこが道か。戻ると目の前がコントロールだった。相当担いでいたようだ。ダメダメです。
さらに5ポ。急斜面を登った後の尾根上で、道が分からなくなった。地形のイメージからテキトーに下りつつコンタリングしていくが、全然道が分からん。その間にも自転車を担いで走る外国勢。これはとれとれバイクか!?と思うような光景だった。自転車が重い自分はかなりきつい。担いでいたら右肩が痛くなってきた。走る余力が無くなり、テクテク歩いていると道っぽいものに乗れた。正置して確認すると、5ポに下る道っぽい。少し走ると右カーブ。間違いない、ラッキー。しかしかなりタイムをロス。もう勝負になりません。
6ポの激斜面登りで加納さんを抜き、コントロールに到着。しかし・・・番号が違う。手前の分岐だった。なんて紛らわしいんだろう(ちなみにBレーンだけ失格が5人。このコントロールでの隣接パンチが多かった模様)
7ポで自転車を担いでいるイタリアの選手に会った。こんなしょぼい道を担いでいるのか、実は下手くそか?と思ったら、その先の大きな道になっても担ぎっぱなし。どうやら自転車が壊れているようだ。
しかし、しかしである。そんなイタリア人と7〜8のレッグで同タイムになってしまった(自分のミスもあったが)。自転車に乗っていないので最短距離を走れる+地盤が良いので走りやすいからなんだが・・・。恐るべきイタリア人。
さすがにそんなイタリア人も9ポへの道で抜き去り、10、11を順調に通過。そしてラス前12ポで速い選手とパックに。で、曲がったところで「あれ?」と思いながら突き進むと道が見えなくなった。???仕方がないのでオープンまで担ぎ(後で地図を見て、手前の曲がりで入ったことを知った)。最後までしょぼいレースだった。
ということでレーン最下位(完走者中)に沈んだのでした。足立さんにもタイムで負けてしまった。こんなんじゃダメです。
成績を見たら、昨日秒差で負けたスペインのロベルトに、今日も秒差で負けた。レベルの低い争いではあるが、打倒ロベルトを宣言したのであった。
他の選手の状況・・・加納さんはさすがに予選通過(女子は61名参加で60名決勝に出られる)。
堀江君が粘って20位に入った。おし、予選通過だ! ・・・・・・と思ったら、確定直前でフランスの選手が堀江君の「1秒」前に入り、あえなく予選落ちとなったのでした。・・・・っていうか、寄りによってそこに入るか!?という感じだった。不運ここに極まれり。呪われてる・・・。
帰りは堀江君の提案に丹羽君とオレが賛同、3人で自転車濃いで帰ることに。東欧の農村地帯をサイクリングするなんて、フツーの日本人では考えれません。どこまでも続く大パノラマ。どこまでも、どこまでも・・・・・・・・全然景色が変わらんぞ(汗)。
で、ちょっと荒れた路面の道路。しかも下り。堀江くん、飛ばす飛ばす。丹羽君もついていく。自分も食らいつく・・・・・とお尻から違和感が。またパンクしました。今度はリム打ちパンク(堀江君はチューブレス、丹羽くんはリアサス付きなので、リム打ちのリスクが小さい)。昨日に引き続き、再びチューブ交換タイム。今回は5分で終わりました。
そしてようやく宿に到着。樋口さんが外で待ってました。「自転車があと5分で着く」とのこと。しかし・・・・・20分待っても来る気配は無い。
「トランスポーターの運ちゃん、今度は夕食休憩してるんじゃねーの?」とか冗談を言っていたが、どうやら事実だったようだ。汗。
ということで自転車が来たのは「あと5分」と言った50分後ぐらいでした。ながい5分だ・・・。
明日はレストデイ。ということで夜はプチバンケット状態。ロビーで今日の地図を拡げて見ていたら、ポルトガルのにーちゃん(ダニエル)に絡まれたり、運営者に「オレが大会直前にこの道を発見して、地図にかき込んだんだ(と8ポで自分が引っかかった道を示す)」と絡まれたり。カタコトの英語でコミュニケーションを取ろうとするが、なかなか上手く伝わらない。が、地図があれば何とかなる。そう思った。
・・・・今後世界に出るには・・・・英語を習得しないとダメだな。
