マウンテンバイクオリエンテーリング世界選手権大会 inポーランド

 2008年8月24日〜31日の間、ポーランドのオルシュテイン郊外の小さな町(stare joblonki。首都ワルシャワから約250キロ北)で、第6回マウンテンバイクオリエンテーリング世界選手権大会が開催されました。日本代表選手として出場してきました。
 ちなみに今回の日本代表は、足立辰彦さん、堀江守弘くん、自分の3名です。少数精鋭です(多分)。

 地図・ルート図・レースの反省・・・報告を見てください。


8月22日(金) 旅立ちの日

成田の待合い。行列が・・・
 
この飛行機に乗り込みます。
 朝5時過ぎに起床、準備をして、冷蔵庫の電源を切って、自宅を出発。去年の反省を生かし、車で成田まで行きました(去年は往復の輪行で死にそうになった。都心の輪行はつらい)。8時に成田の駐車場(予約していた)に到着。車を預け、成田空港に到着したのでした。
 まだ集合時刻まで時間があったので、待合スペースで仮眠。9時15分頃に堀江君登場。成田から行くのはこの2名だけ。ワルシャワで足立さんと合流予定です。
 今回も使う飛行機はKLMオランダ航空。なぜなら自転車の個別料金を足しても一番安いから。
 手続きの場所で、自転車の個別料金を払うように言われた。昨年のように粘ることはせず、素直に応じる。しかし・・・

    受付「重量超過料金をいただきます」
    自分「ちょっと待った。自転車の重さの分は計測対象外では?」
    受付「え? ・・・・確かめて参ります」
      1分後
    受付「大変申し訳ございませんでした。お客様の言うとおりでした」

 ということで超過料金は払わず、自転車の個別料金80ユーロを円で支払い(13300円)、手続き終了。
 エコノミークラスの受付には経験の浅い若手を、ビジネスクラスの受付にはベテランを配置しているのかな、と思ったのでした。

 その後地下の両替所に移動、ユーロとゾルチ(PLN。ポーランド通貨)をゲット。今回主催者に払うのは1200ユーロあれば足りるとのこと。あとは現地でユーロ・クレジットカードが使えない場合に備え、ゾルチを3万円分(560ゾルチ)買ったのでした。ちなみにユーロのレートは166円。高い・・・。(帰国したら159円台になってた・・・涙)
 手荷物検査も今回は無事パス(よくよく考えると当たり前だが)、日本時間の12時前、機上の人になったのでした。

 飛行機の中でやったこと。
   機内食
   昼寝
   映画鑑賞(カンフーパンダ)
   昼寝
   ゲーム(数独)
   昼寝
   音楽鑑賞(ミスチル、安全地帯)(昼寝しながら)

相変わらず、ありえないサイズです。

 ヨーロッパ時間の午後4時(日本時間夜11時)、トランジットのオランダ・アムステルダムに到着。もうここに来るのも3回目。どこに何があるか大体分かっているので楽です。
 ここでの待ち時間、4時間。ヒマや。ということで一旦自由行動。自分は空港の反対側まで散策。そこで北京オリンピックの放送をしていたので、しばし見物。
 午後5時半に再集合、夕食タイム。あちこち見て回ったが、どこも高い。ということで去年と同じ巨大ピザを夕食にしたのでした。
 夕食後、ゲートDへ移動。去年と違いEU圏外なのか、パスポートの提示を求められた。そしてその先は・・・またしても巨大なエリアだったのでした。去年隅から隅まで行ったつもりだったが、まだ全然甘かった。おそるべきアムステルダム・スキポール空港。こっちで遊んでおけばよかった・・・。
向こうがかすんでます・・・

 アホみたいに長い通路を抜け、ポーランド行きの飛行機に搭乗。午後8時、ワルシャワに向けて出発。日はようやく暮れかかった、という感じ。これから東に向かうので急激に日が暮れるけど。
 そして午後10時、ワルシャワに到着。荷物も自転車も全て無事に到着していた。
 荷物を持って空港の出口に行くと、突然後ろから

 ”Mountainbike orienteering?”

 と聞かれた。思わず挨拶も忘れ”Yes”とだけ回答。どうやらトランスポートの人のようだ。
 程なく足立さんも合流。日本チームここに結成。

 ポーランドの人達も英語はあまり喋れないらしく、会話は単語の羅列になりがち(それでも向こうの方が上手いけど)。お互いやることは分かっているので(やること=宿に行く)、それでも充分通じます。
 このトランスポートのあんちゃんのGパンには日本語が印字されていた。「両替所」と。”It means 'exchange' in Japan”と堀江くんが談笑してましたとさ。言っていることは分かるけど、自分の言うことは全く通じません。文法ムチャクチャだし。涙。

 車に乗り込んだ後は、おやすみモード。ここから4時間かかるらしい。と言うことは、到着は・・・・夜2時?
 車に乗った後の記憶は余り残っていない。よーするに爆睡。

 途中、一回でこぼこ道に入り、車が停まった。まだ1時間強しか経ってないが?

 どうやら、両替所ニーチャンの自宅らしい。そこで彼の自転車を追加で積み込み、さらに移動。(このニーチャンの自転車がまた高そう・・・)
 さらに車は走り、夜2時前に宿に着いたのでした。

 宿に着いたら、チーフオーガナイザーのヤン(英語読みはジャン)が出迎えてくれた。ホテルの部屋を提示され、そこに荷物をつっこみ、寝床に潜り込んだのでした。
 
 
 

8月23日   到着の日。知らない方がいいことはたくさんある。

チューブ交換。持っているのはパンクしたチューブ。
オストローダの教会。どの街にもお寺はあります
オストローダの湖。この地域は湖だらけです。
水上スキーをしてました
 イベントセンターもトレコースもまだ開いていない。トレーニングテレインはメチャクチャ遠い(片道30キロ)。なんで1日早く来たんだ?と言われても仕方がない。1日で移動が完了する保障が無かったから。結果的に1日で移動が完了したということで、今日は余裕の日。

 午前中はゆっくりしてから、バイクの組み立て。
 まず、梱包を解いて自転車にダメージが無いかどうかを確認。フロントサスの下に敷いていたぷちぷちが全滅してました。段ボールで補強しておいて良かった。その他は特にダメージ無し。他のメンバーの自転車も問題なさそう。まずは一安心。
 そしてチューブに空気を入れて、前後輪をフレームにはめ込み、その後にブレーキとディレーラーの確認・調整。両方とも問題なく終了。最後にオイルを差して終了。
 さて、じゃあ自転車を外に出すか、と思ったら・・・・空気を入れたはずの後輪の空気が半分抜けている。バルブを閉め忘れたかな?と確認したが、バルブは締まっている。再度空気を入れてみると・・・・・どこからか「しゅーっ」という音がする。

  「パンクしてる」

 あえなくチューブ交換となったのでした。これで、外国でパンクさせたチューブの数=2年で通算3本。しかも全部レース外。ありえん・・・。

 チューブ交換を終えた後はやることがない。オーガナイザーに立入禁止区域を確認。ホテル周辺は主要道以外全部NG、ということで10キロ離れた隣町に自転車で行くことにした。
 隣町のオストローダまでは一本道の2車線道路。走っていてもの凄い快適なんだが・・・怖い。なぜなら、すぐ横を車が時速100キロで走っているから。操作をミスって転んだりして、タイミング悪く車にひかれたら死にます。

 オストローダは何もない田舎町。スーパーが2軒。しかも2軒とも去年チェコで見たのと同じスーパー(汗)。日本で全国チェーン=東ヨーロッパ全域チェーン、ってかんじなんだろうか???買い出しは帰りに行うので、行きは昼飯のパンだけ購入。(菓子パン2個で60円。おいしかった)
 そして街の中をさまよい、湖に到着。桟橋に自転車を止めて観光。水上スキーをやってました。気持ちよさそう。

 戻る際に2軒目のスーパーで資材の買い出し。水・オレンジジュース・バナナ・プラム・シリアル食品、ワイン、その他おやつを購入。これで滞在期間の1週間は大丈夫だろう。しかし・・・・重い。15キロくらいある。この状態で自転車に乗って帰るのはきつい。