8月9日(木) レスト(休日)
今日はレースが無い日。すなわちレストデイ。昨日までの疲れを取り、明日からの2日間の体力を付ける日。
なので自分は今日1日は完全休養することにした。観光にも行きません。
他のチームメイト6人はみんなで世界遺産巡りツーリングに出かけました(サーザボウの「ゼレナー・ホラ」。聖ネポムツキー巡礼聖堂がある)。ちなみに丹羽君は一人でさらにお城(地球の歩き方にも書いていない・・・)にも行ってきたとのこと。こんな所にいく日本人なんて、あんましいないだろうなぁ、と思うのでした(そもそも現地到着後、我々以外のアジア人を全く見ていない・・・)
で、自分は午前中は近所の町(NoveMestoNaMoravie)に買い物に出かけた。買ったのはおみやげと絵はがきとタイヤチューブ(汗)。英語が通じない人もおり、結構大変でした(「お前は英語が喋れるのか?」というツッコミはやめてください(哀願))
午後はひたすら自室でうだうだしてました。絵はがきを書いてただけ。住所録をきちんと整備しなかったので、あまり送ることが出来ませんでした。届かなかった人、ゴメンナサイ。 m(_ _)m
夜、昨日のミドルの様子がテレビでダイジェストで流れていた(30分も)。・・・・・・日本と何が違うのか!?と思わずにはいられませんでした。(堀江君がちらちら映ってました)
明日はロング決勝。今度こそまともなレースをします。
あ、あとリレーのエントリーが明日の午前中〆切 →今日中に決めないと行けない → 相談しました。
Aチーム:堀江、樋口は確定。問題は3人目を足立にするか、多田にするか。今までの結果は 足立>多田。が、きちんと走ったときの結果は多田>足立(推測)。で「いい加減に対応しろ」というハッパの意味も込みで、自分がAチーム3人目になりました。
弱小チームは戦略もへったくれもなく速いメンバーから順番に出していくことになるので、
Aチーム: 堀江 − 樋口 − 多田
Bチーム: 足立 − 丹羽 − 小谷部
となったのでした。
ちなみに小谷部さんは「明日の結果次第では加納さんとチェンジあるよ」と樋口さんに脅されてました。
8月10日(金) ロング決勝(Bファイナル) 地図・ルート
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| ゴールに向かう加納さん |
どうも風邪を引いたらしい。ノドが痛くて少しぼーっとする。しかし風邪薬は一切飲めない(ドーピングに引っかかる可能性があるので)。辛いっす。
今日はロングの決勝。男子は全員Bファイナルだけど(堀江君、おしかった。返す返すも残念・・・・)。
Aファイナルの方が先に始まると言うことで、加納さんだけ先に出発しました。朝の7時に。
残された男子は午前中は部屋でゴロゴロしてました。11時頃ようやく出発。車内で昼飯。
会場(ロング予選と同じ会場)に到着したら、ちょうど加納さんがゴールするところだった。
Bファイナルは午後から。いい加減に現地に対応しないと・・・。
Bファイナルは1分おきスタート+日本勢はみんな予選で下位に沈んでいるので、スタート時刻が近い。
丹羽君が8分前、小谷部さんが6分前、樋口さんが2分後、足立さんが4分後。あと気になるロベルトは3分後。姿形をチェック(多分自分より年上)。こいつには勝たないといけない。でもそれよりも「ミスしない」走りが優先。明日のリレーのつもりで走ります。
んでスタート1分前。なんかゼッケンが無い連中がわらわらと周囲にいる。ちょうど併設レースが始まったためのようだ。さすがはBファイナル。選手の待遇もAファイナルとは全然違いますな(皮肉)。
そしてスタート。そしていきなりミス。スタートフラッグの分岐で違う道に入ってしまいました。いきなり20〜30秒のロス。気を取り直してスタート。左のオープンを見ながら走り、オープン直後の分岐の次の分岐を左へ。よし、地図見れてる。どこかでショートカットしようかと一瞬思ったが「リレーはミスしないことが優先」と思い、確実に回り込む。併設の奴らを抜きながら。
1→2で、分かりにくい小径に入った。右か左か分からんが、ちょっと下ると整備された道が。左の道をくだったか。で道にでると、1分後のラトビアの選手に抜かれた。まあ序盤であんなミスしたから仕方がないわな。で、コントロール付近で道が分からなくなり、最後は担ぎ合いとなったのでした。ここで1分前の奴に追いついた。さすが予選下位の連中。レベルは近い(汗)。
脱出でルートが別れた。自分は下ルート。ラトビアの選手が付いてきた。無理をせず先に行かせ、その後を追うことに。すると、後輪にかなりイヤな感触が走った。「またパンクか!?」と思ったがここで止まるのには意味がない。道まで降りて、分岐を右へ(ラトビアは少しスルーしてから戻ってきた)。走りながら車輪を見るが、少し凹んでいるように見える。が、走りには影響ない。スローパンクならほっとこう、と思いレース続行。3ポまではラトビアを追いかけ、アタックの最後の登りで一気に抜き去りました。不整地の登りはオレの方が速かった。この道中で丹羽君とすれ違った。ちょっとミスしてるみたいだな、というのと「こっちの方が速そうだな」と思いルート変更。
3→4はルート変更して出戻り(結果的にこっちの方が遅かった)。ラトビアもついてきた。下りで樋口さんとすれ違い、6差路のちょい北で小谷部さんとすれ違った。小谷部さん、今日はまずまずのようだな。とラトビアに抜かれて4ポ通過。
4→5の道に出たところでロベルトと遭遇。ロベルトはえぇ。ピンチ。
5ポで再びラトビアに追いつき、脱出。ラトビアとはここでルートが分かれた。どうもオレの方が遅かったようだ。で、通りにくい道をがりがり抜けて整備された道に出、気持ちよ〜く滑走していたら、微妙な分岐でやられました(汗)。突然左カーブになり、「おかしい」と地図を見てすぐリカバリー。一昨日まではこういうリカバリーすら出来なかったことを思えば、ある程度現地に対応できるようになった、と言うことなんでしょう。
7ポで丹羽君発見。その後の一気下り〜左曲がりで丹羽君がオーバーラン(奧の分岐で曲がった)するところで先行。そしたら8に行く最後の登りでイギリス人ににこやかに「こんにちわ〜」と言われて抜き去られた。「hello」と返事した。微妙なコミュニケーション・・・。
9もまたルートミス。10の最後の登りで小谷部さんとすれ違った。先ほどに比べ微妙に差は詰まっているが・・・オレ調子悪くないのに。小谷部さん今日は速いな。
12の後はルートチョイス。東回りは一昨日やられたエリア。西回りは別ルート。一昨日のトラウマから「もう東のエリアには近寄りたくない」と思い、西ルートを選択。しかしこれはマズかった。登りの激しいがれき道。全然前に進みません。そしたらオーストラリアとどっかの選手に追い抜かれた。彼らはがれき道をそのまま道なりに登っていき(西に回る道)、それを見た自分は東側の脇道(土)に入った。で、分岐で先行。その後ソッコーで抜かれたけど。
結構激しい下り。他の連中はビュンビュン飛ばすけど、自分は安全運転。13の直前で、脱出していくパック4名様。その中に小谷部さんがいた。まだ抜けていない・・・。小谷部さん速いよ。
14への登りでやっと小谷部さんに追いついた。その後の脱出の登りで一気に抜き去り、アスファルト道路の下りへ。前の国(イタリア?)を追いかける。・・・とそこに地元の車が行く道を完全に塞いで徐行運転。イタリアの選手は簡単に譲ったくせに、オレはなかなか通してくれない。「どけ〜!○△◎!」と激しくゼスチャー+だみ声(どうせ伝わらんからと思うと言葉が荒くなる)。やっとどいてくれたので再び走る・・・・と後ろから気配が。多分小谷部さんだな。スリップに入られたみたいだ、抜かれるかも・・・と思った直後、後ろで「どわっ」という叫び声が。振り向くと、小谷部さんが急に小さくなっていった(急停止した模様)。トラブルかな?と思いつつ再び飛ばし始めた(後で聞いたら小谷部さん、ここでマップホルダーが飛んでいったらしい)。
分岐で立ち止まったイタリアを抜き去りラス前通過。ラスポをとったら子どもがいて「こんにちわ〜」。日本語流行中?