 帰りは主要道ではなく、森の中(テレイン外)。本番テレインのすぐ近くなので、植生や地形・地面のイメージは似ているはず。ということで周辺を見渡しながら自転車を進めるのだが・・・・自分はリム打ちパンクが怖くてひたすら半立ち漕ぎしっぱなし(重量オーバーでタイヤがへしゃげている)。
 犬に吠えられたり、犬に追いかけられたり、泥沼に突っ込んだりしながら、森をようやく通過し、宿に戻ったのでした。

 夜。ホテルのレストランに行ったら「今日は飯は朝だけ。夜は別料金になるが、どうする?」と言われた。外って・・・最寄りでも3キロ以上あるんですけど・・・。しかも危険な主要道を夜通ることになる。なので「ここで食う」と言ったら、一人50ゾルチ取られた。日本円にして2,800円。た、高い・・・。
 今回の宿代が、ポーランドの物価の割りに妙に高いと思っていたのだが、謎が解けた。「毎食こんな豪華でいいのかな〜♪」なんて気楽に思っていたが、それ相応の対価を払っていたわけで・・・・・知らない方が良かったかも。心して夕食を取ったのはいうまでもない。

 入口付近に行くと、いろんな国の選手がチェックインしてきていた。いよいよ明日から大会開始。
豪華食事はそれに見合う対価を払ってました

 

8月24日  モデルイベント+エントリーの日。これでいいのだ?

 いよいよWOC開会。今日はモデルイベントでした。
上の写真は全部、宿の敷地内です。

 でもモデルイベントが開くのは午後から。なので午前中はバイク整備。
 10:00にイベントセンターが開いたので行ってみたが、まだドタバタしていた。落ち着くのはまだ先だな、ということで一旦撤収。
 そしてまったり休んだ後、11:30に再びイベントセンターへ。エントリーフィー(参加費)や宿代をここで支払うのだが・・・手続きが終わるまで1時間半も待たされたのでした。この間に進んだのはわずかに5国だけ。ほぼ全ての国が、各国が手配した内容とオーガナイザー(主催者)が登録した内容とに食い違いがあり、その確認に手間取っていたのでした(しかもその途中でチーフオーガナイザーのヤンが雲隠れするし・・・)。
 日本も例外ではありませんでした。1ランク高い宿と言うことになっていた。
 実際に主催者側の資料を見せてもらうと・・・・・・
宿ランク 人数
A1  
A2
A3
A4  
 てな表記になってました。要するに、
    最初、4名で登録
    1名減ったので3名に変更
    修正後の人数を、横ではなく上に書いた
    登録担当はA2にランクアップして3人、と解釈した
と言うこと。事務処理って怖い。

 ちなみにSIチップは「夜8時に取りに来い」とのこと。まだ準備中らしい。

 すったもんだの末、ようやく昼食。そしてモデルイベントへくり出したのでした。
 スタート地点で「1時間半後の16:30集合ね」と言って解散。
 自分は、1:15,000の地図をベースに距離感、地形の見え方、道のランク毎の走りやすさ、道じゃないところの通りやすさを重点的に確認しながら走った。
 出発前、樋口さんが「前回行ったときは砂場みたいだった」と言っていたのだが、その意味が理解できた。地面が砂地です。ちょっと耕すと砂場になります。確かにこれはパワーが要る。体が持つだろうか・・・・ちょっと不安になった。
 一方、楽な面もある。石が全くない。なので、一番通行可能度が低い道でも、足場をあまり気にせずに走れる。道を辿り損ねることがなければ、アップとルート距離だけ考えればよさそうだな。
 で、1番。いきなりオーバーラン。
 後で現地に戻って確認すると、曲がりの形がおかしい、そこから分岐までの距離がおかしい、分岐の向きがおかしい。

   ・・・。

 別のコントロールでショートカットを試みたら、ヤブの彼方に吹っ飛んでいった。
 後で別ルートから確認すると、カットして当てる予定の道が消えていた。

   ・・・・・・・。

 で、4時半になりそうなのでゴールに戻った。まだ誰も来ていない。ということでゴール周辺で軽く一周。
 すると、地図にない(しかも可能度の良い)道を発見した。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

   明日以降の地図、大丈夫か??? (−_−;)



程なく全員集合。写真を撮ってから宿に戻ったのでした。

 午後8時、SIを取りにイベントセンターに行きました。「czech(チェコ)」と書かれた袋(とその中に沢山のSI)を手渡されました。

   ・・・。

  自分        「これは・・・・チェコチーム分か?」
  オーガナイザー 「そうだ」
  自分        (謎のリアクションに状況が把握できず、黙り込む)
  堀江くん      「俺らは日本だ。日本のSIをくれ」(とフォロー)
  オーガナイザー 「そんなものは無い」
  堀江くん      「頼んだはずだ」
  オーガナイザー 「分かった。すぐ作るからちょっと待ってくれ」

 数分後、「japan」と書かれた袋をもらいました。中にはSIが2個。(堀江くんはマイSI。足立さんと自分がレンタル)

  自分        「どっちが誰の分?」
  オーガナイザー 「好きな方を選べ」

   ・・・・・・・・。

  で、自分が緑、足立さんが青のを選びました。氏名と番号を確認し、それをメモするオーガナイザー。

   ・・・・・・・・・・・・・・。

 いいのか!?これで本当にいいのか!?(理屈上はOKなんだけど、なんか心理的にひっかかる)
 まあ、これで無事手続き及び準備は全部完了。後は明日以降のレースを待つのみとなったのでした。
 明日以降もいろいろありそうだなぁ・・・。
 
 
スプリント会場。まだ設営中・・・・
スタートゲートに入る自分(足立さん撮影)
1枚目ラスポへ向かう自分(公式カメラマン撮影)
ゴールへ向かう足立さん
堀江くん、1周目ラスト
残り20人くらいでこの順位だったのに・・・

8月25日  スプリントの日。ポーランドの昼は長い

 今日はスプリントの日。午前11時にトランスポートに自転車を預けろ、という話だったので、午前中の練習はあきらめ。
 軽く整備(チェーンのオイル差しなど)してから自転車を預けた。トランスポーターは普通の貸し切りバス。JWOCの選手と一緒に運ぶ模様。なので前輪を外す必要あり。・・・・・前輪無くなったりしないよな?

 自転車を預けたので午前中はヒマ。かといってレースへの準備を何もしないのも問題あり。ということで、1/5,000のモデルイベントのテレイン内を徒歩で歩き回った。ちなみにモデルイベントのテレインはホテルの敷地内。三つ星ホテルの庭を、MTBが縦横無尽に走る姿は・・・・異様でした。
 早めの昼飯を食って、13:00出発のバスに乗り込む。・・・とここで自転車輸送する国がちらほら。なんだ、この時間でも良かったんだ。しまった・・・。
 そしてバスで揺られること約40分、オルシュテインの大学構内で降ろされたのでした。どう見ても街の中なんですけど、ここ。

 自転車は・・・・・と。あった。しかも前輪がはめ込まれている。しかも正しい前輪が。素晴らしい。ちょっと運営を見直した。
 自分は6番目スタートなので、セパレーションエリア(公平性を維持するため、早い時間帯にゴールした人は隔離される)に荷物を放り込んで、アップ開始。JWOCを見物しながら。
 陸上競技場内を颯爽と走るMTB。めちゃ速い。しかも全員未成年なのに。ここでちんたら走ってたら格好悪いなぁ・・・・。

 ・・・とそろそろWOCのスタート。ほどよい緊張感が自分を襲う。上から足立さんが写真を撮ってくれているので、集中モードに入っているフリをする(汗)。3分前になって、本当に集中モード。スタートゲートまでの移動で足場を確認。全天候型トラックなので、グリップが相当良い。戻ってくるとき、コーナリングを心配する必要はないな。
 そして1分前。地図を渡された。まさにフットOの街中でやるスプリントと同じようなコース。こんなんありか?