(そういえばロング予選の後、こどもにサインをせがまれた。漢字で書いてあげたら大喜びしていた・・・)
でゴール。すでに片づけが始まっていた。さすがはBファイナル(皮肉)。それほど悪いレースではなかった。が、良いレースでもなかった。淡々とこなした感じ。結果は「レースに参加した人の中で一番遅い」感じか。予選通過への距離感が分かっただけでも収穫だ。
日本チームの拠点テントに戻ると、周辺のテントが片付けられ始めていた。自転車を立てておく杭も全部抜き取られていた。さらに全員が帰ってくる前に立ち退き。さすがはBファイナル(皮肉)。
結果を見たらBファイナル19位。まあそこそこなんだろう。気になるロベルトは・・・・DISK(失格)。勝つには勝ったが・・・・むぅ。(今日は他のスペイン選手に秒差で負けている)
明日はいよいよ最終日、リレーです。
8月11日(土。最終日) リレー、バンケット 地図・ルート
いよいよ最終日。自分はAチーム3走。ちなみにチームの目標は「スペインとポルトガルには勝つ」。
女子リレーのスタートを見た後、いよいよ男子リレースタート。スタートはルマンに近い方式(自転車を置いて、少し離れたところからスタート。各自自転車を起こしつつ地図を装着して出て行く)。一斉にわーっと自転車が行くよりは安全だと思う。いろいろ考えてるんだなぁ。
女子のリレースタート 早くもばらけてますね。
でいよいよ堀江君と足立さんがスタート。がんばれよ〜。(ゴメン、写真ピンぼけでした・・・)
自分は中間のスペクテーターズエリア(観戦エリア)に場所を移して観戦。トップが来た。堀江くんは・・・・なかなか来ない。やっちゃったかな?・・・と思ったら来た。結構競ってる。とりあえず急ぎ樋口さんに情報を伝えに行った。第2中間を二人で見届けて、自分はアップ開始。
中間エリアを走る堀江くん、がんばれ〜
3走スタートする自分(堀江くん撮影)
ゴールに向かう自分と、前を横切る表彰対象者(汗)
堀江君が戻ってきたところで、堀江君から情報収集。「ルートチョイスは少ない、コントロールピッキングのイメージ、隣接が多いので番号に注意」とのこと。
樋口さんは大体予想通りの時間帯に戻ってきた。現在の順位は分かりません。で、3走スタート。
いきなり目の前のイタリアとルートが分かれた。パターンが違うようだ。そして・・・・
その後、一度も他のチームと出会うことがありませんでした。なので良くも悪くもマイペース。
2ポでルートミス。1ポの脱出で担いで上に行くべきだった。5→6(35->72)のルートもミス。しかもショートカットすべき所をしなかったし。12→13(42->80)も「あれ?あれ?」と思うことが多く、スピードに乗れない。で、第2中間直前の21→22(71->54)で激しくルートをミス。その後も24→25(56->78)でルートをミス。ルートミスが多くさえないレースだったが、でかい飛びはなかった。まさにリレー走り。
ラスポ〜ゴールに向かう登りで、橋の上から降りてくるスペインの選手がちらっと視界に入った。おし、スペインには勝った。で、ゴールレーンに入ろうとしたとき、ちょうど男子の表彰式が始まるところだった。「5th place, Filand!」というアナウンスと共に目の前を走って横切る選手達(ゴールレーンは表彰台の目の前にあった)。バツが悪くて追い込む気になりません。そのまま流してゴール。そそくさとSI読み取りの方に行ったのでした。
そこにかけつけてきた堀江くんと樋口さん。結果は、全体24位、20カ国中18位とのこと。ちょうど目標達成(スペイン、ポルトガルには勝った。ブービー圏内脱出)。が、他の国には全部負けました。全く誰にも出会わなかったので、負けの責任を全く感じることが出来ませんでした(汗)。堀江くん、樋口さんスイマセン。