 そしてスタート。
 大きいミスをいくつかしてしまったが、実力の内。後半はほぼノーミスで回れたので、かなり手応えを感じた。スロバキアを追いかけながらゴール。ゴールでSIを差しそこね、1秒以上タイムロス。勿体ない。
 笑顔でゴール、納得のいくレースだった。タイムはウィニング予想25分に対して25分。なのに・・・・・渡された速報メモは「4 of 5」。えーと、これは、5人中4位、って意味?実は遅い?

 その後足立さんもゴール。一緒に堀江くんの帰還を待つ。「もっと速く来い」思ったり「オレより秒差で遅いタイムで来い」と思ったり、と複雑な気持ちが交錯する。
 結果、堀江くんは自分より約1分遅いタイムでゴール。結構やってしまったか。勿体ない。
 そして、この時点で自分の速報タイムは20番台。これは結構行けるんじゃないか?と思ってたんだが・・・・・・・終わってみたら42位でした(レッドグループという、ランキング上位の選手達が最後にまとめてスタートするために、最後の方で順位がどどっと下がる)。現実は甘くはありません。

 この後は開会式→スプリントの表彰式。さっさと帰って休みたいが、交通手段が無い+自転車を人質に取られているのでどうしようもない。
 まずは、なぜか極真空手の演武から。なぜポーランドで空手?しかも人数が多い。瓦割りではなくコンクリート割なのは、原材料が無いから仕方が無いところか。
 その後に入場行進。さっきの空手の子たちがプラカード・国旗を持っていた。空手をやっているので、日本語がある程度通じる(1〜10の数字だけだが)。向こうも”本場の”日本人なので興味津々のようだ。(空手はできんけど)
 入場行進が終わった後は、あっさりと観客席に戻され、開会の挨拶が。堀江君といたのだが、足立さん、戻ってこないなぁ(この間、足立さんは空手連中の握手攻めに遭っていたらしい)。
 続いてポーランド民謡+ダンス。フォークダンスっぽい。最初の1〜2本は「おおっ」と思って見ていたが・・・・・・・長い。この後の予定を考えると気が重くなってきた(20時に帰って、20時半からリーダーズミーティング。食事は夜9時まで)。しかしそんなことはお構いなしにショーは続く。他の国の様子を見ても、明らかにしらけムードが漂っていた。時間を気にしないでいい状態なら、素晴らしいショーなんだけどねぇ・・・。
 まだ終わらない。続いてスプリントの表彰。しかもJWOCもあるので余計に時間がかかる。
 表彰式なので国歌演奏+国旗掲揚もある。さらに時間は過ぎていく。

 ・・・とここでアクシデント発生。国旗がポールに絡まって、降ろせなくなった。
 するとどこかの国の選手がぱぱぱっとポールによじ登り、旗を外したのでした(ポールを登る速さが尋常ではなかった)。

 そんなこんながあって、やっと表彰式が終了。帰りのバスに乗り込んだのでした。
 宿に戻ったのは夜の8時10分。これから、夕食とリーダーズミーティングとシャワーと、慌ただしく終えたのでした。

 スプリントの成績表をもらえたので、確認。そしてレースの反省。結構良いレースだと思ったけど、2分くらいミスしている(しかも今の力でも防げるレベル)。あと2分速かったら・・・・30位。

 反省の結果、確信したのは、『キーワードは「自信」』。
 「いかに自信を持って走ることが出来るか。そして、ルート・プラン・現在地に自信を持つまでは、立ち止まっても良い」。明日はこれでいってみよう。うまくいけばロング予選も同じ考え方で行けば良い。
 (ミドルは正直言うと狙っていない。ロング予選の予行演習のつもり)。

長い1日でした。

空手の演武 瓦割り、じゃなかったコンクリ割り
女性空手家の後ろ回し蹴りっ 師範(?)はミスショット(汗)
入場行進です。 IOF会長あいさつ。IOF旗は個人的演出(汗)
ポーランド民謡+ダンス。素晴らしい すばらしいが・・
・長い。(この後衣装チェンジをしてさらに続いた) スプリントの男子表彰式
オマケ1:ポール登りっ オマケ2: 緊急ピットイン!?

8月26日  ミドルの日。ブルジョワ気分

ミドルスタート地区。賑わってます。
ミドルのゴール地点。

 今日はミドル。すがすがしい朝を迎えました。

 自分は11:36スタート。なので、朝飯バイキングでパンを多めにいただき、懐に温めておきました(汗)。
 10:00前に足立さんがスタートに行くために部屋を出て行き、自分は10:30頃に部屋を出発。モデルイベントの地図が、今日のテレインの隣だったので、そっちでアップを実施(オーガナイザーが「使って良い」と言ったので)。
 そしてちょっと早めにスタートに到着。この賑わいは、フツーのフットOの大会とあまり変わりない。JWOCの分だけ人数が増えてるからだろうか。

 そしてスタートゲートに入る数分前、堀江君が到着。ちょっと雑談をしてからスタートゲートへ。女子と同時スタートらしい。最初の漕ぎで負けたら格好悪いし、ちょっとやりにくいな。
 で、スタート。女子はえぇ。全力で漕がないと先行できなかった。

 その後、JWOCと思しき男子発見。オリエンは下手くそだが、漕ぐのがやたら速い。4番の脱出で先行したのだが、その後の下りでぶち抜かれた。ジャンプしてるし・・・・。追いかけようとしたところで、巨大水たまりに遭遇。しかも前輪を直前の砂に取られた。そのまま水たまりに突っ込み、停止(転びはしなかった)。JWOCの選手に置いて行かれました・・・。しかしそいつはその先の分岐で待ってくれてました。やっぱこいつオリエンは下手くそだ。結局この選手とはそれっきり会うことは無かった(コースが違うし)。

 7番を取って脱出すると、2分前のオーストラリアの選手が。おっと、今日もオレは調子が良いのか?と思った直後・・・・地図にない道に2人揃って突っ込み、引き返す羽目に。その後もこの選手とは何度も会うのでした。

 その後、ところどころJWOCや女子の選手と併走したりすれ違ったりしながらゴール。ゴールした瞬間の順位は、なんと15位/45人。ちょうど真ん中のスタートなので、単純に倍にすると30位。これって・・・・ムチャクチャいい結果なんじゃないか?
(と思ったら、またレッドグループのせいで、40番台までたたき落とされたのであった・・・)

 ゴールで足立さんの祝福を受け、ダウンしながら堀江君を待つ。なかなか現れない。やっちゃったなー、と思ったら堀江君登場。しかも真後ろに2名引き連れている(その2名が結構有名な選手らしい。知らんけど)。その2名を引き連れるようにしてゴール。お疲れさまでした。

 まだ20番台であることを確認してから、宿にダウンがてら戻った。
 昼食後、ホテルのプールへ。ジャグジー、プール、サウナ、そして水着のねーちゃん。ブルジョワ気分を満喫したのでした♪
 (本当は、サウナとプール(水風呂の代わり)を何往復もして疲労回復に努めてただけなんですが)

 そして夜のリーダーズミーティング。明日のロング予選の説明があった。・・・・分かりにくい。しかもコントローラーの説明が間違っている(同時スタートする3人は必ず別々のコースなのに「完全にランダム」と言ったり。そこに突っ込みを入れる各国リーダー。そして・・・

   コントローラー ” Thanks for your support.”
   どっかのチーム” It's not a hard job.”
   会場、笑う。

 こういうユーモアを理解できるようになったのは進歩・・・・なのかなぁ。

 明日はいよいよロング予選。がんばりますっ。

2選手引き連れてゴールへ向かう堀江君 ゴールへ向かう自分(公式カメラマン撮影)
ゴール後(足立さん撮影) ポーランドの電車。手前の赤白は踏切ポール
ミドル表彰式。イベントセンターで。 ブルジョワ気分。メシがうまい♪


8月27日  ロング予選の日。遅れて来た吉報 

 ロング予選当日。今回、一番狙っているのはこの競技。今まで日本人男子で予選を通過した人は一人もいない・・・らしい(樋口さん情報によると)。なので、今回は堀江君と自分で「二人同時通過」を狙っていたのでした。