日本Bチームも無事ゴール、一般レースで出ていた加納さんもゴールし、レース終了。
これで昼の部は全て終了。短いようで長いようでやっぱり短いかも知れないレースが終わった。終盤戦である程度納得のいくレースが出来たお陰で、それほど落ち込むことはありませんでした。ただ、世界との差がなぁ・・・(他の連中より2キロくらい重い自転車というハンデを抜きにしても)。
パワー・スピードの差・・・・かなり明白
ルートチョイス・地図読みの速さ・・・あまり差はない
そんな感想でした。世界に通用するには、まずは堀江君に体力勝負で勝たないと行けません。逆に堀江君またはそれ以上のパワー・スピードを得れば、即世界で通用する、とも言えます(ちなみに堀江君、今回は全体的に飛びまくっており、あまり良いレースとは言えない内容だったようです。違ってたら指摘して>堀江くん)。
がんばんべー。
しかし世界選手権はこれでは終わらない。最後の夜に待ちかまえているのは「バンケット」。何が起こるか分かりません。当然自分は初参加です。ドキドキ(丹羽君、小谷部さん、自分が初。他の4人はどっかしらで出ているはず)。
イギリスチームがビートルズっぽい格好で出てきたり、どっかの国が変わった帽子をかぶっていたり、どっかの国の奴が羽織ものを着ていたり(ん?)。ちなみに自分はフツーの格好でした。
そして始まる夜のレース。その競技は・・・
「一気のみ+200mリレー」。コップ1杯のビールを一気に飲んで、そのまま短いトラックを1周。3人リレー。よし、ここはフットオリエンティアの意地を見せてやる・・・・・と意気込んで参加。
しかし・・・・最初の一気のみでいきなり差を付けられました(ヨーロッパの奴らは、みんな『スコン』と飲んでしまう)。しかもその後のランも、距離が短いためリーチの差がもろに出て、2人ほどに抜かれました。外人はえぇ〜。ゴール後、グロッキー状態になったのは言うまでもありません。
(−_−;)
その後は流れの中でユニフォーム交換。自分は2着持っていたが(自費で購入)、来年は来るとしても違うユニフォームになると思うので、思い切って2着とも交換に差し出した。イギリスとチェコの選手から「交換しないか?」と持ちかけられたので、それぞれ交換したのでした。個人的にはスペインのロベルトと話を(通じれば)しかったのだが、スペインはバンケットに来てなかったようだ。残念。
さらに夜の部は続く。今度はパスタパーティ。しかもその会場がなぜかディスコになってしまい、みんなで踊ってました。かなり疲れました。ダンスは結構激しい運動みたいです。
チェコのあんちゃん(運営者)の踊り、なんか独特だったなぁ・・・。
自分は夜11時半頃に切り上げたが、その後も宴は続き、朝4時頃までやっていたらしい。(堀江君はそのまま拉致され、テキーラを飲まされたりしていた模様。さすが・・・)
8月12日(日)
朝4時過ぎに起きた。下ではまだ話し声が聞こえている。ちょうど引き上げていくようだ。
今朝、この地を去ることになる。日はまだ出ていない。夜ひっそりと到着し、夜ひっそりと出て行く、そんな感じで日本チームはhotel SKIとNoveMestNaMoravie(結局正しい日本語名は分からず。というか日本語名あるのか?)を後にしたのだった(今日帰る人の飛行機の関係で)。
7:45頃プラハに到着。みんなで朝食を食べた後、日本チームはここで解散したのでした。お疲れさまでした!
堀江くん、丹羽くん アムステルダム経由で今日帰国
樋口さん、加納さん ヘルシンキ経由で今日帰国
足立さん プラハで3日観光してから帰国
小谷部さん、自分 プラハで2日観光してから帰国
ということでここから先は「プラハ肝硬変」もとい「プラハ観光編」になります。
(つづく)