 今日のテレインは、フットOの地図がすでにあるテレイン。ただ、こちらのテレインは「MTB-Oには使い勝手が悪そう」と思い、あまりきちんと読んでいなかった。
 昨日の夜、スタート位置を確認し、予想を立てる。・・・・どっち行っても急な下りだな。と言うことは、スタート1分前にどれだけ下りの部分の地図を読み切るかが勝負だな。あとはルートチョイスの時に湖沿いから登るルートをいかに避けるかがポイントだな・・・なんてことを堀江君と話しておりました。

 天気は小雨。もうちょっと降ってくれると、砂地の地面が締まって走りやすくなるんだけどなぁ・・・と日本では考えられないような思考が頭の中をよぎった。
 今日は遅めのスタート。堀江くん、足立さんの出発を見送った後、自分も準備開始。ホテルとスタート地区の間の道を走ってウォーミングアップ。そしてスタート地区に行くと、ちょうど足立さんがスタートするところだった。見送って再びアップ開始。

 そしてゲートイン。男子はそれぞれ3人同時スタート。1分前になって地図読み開始。(地図
 1番がメチャクチャ遠い・・・。いきなりテレイン横断ですかぁ!? ってか、下ろうにも道がどこにもつながってないんですけど・・・。・・・とここで「湖のそばからは急斜面の登り」を思い出す。地図を読むと、真っ直ぐ行くと下った分登らないと行けない。フットOなら許容範囲の登りだが、MTB-Oではちと辛い。まさか・・・・・いきなりアスファルト道路を逆走しろ・・・と? で、そっちを見たら登りがほとんど無い。じゃあ、序盤だしこっち回るか、とルートを決めたらスタート10秒前だった。やべっ。
 そしてスタート。フラッグを確認し右へ。・・・・と、あと2名がついてこない。ちと不安。でも自分の中ではこれがベストルート。トップよりは2分ほど遅くなるかも知れんけど、まあいいや、と走ったのでした。
 1ポに行く途中、マズいと思った。距離感が全然合わないのである。「そろそろこの地形が出てくるはず」と思っても出てこない。9番に向かう分岐を自分が曲がるべき分岐じゃないか、と思ったり。曲がる分岐にしては違和感があるので「このまま真っ直ぐ進んで、正しい分岐が出たらラッキー。右に急カーブしたらそこで曲がろう」と思って進むと、左手にオープンの5差路が出てきた。一応OKだが、先行き不透明。1に向かうべき斜めに入る分岐は辿れたのだが、そこからの下りの一本道が違和感ありまくり。オープン近くの分岐に来た時点で現在地ロスト。しばし考え込み、南東にいく分岐と思いこんで進むと左手にオープンが。しまった、こっちか・・・。
 3番は北のピークに行ってしまった。4番は植生の表現が不充分なせいもありオーバーラン。自転車を担いでコンタリング(汗)。

 5ポの手前でポルトガル(のジュニア)とデンマークとパックになった。そして砂場漕ぎ(主要道なのに波線になっているのは、そこが砂場だから)。デンマークは近づかないが、ポルトガルが後ろから迫ってきて、そしてぶち抜かれた。ガキのくせに速い。しかしその先の分岐で待っててくれていた(汗)。
 その直後、6ポで大ミス。鋭角ターンで入るべき分岐を間違え、そのまま去ってしまったのでした・・・。さすがにヤバい。これは落ちたかも・・・。
 7ポの手前で、さっきのポルトガルがちょうどこっちに向かってきた。どうやら8へ向かっているようだ。自分は「こんな道往復してられっか」と思い、南から回り込む。
 で、8から9へ行く途中、1ポに行く途中に使った道に乗って、右の分岐を見つけたところで前輪を泥に取られ、転倒したのでした。真後ろに他の選手がいたけど、追突は免れた。危なかった。その後はその選手についていくかのように。
 で、9→10に行くと、また後ろからポルトガルが。前面は泥地帯。やばい。このペースではどっかで転ぶ。・・・・進路を譲りました。スイマセン。で、後からついていった。こっちの方が地図読みながら走れるんで楽です。
 その後13番を気持ちよくスルー。置くの分岐まで行ってしまったのでした。
 その後は一緒にスルーしたどっかの選手とずっとパックに。15番のパターンが違うのかそこでルートが別れたが。ここは結構ハイペースで飛ばすことが出来た。
 そしてゴール。ゴールした瞬間は16位。すると「多田選手、ちょうどボーダー付近になりそうなタイムです(もちろん英語)」という実況が聞こえてきた。
 速報ボードに行くと、1秒後ろに選手がいる。これはラッキー。もしかしたらここが通過ラインになるかも知れない。昨日は1秒差で順位を1個落としているだけに、因果応報めいたものを感じたのだった。そうこうしている間にも、順位は少しずつ下がっていく。ヤバい、ボーダーラインが近づいてきた。終盤スタートだから、もうそんなに沢山選手はいないはず。頼む!・・・・・と速報ボードを祈るように見ていたがボードは無情にも「21 Tada Munehiro JPN」を提示。その後、最後まで通過ライン上で粘っていた足立さんが21位になったのを見届け(Cヒートだけボーダーラインがなかなか上がらなかった)、日本チームはさっさと宿に戻ったのでした。

 そしてしばらく茫然自失状態。昼飯も何食ったか覚えてない。堀江くんと足立さんはプール+サウナに行ったが、自分はそんな気にはなれず、部屋でずっとぼーっとしてました。
 少々立ち直って、堀江くんに借りたPCで成績速報をネットで見たら、自分はAヒートの24位、堀江君がBの26位、足立さんが28位。これが日本の現実です。

  「趣味でやっている場合は、予選通過が上限である」

 フットOの代表の誰かが言ってた言葉だ。彼らの努力に比べれば自分のそれは全然大したことはないが、かといって今の時点で予選通過の次の絵を描くことは出来ない。そもそも決勝のスタートラインに立つことすら出来ない。

     帰国したらMTB−Oやめよっかな。

 そんなことまで頭をよぎった。

 夕方になって、イベントセンターに成績と今日の地図を取りに行った。
 見ると、一番上になんか紙が入ってる。ここで開封するのも何なので、とりあえず部屋に戻って確認しよう。
After complaints from Hungarian and Italian
teams organizers decided to increase number of
qualified competitors WOC Long Distance
Qualification in Men Heat A to 25 instead of 20.
In Men Heat B and C number of qualified
remains 20.

(原文のまま)
ようするに
 「ハンガリー(A21位)とイタリア(A22位)からクレームがあり、主催者はWOCロング予選男子Aヒートの
  通過順位を20位から25位に変更しました。B・Cヒートの通過ラインは20位のままです」
ということです。(カンマが全然無いので読みにくかった)

 へぇ、この手のクレームを聞き入れるなんて珍しいなぁ。  ( ̄− ̄)

 日本でAヒートって誰だっけ? ・・・・ってオレやん。  Σ ( ̄□ ̄;)

 オレの成績は確か24位。・・・・えっ?もしかして? ( ̄O ̄;) (; ̄O ̄)

 その次の紙をみたら、それは全体の成績表ではなかった。

    ”List of qualified competitors to LONG FINAL - HIT A”

 その下から2番目に自分の名前があった。
 これって・・・予選通過ってこと? マジ? マジで? ・・・・。

 やったあぁぁぁぁぁぁぁ 

と思わずガッツポーズ。
 急にテンションが上がってしまいました。こうなると分かってればプール+サウナに行ったのに。

 明日は休みだし、祝杯だっ ってことで、取っておいたワイン(初日に街で購入)を開封したのでした。
 自分は形だけの祝杯+あとはビールの代わりにコーラで祝杯。(正真正銘の下戸です。スイマセン)

 最後、堀江くんに「日本人男子初の予選通過、取られちゃいましたねえ」
と一言言われた。その時、背中にのしかかるものを感じた。あさっては1個でも上を目指してがんばらないと。
 

予選通過者一覧。24番目に自分の名前が。
1秒後ろの人も救済されました。
23〜25位を「ついでで救われた3人」と勝手に命名。
これがそのビラ。自分の宝物になりました(^^;)
祝杯♪
オマケ)
 でも、この救済措置で、Aヒートは「通過できなった人」が6人に減ってしまいました。そう考えると微妙だなぁ・・・と思うのでした。(日本は真ん中より前に行くのもままならない状況なんですが)


以降、編集中